第48話 ダメ男(成績超優秀、顔ヨシ体ヨシ、将来有望)



 英雄とフィリアが一線を越えただとか、脇部英雄の恋愛ガチ勢という事が判明したが。

 ともあれ、時間は必ず過ぎていく。

 土曜日が近づくにつれ、栄一郎が緊張で顔を青くいてたが。

 今日、今この瞬間が土曜で約束の時間で英雄のアパートだ。


「さて、みんな集まったようだし。そろそろ始めようか」


「始める前に言っておく、この部屋から全ての刃物は移動させておいた。また各自、危険物の持ち込みチェックを行わせて貰ったが。これが最後だ、――隠し持ってはいないな?」


「いや脇部に這寄さん、そんなに念を押さなくてもよくね?」


「い、いやっ! 助かるぞ英雄に這寄っ! 二人とも持ってないよなっ!!」


「はぁ~~、大丈夫だ栄一郎。アンタには自慢の拳で十分だからな」


「ええ、長物は無くても。兄さんには拳で十分です」


「審判っ! 二人は拳という危険物を持ってますっ!」


「訴えは却下だよ栄一郎? というか殴られて済むならそうしてね」


「そして越前、分かっているな?」


「ああ、俺らはあくまで補佐。……っていうかアレだろ? 栄一郎が殴り殺される直前て止める感じの」


「半殺しが確定してるか俺っ!?」


「往生際が悪いよ栄一郎。――二人とも、僕らの立ち位置はそれで良いよね」


「ええ、問題ないです。配慮の上に場所まで貸してくれて……感謝しています」


「すまんな脇部に這寄、休日だってのにアタシらの問題につき合わせて。セックス覚えたてなら、今日は朝からずっとサカッて居たいだろうに……」


「あ、跡野先生っ、その様な心配は無用です」


「フィリア、声が裏返ってる」


「何故君は平然と受け流せるのだっ!?」


 美しく可愛い彼女が顔を真っ赤にしているが、堪能するのは後で。

 英雄は全員にお茶とポテチを配りながら、司会を進行する。


「じゃあ問題点の整理からしようか」


「小姑である愛衣は、栄一郎の嫁である跡野先生に不満を持っている。――間違いないな?」


「はい、この女狐は小さな頃から散々兄さんにつきまとって……、挙げ句なんですか! 年が一回り以上も離れてるのに結婚とかっ!! そりゃあ確かに小さな頃は、わたし達の面倒を見てくれた事は感謝してますが! それとこれとは違いますっ!!」


