第83話 もがれた翼



 結局、英雄は栄一郎に会えずにホームルームを迎えた訳だが。

 授業と授業の合間の十分休憩。


「そうだ英雄、ちょっと愛衣ちゃんとのデートコースの相談に乗ってくれないか?」


「うーん、それって急ぎ?」


「ああ、ちょっと細かい所まで詰めたいからな」


「よし分かった、先ずは何処に何時に集合の予定?」


 という具合に栄一郎に接触出来ずに。

 昼休みには。


「おい這寄……、そうだな脇部もこい」


「え、僕ら昼飯もまだなんですけど?」


「すまないが手伝って欲しい事が出来た、飯も作業しながら食って良いから来い」


「どうするフィリア?」


「ふっ、机の事は放課後でも良いんじゃないか?」


「こういう事は早めに解消しといた方が良いって、僕の勘が言ってるんだけどなぁ……仕方ないか」


「話は纏まったな? すまんが急いでくれ」


 と昼休みを潰され。

 そして放課後、ホームルームが終わるやいなや栄一郎を捕まえるべく立ち上がった瞬間。


「ちょっと良いか英雄?」


「英雄センパーイ!」


「おい脇部と這寄」


「いや、待って? 今日に限ってみんな僕に用があり過ぎじゃないっ!?」


「そうでゴザるよ、というか拙者だけ仲間外れにしてにゃあ?」


「その前に栄一郎は、股間とお尻を隠さないで?」


「キエーーーーイっ! 天魔バリアー! 我輩はまだ道を踏み外したくないでおじゃっ!?」


「そういえば栄一郎、生徒指導室に呼び出しかかってるぞ? アタシに隠れて何したんだ?」


「はい? 拙者がっ!? マジかー、えー? 心当たりが無いでおじゃるよぅ?」


「ま、なんかの間違いじゃねぇか? とっとと言って来いよ」


「そうだね、それが良い。……終わったら僕とお話だよ? 来なかったら女装して押し掛けるから」


「英雄殿ヒドイでおじゃっ!? 拙者は生徒指導室行ったら速攻で帰るでゴザるよ!?」


「そしたら家に押し掛けるけど?」


「まて英雄、それは私が許さんぞ! 君の女装姿は私だけのだっ!」


「ナイス這寄女史っ! では拙者はサラダバー!」


「くっ、じゃあ明日は絶対、僕と話して貰うからねっ!」


 そして彼が教室から去った後、英雄は残る三人。

 天魔、愛衣、茉莉をぶすっとした顔で睨んで。

 フィリアもギロリと加勢して。


「じゃあ、そろそろ聞かせて貰うよ? なんで僕と栄一郎が話すのを邪魔するのさ」


「三人が結託しているのは調べが付いている」


「へえ初耳だな」


「そうですよフィリア先輩、何のために結託するんですか?」


「アタシは本当に作業を手伝って貰っただけだぞ?」


「すっとぼける気だね? じゃあフィリア」


「任された、――では三人とも、こそこそ話し合ってるこの動画は何だ?」


 フィリアの彼らに突きつけたスマホには、言葉通りに、廊下の隅で三人がひそひそ話し合っているムービーが。


「ゲっ!? いつ撮られたんだっ!?」


「天魔くんのおバカっ!? とぼけてくださいよっ!?」


「はぁ~~、案外バレるの早かったな。アタシはもう少し保つかと思ったんだが」


「ふふん! フィリアの情報網を甘くみない事だねっ!」


「いや、お前が勝ち誇る所じゃねぇだろ。全部這寄さんの手柄じゃないか」


「という訳ではないな、何せ最初に気づいたのは英雄なのだから!」


「うへぇ、英雄センパイは何時から気づいてたんです?」


「昼休みだね。授業が終わった直後、茉莉センセと天魔はアイコンタクトしてたじゃない。そしたら天魔が栄一郎を誘って食堂に行ったじゃない? 不自然でしょ、いつもなら弁当でも食堂でも、一緒に食べるでゴザルって言ってくるのにさ」


