第二章 同棲どうでしょう
第31話 小指の赤い糸
期末テスト直後のフィリア騒動は、結果的に丸く収まった。
そして返ってきた答案の点数で、二人の家事分担が決まるはずが。
クラスを巻き込んで、紙飛行機大会(優勝者・飛び入り参加の教頭)があったのも記憶に新しいが。
ともあれ、二人の同棲生活は今日も平和で。
「――どうだ英雄、見てみろ」
「見てみろって……、これただの赤い毛糸の玉だよね? どうしたの? いきなり。――ああ、そうだ。今日のフィリアのダサジャージ姿も可愛いよ」
「ありがとう、今日の英雄のダサジャージ姿も…………、いや、たまには家でも普通の服を着ないか?」
「あれ? これってディスられてる僕っ!?」
「君は私が何を着ても可愛いだの綺麗だのと言うが、正直な話……、君のジャージ姿は見飽きた」
「本当に正直に言ったっ!? ――まあ、気持ちは分かる、楽だから着てるけど。今日みたいに休日だと買い物行くとき着替えるから、最初からちゃんと着ててもって思うし」
「そうだろう、なら足りないモノをリストアップして、明日の買い出しは大きな所に行こう」
「休日買い出しデートだね! お昼はフードコートでラブラブしよう!」
「うむ、お洒落するので楽しみにしていろ!」
「やったね! 僕、大勝利! …………は良いんだけどさ」
英雄がちゃぶ台の上に視線を下ろすと、先と変わらぬ赤い毛糸玉が
彼女はいったい何故、こんなモノを用意したのだろう。
「フィリアってば、編み物の趣味でもあった?」
「うん? 手編みのセーターでも欲しいのか?」
「いや欲しいけどさ。……その言い方だと、この毛玉は編み物用じゃないのね?」
「この毛糸玉についてはその通りだ。ところで今度手編みのマフラーを作ろうと思うのだが、ハートマークと私と君の名前入りというのはどうだろうか?」
「ホントにっ!! 手編みってだけじゃなくて、バカップルみたいな名前入りもしてくれるの!?」
「ふふっ、そういうのが好きなんだろう。私はなんと言っても英雄検定初段だからな! 君の好みぐらい把握している!」
「ほう、言ったね? なら――僕が今したい事は?」
「そうだな……、今は夕食後だ。少し眠くなって、私の膝枕をして欲しいという所ではないか?」
「残念外れだ、――今日は、僕がフィリアに膝枕をしたい気分なんだ」
「私もまだまだ甘いな。……では、膝を少し借りようか」
「どうぞどうぞ」
「では遠慮無く。ああ、男らしく堅いが、これが中々……」
「そして僕はフィリアの綺麗な金髪を撫でたり、手櫛で梳いたり。うーん、さらさらで気持ち良いねぇ! これでこそ同棲生活ってもんだよね!」
「私も嬉しい、君も嬉しい。ウインウインの関係だな。それに――」
「それに?」
「この髪だって、英雄の為だけに毎日手入れをしているんだ。喜んでくれて冥利に尽きるというものだ」
「なるほどお姫様、感謝感激のキスを髪にしても?」
「遠慮などするな、なんといっても私は君のオンナなんだからな!」
「んちゅっ、どうしてフィリアって良い匂いがするんだろう? 髪の毛だって言うのに食べてしまいたいよ……」
「そうだろう! そうだろう! 何年ものデータの集積によって、君が好む最高の髪の毛を実現しているのだ!」
「重い。その一言が無かったら素直にもっと誉めてたよ?」
「ぐっ、だが君の為に努力したのだ! アピールしても良いではないか!」
「アピールしてくれると、僕も気づきやすくて嬉しいね。でも、それはそれだよ。まぁ……、その重さがフィリアの魅力の一つって発見したから、無理に直せとは言わないけどね」
「更生する、と言っていなかったか?」
「更生するよ? でもそれは君の気持ちの事じゃない、そこから引き起こされる行動を軽減するって事さ」
「具体的には?」
「家を燃やすとか、他の子が書いた僕宛のラブレター隠すとか、拉致監禁とか暴走する前に、フィリアをメロメロにする」
「メロメロにされるのかっ!? 私をもっと喜ばせてどうするつもりだ!!」
「最終的に…………、僕の子でも産む?」
「産むぞ! 何人欲しいっ!?」
