第82話 明日天気になりません



 茉莉がローズに屈したとは露ほども知らず、英雄はノコノコと校内を歩いていた。

 そして下駄箱の前。


「おはようございます茉莉センセ! 探しましたよっ!!」


「おはよう脇部、朝っぱらから何の様だ? またやらかすつもりか?」


「どっちかっていうと、やらかした後のフォローって感じ? この前、ちょっと女装したじゃないですか。その後から栄一郎の態度がちょっとアレで……」


「あー、あれか……」


「いつまでも顔を会わせる度に、股間とお尻を隠されるのは。僕でも傷つきますので」


「理由は分かったが、何でアタシに言うんだ? 直接言えばいいじゃないか」


「万が一、逃げられたときに茉莉センセにおびき出して貰おうと思って」


「いやお前、教師を便利に使おうとしてんじゃねーよ?」


「まあまあ、協力してくれたら。雑用でも何でも一回は言うこと聞くんで、どうにかなりません?」


「そうだなぁ……。あ、ちょい待ち」


 すると茉莉はスーツのポケットからスマホを取り出して。

 一瞬、顔をしかめたあとニカッと笑って。


「…………よし、じゃあ特別に対価ナシで協力してやっから。生徒指導室に来い」


「え、良いんですかっ! やった! 流石、茉莉センセは話が分かるっ!! じゃあ善は急げですよ、すぐに行きましょう!」


「はいはい、――って廊下は走るんじゃねぇっ!!」


「ごめんなさーい!」


 罪悪感を覚えながら、やれやれと茉莉はため息を一つ。

 スマホにはローズからの連絡。

 オーダーは、英雄とふぃりあに屋上に行かせるな。

 及び、栄一郎と接触させるな。


「まぁ、指導室に入ってから這寄を呼べば、そこそこの時間は稼げるだろ。……ったく、引き受けたは良いが。苦手なんだよなぁこういうの」


 と茉莉がボヤく一方。

 屋上では、ローズに連れられて天魔と愛衣の姿が。


「んでローズ先生? 俺らに話って何よ?」


「最初に行っておきますけど、わたし達はフィリア先輩と英雄センパイを応援してるんですからねっ!」


「ふふっ、いきなり釘をさされてしまったか」


「というと、やっぱあの二人の話? なら俺らは行きますよ、家族の事は家族で話し合ってください」


「そうですよ、仮にわたし達が別れるように言ったって、逆効果にしかなりませんって」


「私がお前達に、あの二人を説得しろと? 安心しろ、そんな無理難題は言わない。むしろ――利益のある話だ」


 ローズの言葉に不穏さを感じ取って、思わず身構える天魔と愛衣。


「そう怯えずとも良い、話は簡単だ。今度学校でやる結婚式のイベント、お前達は新郎新婦側で出るのを止めろ」


「べーっ、嫌ですよーっ! わたし達がラブラブだって皆に知らせるんですからっ!」

「はい! 分かりました!」


「はい?」「うん?」


「え、ちょっと待ってください天魔くんっ!? なんでホイホイ了承しちゃうんですかっ!?」


「いや、そもそも俺。最初からノリ気じゃなかったし。英雄に乗せられて参加するつったけど、いやー先生に頼まれちゃうとなぁ」


「おバカっ!? それがローズ先生の策略に繋がるって分かってるんですか!?」


「いや、英雄ならなんとかするだろ。這寄さんも居るんだし、ここは素直にローズ先生の言うこときておくのが良いんじゃね?」


「確かにフィリア先輩と英雄センパイなら、ローズ先生が何企んでてもなんとかするでしょうがっ! それより、わたしとの愛の主張が優先でしょうっ!」


「うむ? お前ら? 私の事を甘く見過ぎていないか?」


 不満げに言うローズに、天魔と愛衣は顔を見合わせて。


「だって英雄と這寄さんですよ?」


「ですです、あの二人ですよ?」


「二人とも、常識人に見えて自分のやりたい事しか、絶対にしないタイプだし」


「行動力も発想力も、はた迷惑な程に飛び抜けてますよね」


