第67話 お酒は二十歳になってから



 会食前に這寄家当主と脇部の息子がパンイチになるというハプニングがあった。

 けれど幸いなことに、表面上は和やかに顔合わせが終わり。

 義姉ローズがその席で反対しなかったのは、どういう風の吹き回しだったのか。

 宴もたけなわであったが、首を傾げる英雄。

 フィリアは、楽しそうに談笑する両家の親を眺めながら。


「会社を纏めてるのは実質的に姉さんだが、会社でも家でも最高権力者は父さんだからな」


「…………なるほど。僕の見た所、カカア天下に思えたけど?」


「勘違いするのも無理は無い。考えてみろ、私と君、どちらが最終的な意志決定権を持つ?」


「それは僕だね」


「だろう? 父さんも英雄と同じく、惚れた弱みを最大限に活用しているのだ」


「けど、普段は振り回されていると」


「…………英雄? 普段は君に振り回されている気がするのだが?」


「何を馬鹿な事を、この僕が君を振り回すなんて――――してるね!」


「そうだ、分かってくれて何より。ならば反省して私との時間を増やせ」


「これ以上増やすと、トイレの間や授業中も膝に乗せなければならないんだけど?」


「そこを何とかするのが男の甲斐性だろう? 父さんと母さんも大学時代にそうしていたと聞くぞ?」


「え、何そのエピソード怖いよっ!? なにが怖いかってウチの親からもその話聞いたことがある事だよっ!? どうなってるのさっ!!」


 サーモンのにぎり寿司(特上)を食べながら英雄は叫ぶ。

 そしてその声に反応したのは、壮年の男性。

 年越しそばを片手に、人懐っこそうな笑みを浮かべて。


「いよーうお二人さん! お前等見てると、昔を思い出して楽しいなぁ! フィリアちゃんは顔がユーリそっくりなのに、性格はカミラさん譲りなんだもんなぁ」


「あ、親父」「義父さん」


「しかしこんな洋館に和室があるとは嬉しいね、カミラさんの趣味だな?」


「義父さんの趣味じゃなくて?」


「いや英雄、母は意外と和風が好きなんだ。この屋敷も当初は外側だけが洋風で内側は全部和風にする筈だったと聞いている」


「ああ、中は義父さんの趣味なんだ」


「明日見て回れば分かると思うが、半分は和風なんだ。中庭は枯山水だぞ」


「え、何それちょっと見たい」


「うむうむ、仲が宜しくて結構結構! 俺は嬉しいぞぉ! お前に恋人が出来るなんて思っていなかったからなっ!!」


「酷くない親父っ!?」


「だってお前、今まで一度も浮いた話が無かっただろ。口を開けば男友達の事やマンガとゲーム、学校から呼び出されれば、やれ教師の不正を暴いただの、ゲーム持ち込んで体育館で大会開いただの、女の子に関わる話なかったじゃないか」


