第69話 自由への脱出・前
一説によると、空腹時の方が思考が良く回ると言う。
ならば考えるのだ、特に牢屋に繋がれている状況では。
「ホント参ったよ……、無条件でフィリアの家族を信頼し過ぎてた」
油断していた、色ボケしていたと言っても過言ではない。
「親父はああ言ったけどさ、それって僕の流儀に反するんだよね。エンジョイするなら自己責任で、親に迷惑をかけてまでハシャぐのって違うでしょ」
そしてそれは、恋愛だって同じだ。
「確かにフィリアとは結婚したい、愛しているし。でもさ、今でさえ迷惑かけて…………いや、うん、かけてるって事にしておこう」
父・王太を始めとした親の顔と、孫はまだか的な発言を思いだしてそっと見ぬ振り。
そこに甘えていては、何も解決しない。
そもそも親に迷惑をかけて、相手の家族に反対されて、愛しい彼女を諦めるのか?
――答えなど決まっている。
「フィリアを諦められるとか、論外だから。駄目でしょ、誰も幸せになれない選択肢とか。――ああ、そうか。ローズ義姉さんは幸せになれるのか?」
そう思うと、段々と英雄の眉根が寄って。
彼にしては珍しく、悪感情を露わにして。
「だいたい義姉さんは自分勝手過ぎるっ! なにが僕との結婚を許さないだっ! このシスコン女がっ!! どーせロダン義兄さんをストーカーして襲って恋人にしたんじゃないのっ!? 義兄さん一人で良いじゃないかっ!!」
断じて、断じて屈してなるものか。
出来るだけ親に迷惑かけずに、フィリアの両親にも迷惑かけずに、ローズを乗り越えててみせる。
珍しく一瞬だけ沈んだ英雄だったが、そこは彼らしく一瞬で浮上して。
「諦めないぞローズ義姉さん、ああ、そうさ。久々に頭に来たよ、絶対に、絶対に話し合いで解決してやるから。どんな手を使ってでも、フィリアとの結婚を認めさせてみせるっ!!」
座った瞳は爛々と口元は不敵に歪み、目的が明確に定まった事で思考がグルグルグルグル回り回って。
先ずはローズの全てを知らなければならない、その思考回路、矜持、好みの食べ物、権力のふるい方、剣の腕前。
身長性格スリーサイズ、ともすれば歩く歩幅までありとあらゆる全てを計算に入れて。
「ウケケケッ、実にひっさしぶりにブラック英雄くんの登場だぁ!!」
「楽しそうな所、申し訳ありませんがブラック英雄様? 悪堕ちヒーローを堪能していないで脱出しませんか?」
「あれっ!? いつの間にいたの未来さんっ!?」
「ホント参ったよ……の辺りです」
「最初からじゃんそれっ!? もっと早く声をかけてよっ!!」
「いえ、窮地に陥った英雄様がどんな思考をするか、とても興味深かったので」
「……趣味悪いって言われない?」
「そうですか? お付き合いしてる方には最高の女王様と喜ばれていますが」
「どんなお付き合いしてるのっ!? 相手の男の人ってMなのっ!?」
「Mは確かですが、女の人ですよ?」
「それを聞かされて僕は何て反応すれば良いのさっ!?」
「ふふふ、メイドジョークですよ英雄様。私の趣味嗜好はノーマルですから」
「念のために言っておくけど、男も女もイケて、MもSもイケるのはノーマルって言わないからね?」
「おや鋭いですね英雄様、しかし安心してください。フィリア様に対する感情は姉、そして恋人は常に一人です。相手の居る方を口説かない常識だって持ってます!」
「まともな事を言ってる筈なのに安心出来ないっ!!」
「このフィリア様の右腕である未来を信頼できないと? では脱出はナシにしましょうか」
「未来さん、僕は貴女がフィリアの忠実なるメイドだって心から信じてる。恋人や趣味嗜好は僕に影響なければ別に良いやってね」
「では、まずは牢屋をガチャリ」
「そして中に入って、僕を繋ぐ鎖をガチャリ」
「では脱出しましょうか」
「ようし! 反撃だ!!」
「――そう、上手く運ぶと本当に思うか? 小僧、死ぬ準備は出来たようだな」
「ですよねー、知ってた」「シスコン姉バカローズ様っ!?」
英雄が牢屋から出た瞬間、地下牢と一階を繋ぐ階段を塞ぐように立っていたのはローズ。
彼女はRPGで言うロングソードのような物を手に持って。
「ところで義姉さん? いつから聞いてたんです?」
「ホントに参ったよ……の辺りからだ」
「未来さんといい、何でそこからなのさっ!? とっとと話しかけてよ僕が恥ずかしいだけじゃないかっ!!」
「どんな手を使ってでも、フィリアとの結婚を認めさせる。――だったか? ダーク英雄よ、悪に堕ちたお前をせめてこの剣の錆にしてくれよう……」
「ダーク英雄くん大ピンチっ!? 助けて未来さん!!」
「ダーク英雄様、申し訳在りませんが。戦闘は業務外なので……」
「業務外なら仕方ない……、じゃあ友人として戦って助けてくれない?」
「ごめん、痛いのは苦手なの」
「ふはははっ! 頼みの綱はビニール紐だったようだな!」
「なんのっ!! 僕にはまだ頼みの綱があるっ! 一時間ぐらい人生と共にした相棒! 鎖くん出番だ!」
「ていっ」