「強気で言うまでに、エッチな事にも耐性つけるからね」
「え、エッチ……、な、成程? 具体的には?」
「寝る前にエッチな動画でも一緒に見ようか、僕秘蔵のエロ本と同じポーズを取ってみるとか」
「なんたる卑猥っ!! 私は都合の良いオンナではな――、しまったっ!? 都合の良いオンナだった!」
「まあまあ、エッチな事でも僕の好みを知れると思えば良いんじゃない? 頻度は週一ぐらいでどう?」
「――――ゴクリ、よ、よし。それで良いだろう」
「肩の力抜いて、気軽にね。この前は海外ドラマのえっちシーンで気絶したし、僕も加減するから」
「…………いっきに押し倒されない事を、喜ぶべきか悲しむべきか」
「そこは喜んでね?」
「英雄のような紳士な男と同棲できて私は幸せ者だ!」
「うん、よろしい。――ところで、無理矢理押し倒すワイルドな方が良い?」
「そういう君に興味はあるが、嗚呼、こうやって思いやってくれる君が好きだ」
「暴走する所と、えっちな事が苦手な所を除けば。フィリアはパーフェクトな女の子なんだけどなぁ」
「だが、見捨てないという事は。そういう所も実は好きなのだろう?」
「自分で言う? まあ当たってるけどね」
「私の勝利だ!」
「でも、他の人に迷惑かかる所はきっちり直していくからね」
フィリアと過ごす夕食後は、なんて素敵なんだろうかと英雄は満足そうに微笑んだが。
それはそれとして、赤い毛糸の玉の事を思い出した。
「話がだいぶズレた気がするけどさ、結局あの毛糸の玉って何?」
「ああ、それか? 実はな、最近女子達の間でおまじないが流行っていてな」
「そうなの? 僕は聞いたことないけど」
「女の子だけの秘密のおまじないだ、知らなくて当然だろう」
「男である僕に話しちゃって良いの?」
「それが、その話は私達の事が発端らしくてな」
「と言うと?」
「この前の校庭で、君が拡声器と手錠で私を繋ぎ止めただろう」
「それが?」
「何故か、小指を赤い毛糸で繋ぐと両思いになると変化したらしい」
「どうやって手錠から変化したのか気になるけど、小指に赤い糸って女の子って感じのロマンチックさだね。でも僕たちに必要かな?」
「私がロマンチックな行為をしたら変か? それに君好みだと思って買ってきたんだが」
「そういうの大好き! っていうかフィリアってば普段からくまさんパジャマとか、そういう可愛い所あるもんね、納得したよ」
「だろう。――では、してみるか?」
「勿論! で、で? 毛糸は切って良いの? それとも全部使っちゃう?」
「ふむ、困った。それも聞いてくればよかったな」
「じゃあさ、全部使っちゃおう! ほうれクルクル~~、フィリアにゃんにゃん、取ってくるのだ!」
「にゃん! ネコミミも付けようか? この間、未来に貰ったのだ」
「ナイス未来さん! 付けて付けて! ネコミミフィリア見たい!!」
「にゃんにゃん!」
「ほうれ、顎をくすぐりー」
「なーごぉ」
「あ、鳴きマネ上手だね」
「お気に召したかニャ!」
「語尾は止めて? 何だか栄一郎を思い出すから」
「シット! 机め! どこまでも私の邪魔をするか!!」
「はいはい、フィリアにゃんにゃん。妬かないの、ご主人様が可愛がってあげますからね」
「にゃーん! にゃーん! ………………猫のエッチな下着もあるんだが着た方が良いか?」
「それをしたら、僕が野獣になるけど。それでも良い?」
「にゃーん! もっと健全に可愛がって欲しい!」
「ようし子猫ちゃん、僕の顔を舐めてみる?」
「か、顔をかっ!? いや、しかし……、今の私は英雄の可愛い子猫、いざ、――――ぺろっ!」
「ああっ、フィリアが座布団で顔を隠したっ!?」
「五分間だけだ、そしたら可愛い子猫に戻る」
「はいはい、じゃあ僕は小指に赤い毛糸を結ぶ準備してるよ」
その後あやとりしたり、お互いの小指に赤い糸を付けて寝て、翌朝になったら赤い糸まみれの部屋に邪魔だよね冷静になり捨てた。
――なおフィリアは密かに回収し、宝物ボックスの中に大事にしまったのだったが。
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