「…………ね、もしかして酔ってる親父?」


「こんな目出度い席で酔わずにはいられないっ!! だってお前っ! しかもユーリとカミラさんの子とだぞ! 俺ちょっと老後が心配だ!」


「おい、聞き捨てならない台詞が聞こえたが? 何故老後が心配か言え、トラブル野郎が」


「義父さん!」「父さん、酔ってますね?」


 現れたるは顔を赤くした美壮年の勇里、彼の両手には一つづつ酒の入ったグラスがあって。


「サンキューユーリ、相変わらず気が利くなぁ。そんな事してっとウチのこころにまた睨まれるぞ?」


「心配無い、あっちでローズを巻き込みながらカミラと呑んでる」


「ありがとう義母さん! 姉さんを止めておいてくれて……」


「お袋って酒飲めたんだ、もしかして始めて見たかも」


「そりゃな、お前が呑みたがらない用にだ」


「え、何で? 二十歳にならないとお酒は駄目って常識でしょ」


「成程、それで一人暮らしの英雄の部屋に酒が無かった訳だ」


「なんで納得したのっ!?」


「簡単な話だよ婿殿、――悪い前例がここに居るからだ」


「…………親父?」


「いや、子供の頃は親が呑んで楽しそうにしてたら呑むだろ? そんでもって、ウチの家風的に呑ますだろ?」


「そして大学に入る頃には、呑むと必ずと言って良いほど騒動を起こすトラブルメイカーの出来上がりって訳さ」


「そういえば、親戚の集まりはいつも賑やかだったなぁ」


「まて英雄、それは本当に賑やかの一言で済むものだったのか?」


「え? お年玉争奪ルール無用のちゃんばらデスマッチとか。お爺ちゃんのヘソクリを探せ埋蔵金伝説ゲームとかしないの?」


「ふふふ、楽しみにしていろ英雄。お前も今度は大人の男だけが参加出来る、ドキドキ! キャバクラ資金争奪レースに参加出来るぞ!」


「何それ楽しそう!」「今度俺もお邪魔して良いか?」


「頭かち割るぞ英雄? 母さんに言いつけるぞ父さん?」


「失言だった、頼むから言わないでくれ」


「ジョークジョーク、で親父? 親父は何回キャバクラ行けたの?」


「それが一回も行けていないんだっ! 分かるか英雄っ! これは脇部家の男の悲願なんだっ! 毎年全滅して勝者が一人も居ないんだっ!」


「親父っ!」「英雄っ!」「分かるぞっ!!」


 涙ながらに堅く抱き合う父息子と義父。

 花嫁(予定)は、それを冷めた目で。


「何故、私たちが居るのにそういう所に行きたがるのだ?」


「いやフィリア、極上の女の子から愛されるのと。多くの女の子からチヤホヤされるのは別問題だよ」


「そうだぞ我が娘よ、極上の妻がいるからこそ。その良さを再確認する為に他の女性にチヤホヤされに行くんだ」


「普段、他の女性と楽しくお喋りする機会なんてないからなぁ。ステーキだけじゃ胃もたれするだろ? ちょっとハンバーガーを眺めるぐらい良いじゃないか」


「そうだよフィリアちゃん、親戚になるよしみでボクも参加して良いですか王太さん?」


「母さん、姉さん、師匠? ちょっと来てくださ――もがもがっ!?」


「お袋! 何でもないからっ! そのまま楽しく義母さんと義姉さんと呑んでて!」


 彼女たちは頷き、男達は胸をなで下ろしたが。

 全て把握されてるので、ぬか喜びだと判明するのは少し後。


「まあまあフィリア? 阻止したいなら僕と勝負といかない?」


「おっ、面白そうだなそれ! よぅしユーリ酒もってこい!」


「何するつもりだ王太? いやロダン、持ってこなくて良いぞ?」


「ロダン君、ささ、それをこっちへ。せっかくの目出度い日だ、そしてこの二人は夫婦になるってんだ。それはつまり大人って事だろ?」


「ふむ、一理ある」


「いえ無いですよ義父さん?」


「そうだよ無いよ義父さん親父?」


「ロダン義兄さんの言うとおりだな」


「黙らっしゃい! これは英雄への試練でもあるんだっ!!」


「僕への試練?」


「そうだ、俺が知る限り。――お前には冒険が足りないっ!! いつも安全圏で勝負しているだろう!」


「成程、それには一理ある」


「フィリアっ!? 納得しちゃ駄目だよっ!?」


「王太、それはどういう?」


「コイツはなユーリ、俺に似て冒険野郎なのは良いがなぁ……」


「お祭り野郎の間違いじゃないのか?」


「どっちでも同じ事さ、俺が不満なのは! 英雄がはしゃぐ時はいっつも保険かけてるって事だ!」


「娘が嫁ぐ身としては心強い所だが?」


「英雄くん、後で保険のかけ方を教えて貰ってもいいかい?」


 英雄の味方をする義親子に、王太はもっともらしい顔で。

 ――その顔はすっかり酒精で赤くなってはいたが。


「ばっきゃろう! いつでも保険をかけてハシャゲると思うなよ! 男には裸一貫でエンジョイしなきゃいけない時があるんだよ! 新婚旅行でラスベガスに行った時、パンツ一丁でブラックジャックに望む時とかなっ!!」