「なので、私の伝手で探って貰ったという訳だ」


「結果はドンピシャ、放課後こう来るって思ってたよ! で? 目的は何? もしかして僕とフィリアへのサプライズ? いやー、そしたら悪いことしたかなぁ?」


「あちゃー、バレたか。お前に隠し事は出来ねぇなぁ」


「もう、何で気づいちゃうんですか? ローズ先生に勝ったんですよね一応、内緒でサプライズパーティしようと思ってたのに」


「つーワケだ、主催は栄一郎だし。暫くの間は知らないフリしてくれないか?」


「もう水くさいな三人共! ねぇフィリア?」


「そうだな、確かに水くさい。私たちの仲じゃないか」


 そして二人は真面目な顔で。


「――それで? 何時からローズ義姉さんの側に付いたの?」


「監視カメラや、私の伝手で追えなかったがな。朝から度々、姉さんの足取りが消えているんだ。……それは三人とも同じだ」


「証拠がないのが証拠ってね、どう? 言い訳でもする?」


「英雄センパイ、タイムくださいっ!」


「どうぞ?」


 すると三人は輪になって、ひそひそひそと。

 チラチラ見てくるのが、また気になる所である。


「うっし、タイムは終わった」


「うむ、では言い分を聞かせて貰おうか」


「その前に、実はローズ先生が後ろの掃除用具のロッカーでスタンバってるんで、呼んでもいいですか?」


「マジでっ!? 何時からいたのっ!?」


「ええいっ! 姉さんは何を考えている!?」


「はい、隙アリだオマエら。ワリィな、時間さえ稼げりゃアタシらはそれで良いんだ」


「しまったっ!?」「くそっ!? こんな稚拙な手に引っかかるとはっ!!」


 英雄とフィリアは後ろを振り向いた一瞬、それぞれ天魔と愛衣の手首と手錠で繋がれて。

 そう、ローズが隠れているなど嘘だったのだ。


「というか、時間稼ぎがガチじゃないっ!?」


「姉さんの入れ知恵だなっ! どうせ鍵も姉さんが持っているに違いないっ!」


「ドンマイ英雄」「いやー、フィリア先輩の手ってスベスベですねぇ……」「あー、なんだ? 試練の時だぞ?」


「せめて謝ってよみんなっ!? 時間稼ぎっていったい何が目的――…………はうあっ!? そっちが目的なんだねっ! ああもうっ! もっと早く気が付くべきだったっ!!」


「目的が分かったのか英雄っ!」


「義姉さんは栄一郎を僕らから裏切らせるつもりだっ! ええいっ、英雄くん百万パワー! こうなったら天魔ごと生徒指導室にっ!」


「ふふん、そうはさせませんよ英雄センパイ! なにせこっちには茉莉センセが居るんですからねっ! フィリア先輩ぐらいならわたし一人でもっ!!」


「くっ、離せ愛衣っ! 私に構わず行け英雄っ!」


「いや英雄? 俺の方が背が高いし、体重もその分だけ重いんだから運べないだろ?」


「そしてアタシが後ろから首根っこを掴んで」


「カムバック、栄一郎うううううううううううっ!!」


 英雄とフィリアが捕まって、一方その頃。

 生徒指導室では栄一郎とローズが睨みあって。


「……そういう事か。やってくれたなローズ先生」


「ふむ? 変な語尾はつけないのか?」


「そんな事はどうでも良い、――俺は英雄を裏切る気は無いぞ」


「お前の愛する跡野先生も、妹である愛衣も、親友である越前天魔も私の軍門に下った。――抵抗は意味を為さないと思うが?」


「はっ! たとえ世界の全てが敵に回っても。俺は英雄の味方であり続けるっ!」


「ふむ? 他の三人は豪華な報酬で簡単に転んだようだが?」


「その前に脅しでもしたんだろう? 陳腐な手だ」


「だが効果的な手だ」


「だろうな。――だが俺には効かないぜ」


 するとローズは、ポケットから一枚の写真を取り出して。