「ああっ、鎖くんが一刀両断されたっ! この鎖殺しっ!!」
「一時間の相棒が居なくなった今、お前に出来る事は私に殺される事だ。なに、フィリアには上手く言っておこう」
「いや義姉さん? 僕が自殺とか天地がひっくり返ってもあり得ないから。フィリア以外も信じないよ?」
「では私を襲おうとして、反撃にあい意識不明の重体ではどうだろうか?」
「義姉さん、フィリアに殺されたい? これは自慢だけど、どう考えても僕の方が愛されてるし。考えてみてよ、ロダン義兄さんがフィリアに半殺しにされてさ、フィリアの言い分を全部信じる訳?」
「くっ、卑怯だぞ小僧! それを言われると手足を折るぐらいしか出来ないではないか!!」
「手足も嫌だよ? ねえ、僕らは分かりあえると思うんだ。ちゃんと話し合おうよ」
「私は目に入れても痛くない程に愛しているフィリアを嫁にやりたくない。小僧はフィリアと結婚したい。話し合っても平行線だ」
「ロダン義兄さんだけで満足しない?」
「私は欲深なんだ、二人とも欲しい。――そもそもだ、フィリアに心の傷を付けた後に出しゃばってきたお前など信頼出来るかっ!!」
「ははーん? もしかしてフィリアが僕の事を愛していること自体が気にくわない訳?」
「そうだっ!! フィリアの愛は私が一番でなければならないっ! この世の至宝であるあの美貌! 声! 肢体! 全て全て! 私のものでなければならないっ!!」
荒々しく叫ぶローズに、英雄は盛大に溜息を吐いて。
こうなればもう、英雄に出来ることは一つ。
フィリアが愛し、そして幾度となく窮地を乗り越えた手法(窮地になった末とも言う)
それは……。
「……待て、待て、待って? 何をしているのだ小僧?」
「ちょっと待って義姉さん、同じ女の子を愛する同士、何もかもさらけ出して話そうと思って」
「ローズ様も同じ事をするのですか? 英雄様」
「いやいや、義姉さんはロダン義兄さんだけのモノさ。僕だけでいい、気にしないで慣れてるから」
「慣れてるのか小僧っ!? あの報告は冗談では無かったというのかっ!? い、いやっ! それ以上は良いっ! 見えてしまう!!」
「良い? ああ、ナイスって事だね光栄だなぁ」
「馬鹿者がっ!? 何がさらけ出してだ! 普通そういうのは心をさらけ出すのではないのかっ! 何故服を脱ごうと――ああっ!? 下を脱ごうとするな見えっ、見えたあああああっ!?」
「じゃ、話し合おうか義姉さん」
「お、お、お、おおお、おおおおっ!?」
「お?」
「おバカっ!! ぜ、ぜ、ぜ全裸で話し合うやつがどこに居るんだ」
「え、義姉さんはセックスする時、何も話さないの? それとも着衣? いや、答えなくてもいいや。僕、身内の性事情って苦手なんだよね」
「私も苦手だっ!!」
「おお、これで共通点が一つだね! いやぁ気が合いそうじゃないか」
「ぬおおおおおおっ! ち、近づくな!! そんなモノをブラブラさせて近づくな!! たたききってやるぞっ!!」
ぞーさんぞーさん、お鼻が長いのよとブラブラぶらり旅で近づく英雄に。
流石のローズも怯む。
彼女だって愛する者のソレは見慣れたものだ、だがしかし、如何せん這寄という歴史ある名家の箱入り娘。
突然全裸になる男の対処など、出来る訳がなく。
「ねぇローズ義姉さん? そこを退いてくれるかな、そうしないと。僕は本当に最終手段を使わないといけなくなる」
「これ以上あるのかっ!?」
「うん、そうなんだよ。折角だからヒントを出すね。――今の季節で、この地下の温度はどれくらいでしょうか!!」
「何の関係が……――ま、まさかっ!?」
「言ったでしょ? 手段を選ばないって、冬の季節、寒い部屋……そんな中で全裸の僕は、お腹が冷えない訳がなく……」
「出すときは言ってくださいね英雄様、撮影してフィリア様に提出しますので」
「おいっ!? フィリアはそんなもの見ない! あの子はそんな汚れた趣味じゃなああああい!!」
「…………申し訳ありませんローズ様。この未来ではフィリア様の偏執的な愛を矯正する事が出来ず」
「僕も見たくないけどさ、現実見よう? フィリアはドがつく程の変態だよ? 幸いにして僕限定だけどさ」
「嘘だ嘘だっ! そして近づくな!」
「今だ未来さん!」「この剣は元の場所に返しておきますね」
「しまったっ!?」
「という訳で僕は自由だっ!! いやっほう!! テンション上がってきたあああああああ!!」
目を背けていたフィリアの嗜好に、そして全裸でぶらぶら近づく英雄の存在に。
迂闊と責めるなかれ、怯んでしまったローズは未来に剣を奪われ、英雄の逃走を許してしまう。
「ま、待てっ!! この屋敷の中を全裸で走り回るつもりかっ!! メイド隊! 執事戦隊! 脇部英雄をひっとらえて服を着せろおおおおおおおおおお!!」
「はっはーん! 捕まるもんかってね!!」
そうして、全裸男と屋敷の従業員との鬼ごっこが始まった。
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