「そんな事してたの親父!? お袋に怒られなかったの!?」


「はっはっはっ、最終的にバカ勝ちしたからな! アイツもベッドの上で説得したから問題なしだ! その後、十年は小遣い制だったがな!」


「駄目じゃんそれ!?」


「英雄、頼むからそんな無謀な大人にはならないでくれよ?」


「という訳でっ! 利き酒大会~~っ! チャレンジャーは英雄と…………俺と勇里だ! 男だけで勝負だぁ!!」


「よし乗った!」


「ではボクがジャッジを、公平を期すために、お酒の種類と味は表を作りますね」


「いや、大丈夫だロダン。それならココにある」


「義父さん!? なんで持ってるのさっ!?」


「さては予想していたな父さん?」


「ふっ、何年お前の親友やってると思ってるんだ」


「流石だぜマイベストフレンド! ハイタッチ!」


「ハイタッチ! それじゃあ頼むぞロダン! 酒を持ってきてくれ!」


「僕、始めてのお酒はフィリアと静かに呑みたかったんだけど…………これはこれでワクワクするね! ようし勝つぞぉ!!」


「始まってしまった……取りあえず母さん達に相談するか」


 そして始まるどんちゃん騒ぎ。

 いつの間にか、母親達と姉も酔いどれて全員参加で飲み始めて。

 英雄もフィリアも、初心者故の無秩序な飲み方をして。

 未成年は絶対に飲酒してはいけません。

 そんなこんなで、いつも間にやら記憶がぷっつり。

 ちゅんちゅんと、雀の鳴き声で目を覚ます英雄。


「…………知らない天井どころか、まさか僕のセクシーポーズを寝起きに見るはめになるとは。というかフィリアの部屋だよねココ? いつの間に? 利き酒が始まった辺りから記憶ないんだけど?」


「ん……、もう、朝か英雄? 昨日は遅くまで愛し合っていたんだ。もう少し寝かせてくれ……」


「あ、フィリア居たんだ。…………いや待って? 愛し合った? ――――裸だよ僕達っ!?」


「ふふ……、昨日は凄かったぞ。まるで野生に返ったみたいだった……、絶対に孕ますという気概があって嬉しかった…………」


「うわーお、超声かすれてるよ君? うん? 孕ます? ………………うん?」


 事態を把握した瞬間、サーッと顔を青ざめて英雄は周囲を見渡す。

 脱ぎ散らかした服や下着はまだ良いとして、濡れて冷たいベッドも取りあえずは無視する。


「風邪引かなかったのは暖房のお陰だねぇ、酔っていても暖房入れる頭は残ってたんだ」


「避妊する頭は残っていなかったがな」


「…………やっぱり?」


「ああ、ばっちしと」


「念のために聞くけど、危険な日?」


「どちらでも無いぞ? ところでパパになる可能性を得た気分はどうだ? 元旦早々に姫始めは男冥利に尽きるのでは?」


「なんで君はそんなに暢気なの? こんな事を聞くのもアレだけど……アフターピルが世の中にはあるって聞くけど?」


「主治医もすぐに駆けつけられるからな、言えば直ぐに貰えるだろうが。この私が本気で飲むと思うのか?」


「だよね、僕もフィリアが嫌な事は本気で強要するつもりは無いよ。運を天に任せるさ」


「そう言ってくれると思った、愛してるダーリン」


「僕も愛してるよハニー」


 英雄の少し困った顔に、フィリアは嬉しそうにキスをして。

 その瞬間、扉が開いて。


「おはよう愛しいフィリア、みんな食堂で待って――――――………………」


「おはよう義姉さん、ちょっと遅れるって伝えて欲しいな」


「うむ姉さん、出て行って貰えると嬉しいのだが」


 ローズはプルプルと額に青筋を浮かべ、血走った目でベッドの周囲を見ると。

 ダダダと走ってゴミ箱をチェック、その後は躊躇無く二人が仲良く体を隠すシーツをはぎ取って。


「覚悟しろよ小僧おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 高校生の身分でフィリアを孕ませるなんて許さないわっ!! 来なさいロダンっ! 父さん母さん!! あの脇部王太にもこころ様にも今すぐ報告するからなっ!! ウチの敷居は二度と跨げないと思えっ!!」


「なんでお袋を様付けしてるのっ!?」


「言ってしまったな、…………どうする英雄?」


「こりゃあ、元旦から家族大会議で済むと…………良いなぁ。取りあえず着替えようか」


 結論から言うと、激しく怒り狂ったローズによりフィリアの軟禁が断行。

 英雄は地下牢行きになってしまったのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る