「俺ら止めた所で、痛手になるのか?」


「それですよね、むしろ追いつめる方が危険っていうか……」


「フィリアはともあれ、随分と小僧を買うのだな。迷惑だった事も多々あったんじゃないか?」


「アイツは迷惑をゲームに変える名人ですよ? 普通の精神してたら、ちょっと離れた所で眺めるか放置しておくのが一番だ」


「それ、率先して英雄センパイと兄さんと一緒に騒いでる人の言うことじゃありませんよ? だいたい離れようが放置しようが、巻き込んでくるじゃないですか」


「あー、その点で言えば。這寄さんの方がマシかもなぁ、こっちを巻き込まないもん」


「ですね、外堀埋めるのはフィリア先輩の方が上手ですが、騒ぎを大きくするのは英雄センパイの方がヤバイですもん」


 二人の話題で盛り上がる天魔と愛衣、ローズはしかめっ面で咳払いして。


「うおっほん、話が脱線している。……それで、どうなのだ? 参加を取りやめ、小僧への協力を止めろ。勿論のこと報酬は用意する」


「答えはノーですっ!」「報酬次第で故あれば裏切るぜ!」


「…………天魔くん?」


「まあまあ、報酬を聞いてからでも判断は遅くないと思うぞ? 仮に裏切る事になったって、英雄なら話せば分かるだろ」


「むぅ……、天魔くんがそう言うなら」


「では報酬の話をしようか。どうだ? 大学卒業後は我が這寄グループで、将来の幹部候補として採用しよう。お前さえ良ければ、今から賃金マシマシで高待遇のバイトを斡旋する!」


「よし乗った!」


「えー、それって天魔くんの利益だけじゃないですかぁ。わたしのは無いんですか?」


「勿論あるぞ! ネズミの国でのウェディング、ドレスも選び放題! ハネムーン付きだ!」


「はい、愛衣ちゃんはローズ先生に降参しますっ!」


「やっぱ無しでオネシャスっ!」

 

「天魔くん?」


「なんで結婚式回避して、また結婚式になるんだよっ!?」


「越前……、諦めは肝心だぞ? 私の調べでは親兄弟どころか、親戚にまで手が回ってるじゃないか」


「マジでっ!? 知らねぇぞ俺っ!? 何やってるのお前っ!? くそっ!? 今なら英雄の気持ちが分かるっ! 展開が早すぎるんだよお前みたいな人種はっ! 大学卒業して就職して三年後ぐらいじゃねぇのかよっ!!」


「これはささやかな忠告だが、私達のような人種は我慢した分だけ重くなるぞ?」


「自覚あるなら改善しろよっ!? 詳しい事知らねぇけどさっ! どうせそんな所が今回も拗れてるんだろっ!? 愛してるなら折れろよっ!?」


「天魔くん天魔くん、折れたらご褒美貰えますか? そっちの望みを聞く以上、対等な恋人同士です私の望みも聞くのが筋ってもんでしょう」


「チっ、お前……そんな所だけ英雄から学びやがって……」


「フィリア先輩の事は尊敬してますけど、学ぶとしたら英雄センパイの方じゃないですか。あの人、恋愛に対しては本当に真摯ですし」


「まあ、俺もそこは尊敬できる所だけどさぁ……」


「うーむ? 邪魔して悪いが、そろそろ返答を聞かせろ?」


 天魔と愛衣は目を合わせて頷くと。


「報酬の事は追々で、俺は了解した。参列は止めるし、英雄には協力しねぇ」


「わたしの方も右に同じく、報酬は様子見で」


「うむ、その言葉を録音しておいた。決して違えるなよ?」


 そして去ろうとするローズの背に、天魔と愛衣は告げた。


「約束はするがな、頼むから英雄を追いつめすぎるなよ」


「そうですよ、フィリア先輩も追いつめると何するか分からないんですから。――あまり妹さんを甘くみない方が良いですよ?」


「……お前達もか、ハッ! この私に敗北などあり得ないっ! ホームルームに遅れるなよ!」


 そして彼女は今度こそ去って。

 二人は大事にならないようにと、信じてもいない神に祈った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る