「これを見ろ」


「……こないだの女装勝負の写真か?」


「ああ、これでお前を楽に説得出来るというものだ」


「英雄が俺を襲うとでも? アイツはそんな事しないさ…………うん、しないな、しないよな?」


「親友というなら断言したらどうだ?」


「それが出来たら苦労しないっ!! それが楽しそうだったら絶対やるぞアイツはっ!! 俺がどれだけフォローに苦労してると思ってるんだっ!!


「小僧が聞いたら、まったく同じ言葉を言いそうだな」


「だろうよっ! そうでなきゃ親友やってねぇ! ……ごほん、取り乱した。それで? 英雄の女装がどうしたんだ」


「非常に残念なお知らせだが、どうやら小僧は女装恐怖症を克服したらしい」


「何を根拠に?」


「…………昨日、フィリアが小僧に補食されてる現場に遭遇した」


 その沈痛に満ちた響きに、栄一郎も思わず天を仰ぐ。


「…………マジかよ」


「私の見立てでは、女装そのものは克服しても。あの時の男女問わずという性質はそのままだ」


「妹の婿だろっ! アンタなんとかしろよっ!! 俺の見立てでは、あの時の英雄はブレーキぶっ壊れてる状態だぞっ! うかうかしてると夫婦ともども食われるぞっ!!」


「ほう? 親友の理性と常識を信じていないと?」


「断言する、アイツはあの状態を絶対に制御出来てない。いつもなら常識的に考えて、性癖的にもダメだよね? とかぬかす所を。最後までヤらかしてから後悔する筈だ」


「もうちょっと小僧を信じろっ!?」


「アンタが言うなっ!! 普段の状態でも常識ぶってるけど、相手が凶悪だったりすると非常識で対抗する奴だぞっ!! こうなったら全員食ってハーレム作れば良いよね、とか言って。突き進みかねないっ! んでもって我に返って、生きてる資格が無いってスパッと死ぬぞ! 俺には分かる!!」


「そ、そこまでかっ?」


「ああ、そこまでだ」


 座った目で重々しく告げた彼に、ローズはならばと提案する。


「では取引といこう。――私は数日以内にフィリアをアメリカに連れ帰るつもりだ」


「英雄がそれを許すかな?」


「はっ、既に手を打ってるに決まっているだろう? お前には結婚式への協力、及び、小僧への協力の全てを止めて貰いたい」


「見返りに、英雄の女装を止めると?」


「そうだ、話が早くて助かるな。私の手により、同意が得られた瞬間。小僧の手の届きそうな女物の服を破棄する算段だ」


「期間は? 永続だったら同意しない」


「勿論、私がフィリアを連れてアメリカに到着するまでで良い。…………親友の恋人が連れて行かれるのは止めないのだな?」


「当たり前だろ? そんなの英雄が何とかするに決まってる。忠告するならば、連れ帰った後を考えておけ、取り戻されるだけだと思うなよ? 這寄のグループごと破滅するぞ」


「………………そこまでか? 小僧自身にそんな力があるとは思えないが?」


「見込みが甘いな、アイツは丸裸で放りだしても力を付けてリベンジしてくるぞ。それに――脇部の一族を全部敵に回す可能性が高い」


「…………………………なるほど? では程々にしておくとしよう」


(ある意味、それが一番ひっくり返される可能性が高いと思うが。まあ言わぬが花か。――俺の股間とケツが無事ならそれで良い)


(脇部の一族……、手抜かったっ! 脇部王太以外にも厄介な奴が……、いや、こころ様も元々は脇部の親戚筋だった筈だ。………………念入りに調べて準備しておかなければ)


 二人は右手を差しだし、がっちりと握手。

 今ここに、英雄の協力者は全て排除されたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る