「それに対して跡野先生、反論はあるか?」


「……すまない愛衣、アンタの言うとおりだ。アタシが過ちを犯さなければ、栄一郎が歪んだ人生を送る事も、こんな嫁遅れを貰う事も無かったんだ」


 怒りに任せて叫んだ愛衣とは正反対に、茉莉は沈痛な面持ちで頭を下げる。

 その姿を見て、反射的に怒鳴りそうになった愛衣であったが、英雄によって制止された。


「はいストップだよ愛衣ちゃん、ここで君が感情任せに言葉を出しても、どうにもならなかった事は覚えてるよね? だから僕たちがこういう場を設けたんだから」


「…………はい、英雄センパイがそう言うなら」


「つーかさ、ここで言わなきゃいけない事があるだろ栄一郎。センセの言葉も間違いじゃねぇのかもしれないけどさ」


「ああ、そうだな。すまん、そして有り難う英雄と天魔」


「兄さんから話があると? へぇ、とうとう話が聞けるんですか?」


「じゃあ栄一郎に話をして貰うとして、まずは時系列順で話そうか。――先ずはセンセからね」


「分かった、……これは十年以上前の事だ。アタシは当時不良から更正した後でな」


「――ああ、そう言えばそんな感じでしたね」


「それでな話は前後するが、不良だったアタシの更正したのが。近所に住むオマエらの家の家政婦のあの人だ」


「山田のオバちゃんですか、確かにあの人はお節介ですし。……それでわたし達の面倒を?」


「恩あるオバちゃんの頼みだからな、バイト代も出してくれるって言うから引き受けたんだ」


 エテ公は初めて聞く話に、意外な繋がりに目を丸くして。

 栄一郎は神妙に項垂れる。

 そして愛衣は、不思議そうに首を傾げて。


「でも、それが何の過ちに繋がるんです?」


「…………以前オマエに言われたが、アタシはショタコンだったんだ。初めて栄一郎と顔を会わせたとき、本能でソレを理解してしまったんだ」


「今も兄さんはかなりの美形ですけど、あの小さな頃は天使もかくやな美少年でしたから――って!? まさかっ!?」


「そうだ、出会って一年。その時失恋してたアタシはな、酒を飲み続けながらオマエらの相手をしてだな」


「覚えていないか? あの時の愛衣は軽く風邪引いて、ぶうぶう言いながら寝てたのを」


「あー、確かにそんな事があった気がしますが。え? ええっ!? まさかその時にっ!?」


「食べた。――それが始まりで、アタシは地獄の釜を開けてしまったんだっ!!」


 後悔に満ちあふれた顔で苦悩し、唇を強く噛む跡野茉莉に。

 愛衣は怪訝な顔をする、そんな顔をするなら出来ることがあった筈だ


「気になる事はありますが、……どうして警察に行かなかったんですか?」


「それは……」


「俺が引き留めたんだ愛衣」


「兄さん?」


「茉莉にとっては酒に寄った過ちだったかもしれない、だが俺はその時に確信したんだ。――この人こそが運命のヒトだって!!」


「うん? 兄さん?」


「あの時の茉莉は、傷ついた女神だった! 俺に天国を見せてくれて、でも彼女は泣いて! なら思うじゃないか! このヒトを大切に幸せにしたいって!」


「…………え? ええっ? 英雄センパイ!? 天魔くんっ!? 兄さんが壊れましたっ!?」


「ごめん、俺もちょっと驚いて言葉が出てこない」


「あー、栄一郎ってば色ボケした面は愛衣ちゃんに見せてなかったんだ。だから愛衣ちゃんは二人の関係をちゃんと把握出来ずに怒ってたんだね?」


「うむ、では愛衣。君は跡野先生とこの男の事を、どんな関係だと思っていたのだ?」


 フィリアの問いに、愛衣は兄の茉莉の間だに視線を彷徨わせながら。


「ええと、わたしてっきり。婚期に焦った先生が、高校で再会した兄さんに付きまとって、体で籠絡したのだと…………」


「まあ、普通はそう考えるよね。じゃあ栄一郎、君の口からちゃんと言ってね? 後、殴られる覚悟も」


「分かった。俺も腹をくくって来てる。――茉莉はな、当然、警察に行こうとしたんだ。それを、俺が止めた」


「…………兄さん? 何をしたんですか?」


「警察に行くと茉莉は捕まるだろう? 当時の俺でもそれぐらい知ってたからな。――泣き落としして、それでもダメだったから、包丁持って、警察行くなら自殺するって脅した」


「この外道っ!?」


「しかたないだろうっ! 確かに社会的に倫理的に間違ってたけど! 茉莉を前科者になんてさせるもんか!」


「そうだ、その意気だ! 愛する者を捕まえ救うなら手段は選ぶなっ!!」


「はいフィリア、君は正座して暫く黙っててね?」


「了解した」


 お口をチャックしたフィリアは兎も角。

 愛衣はジロリと兄を睨み、ついでに天魔も彼をフィリアの同類を見る目で。


「栄一郎……お前ってヤツは……」


「兄さん、全部吐いてください! 他に何をしたんですかっ!!」


「そのだな……、茉莉の家を突き止めて。酔っぱらってる最中に半裸で誘惑してみたり」


「聞いてくれ愛衣、またも手を出してしまったアタシも悪いんだがな、コイツは事もあろうに隠し撮りして、それでアタシを脅してきたんだっ!!」


「兄さんっ!! ――ああもうっ!! 止めないでくださいセンパイと天魔くん!」


「どうどう愛衣ちゃん押さえて」「ごめんね愛衣ちゃん、でも栄一郎がやらかしてるのはまだあるから」


「まだあるんですかっ!?」


「……茉莉も気づいてるかもしれないが。スケジュール手帳を盗み見てだな」


「昔っから行く先々でオマエが居ると思ったらっ! それが原因かっ!!」


「基本だな」「フィリア?」「私は何も言ってないぞ?」「後でお仕置きね」「…………はい」


 英雄とフィリアのやりとりは聞き流せても、愛衣は兄の言葉はしっかりと記憶した。

 そして同時に、今まで持っていた兄のイメージが崩れ、怒りに変わる。

 更に、女狐と罵っていた教師が、途端に哀れな被害者に見えてきて。


「あ、あのっ! 先生っ!? つかぬ事をお聞きしますが…………今回の婚約は合意の上だったのでしょうかっ!!」


「あ、それ僕も気になる」「確かに、おい、どうなんだ栄一郎」


「合意だよな茉莉ぃっ!? 俺を愛してくれてるから結婚してくれるんだよなっ!? 頼むからイエスと言ってくれぇ~~~~」


「ええいっ! 縋りつくな栄一郎! オマエはいつもそうだ! 何度も愛してるって言ってるだろう!!」


「兄さん、こんな人だったなんて……。いえ、それは後で、先生? 今のお言葉は本当で?」


「アタシも何度も関係を切ろうとしたんだ……、でもその度にコイツは何度も何度も迫ってきてな。終いには根負けして、まあ情が湧いたって言うのかな。マジでアタシがいなけりゃ人生ダメになるって言うか」


 ため息混じりに出された言葉は、優しげな眼差しと共に。

 愛衣はその光景に、深くため息を一つ。

 居住まいを正し、茉莉と向き合う。


「…………兄さんにはもっと余罪がありそうですが」


「すまない愛衣、アタシが過ちを犯したばっかりに……」


「いえ、兄さんがした事は。男として人して、机家の人間として見下げ果てたものです。むしろ、兄で良いんですか? このバカならわたしが責任を持って牢屋にぶち込みますが」


「いいんだ、最初はどうあれ。今はアタシもコイツを愛してる、――それに、コイツが最初に言ったんだ。アタシの過ちを許す、教師を目指すアタシの経歴に傷をつけてはいけないって。…………アタシも同じなんだ」


 愛衣は頭を床に付けて言った。


「どうか、――兄さんをよろしくお願い致します義姉さん」


 そして茉莉も同じようにして。


「こちらこそ、すまなかった。コイツは責任を持ってアタシが引き取る」


 二人は頭をあげると共に苦笑して、堅い握手を交わす。


「今度、コイツがやらかしたら。警察に届けるのを手伝ってくれるか?」


「はい義姉さん! 喜んで手伝います!」


「ふう、これで一見落着ってね」「あー……、始まる前はどうなるもんかって冷や冷やしてたぜ」「ところでだ、……この者はどうする?」


 和解で緩んだ雰囲気の中、フィリアの指摘に栄一郎へ視線が集まる。


「愛衣……、結婚を許してくれるのか?」


「はい兄さん。義姉さんとの事は、ちゃんと話そうともせずに一方的に怒っていたわたしにも非がありますので」


「じゃあ!」


「――でも、勘違いしないでくださいね? 何処の、誰が、兄さんを許すと、言いました?」


 愛衣の怒気に、天魔がひえっと怯え。

 英雄とフィリアは顔を見合わせて、避難の体勢。

 そして茉莉は、栄一郎の首根っこを掴んで。


「思う存分やれ愛衣、アタシはとっくの昔にケジメとしてボコボコにしたからな」


「ああ、そういえば以前兄さんがボロ雑巾みたいになって帰ってきた事がありましたっけ。その時は英雄センパイと天魔くん達をヤンチャしたとばかり思ってましたけど……」


「あ、それなら僕も覚えてる。確かナンパした子のお尻触って殴られたとか言ってたよね」


「俺もそんな言い訳を聞いたな、――確か中学の頃だったか?」


「ふっ、体を張ったおかげで茉莉とちゃんとした恋人になれたんだ!」


「誇らしげに言う事じゃありません兄さん!」


「まったく、どうしてオマエはアタシが絡むとバカになるんだ?」


「さあ来い愛衣! 俺は茉莉と添い遂げる為なら何回殴られようとも甘んじて受け入れるぞ!!」


 開き直って両腕を広げる兄の姿を前に、愛衣はうんざりした顔で握りしめた拳を緩めて。


「聞きますけど、ウチの親にこの事は話したんですか?」


「ああ、茉莉の両親にも話した。実は顔以外を殴られまくったし、離婚したら股間をちょん切る誓約書を弁護士同伴で書いた」


「あ、一応そっちのケジメはつけたんだ」


「仲間外れはわたしだけと?」


「すまん愛衣、オマエはまだ未成年だから。事情を伏せた方が良いとなってな……」


「いえ、それが普通の判断でしょう。でもそれじゃあ殴っても一時的なダメージしかありませんね」


「じゃあさ、どうするの?」


 英雄の質問に、愛衣はフィリアを見て。


「フィリア先輩、少しお聞きしたいのですが」


「ふむ、何でも聞いてくれ」


「このバカ兄の同類として、まだしてそうなストーカー行為は分かりますか?」


「隠し撮りと盗聴器とGPS発信器……スマホに変なアプリを仕込まれてる可能性があるな、それと隠し撮りコレクションや、盗んだ小物をしまった宝箱があるだろう」


「との事ですが――兄さん?」「栄一郎、オマエ確実にやってるだろ?」


「……………………………………はいぃ」


 観念して土下座した栄一郎を引きずって、フィリアから各種探知セットを受け取った嫁姑は帰って行った。

 それを見送って盛大なため息を一つ、越前天魔も帰宅して。


「ところでフィリア?」


「なんだ英雄」


「さっき、妙にすらすら出てきたけど。アレって君自身が今もしてる事?」


「ふむ、そう言うのは証拠を見つけてから言う事だな」


 胸を張る彼女に、英雄はニマリと笑いながら玄関を施錠し。

 カーテンを閉じて、寝床を整える。


「なんだ? 眠いのか英雄、夕食もまだだろう」


「いやちょっとね、君の言う証拠を見つけるのは手間がかかりそうだから。――自白させようと思って」


「自白? 拷問でもすると?」


「実はね、昨日未来さんが色々プレゼントくれて。話は変わるけど知ってた? 人間って痛みには慣れるけど快楽には弱いって」


「成程? …………~~~~っ!? なっ、あ、っ!?」


「という訳で、ちょっと大人のお話をしようかフィリア。大丈夫、愛のある行為だよ」


 その日、フィリアは晩ご飯を食べそびれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る