第5話 ランチタイム・ウォーズ



 昼休みになる頃には、這寄フィリア「姫」が火事で焼け出されたというニュースがクラスのみならず、学校中に駆け回っていた。

 本人が居る英雄のクラス、2ーAでは言うまでもなく他のクラスからもフィリアを心配する人で混雑。

 そんな中、まんまと当人を同棲に持ち込んだお調子者と言えば。


「うーん、何故だろうか視線が痛い」


「それは拙者が熱烈に見つめているからであるな、じとー」


「さっきの休憩時間にも見てただろ。僕に言いたいことがあるなら、素直に言えよ親友」


「なら率直に、――――パンツは何色だった?」


「見てないよっ!? 僕を何だと思ってるのっ!? でも足の裏の感触は柔らかかったよ!」


「引くわー、童貞卒業してないのにハイレベルなプレイでドン引きだわー」


「栄一郎の趣味に言われたくないよっ!? というか、彼女は守備範囲じゃなかったのっ!?」


「いや、チンピクすらしないでゴザル。今のは只のカマかけですしおすし。いやー、マジ失望したわー、英雄殿ならその日の内に、弱みにつけ込んでアレやコレやすると確信してたのになー! 拙者を裏切ったんだっ! あのエロゲーの様に! 熟女がロリキャラだったあのエロゲーの様に!!」


「僕を何だと思ってるんだ!? 勝手に鬼畜エロゲーの主人公みたく言うんじゃないっ! どうみても一昔前の優柔不断系前髪隠れ系ギャルゲ主人公だろうがっ!!」


「英雄殿、十八歳未満はエロゲーやっちゃいけないでゴザルよ?」


「主に栄一郎が貸してくるんだよね! いつもありがとう! でもどうやって買ってるか後学の為に教えてください!」


「え、朕ってばホラ、熟女に貢がれてるから……」


「エロゲー貢がれてるのお前っ!? どんな関係なのっ!?」


「ふっ、童貞である英雄殿には分からぬ関係でゴザルよデュフフフフ……、強いて言うならば」


 くわっ、と目を見開いた栄一郎に、英雄は喉をごくりと鳴らして耳を澄ませる。


「――全裸で泣いて土下座して足を舐めればすれば、何でも買ってくれるでゴザル」


「それ貢がれてないよねっ!? むしろ相手が可哀想だよ!! 考え得る限りで最悪の方法だっ!! マジでどんな関係なのっ!?」


「ふっ、童貞が何かさえずってるナぁ。これが勝ち組の気分、カ――――」


「負け組以外の何者でもないよ!」


「ま、全部ホントの事なんだけど」


「そこは嘘って言ってよ栄一郎ううううううう!!」


 頭を抱えて叫ぶ英雄、相手が誰か詳しく聞きたいがやぶ蛇なので聞けない、けど聞きたい。


「――まったく、英雄。君はいつも騒がしいな」


「あ、フィリア」「ご機嫌よう這寄女史」


 そんな彼に声をかけたのは噂の人、二人が名前で呼び合う事態にクラス中がざわめき始める。


「うーん、この図太いお二人、ワシはお邪魔かしらん?」


「いや、離席せずとも問題無い。用は直ぐ済む」


 そしてフィリアは、英雄の机にピンクの四角い包みを置いた。


「何コレ?」


「見て分からないか? ――お弁当箱だ」


「何のために?」


「昨日、世話になった礼だ」


「また律儀な……」


 そして彼女は、ザワつく周囲に向かって声を張り上げ。


「聞け、皆の者! 私は昨日、焼け出された後にこの脇部英雄に手助けして貰った! この手作り弁当はせめてもの礼だ! ――以上、好きにするが良い」


 用は済んだと回れ右。

 そして近づく、クラスの男子と一部の女子。


「ひーでーおーくーーん? 昨日の事、俺らなぁーにも聞いてないんだけどぉーーー!?」


「脇部君、一口分けて!」


「テメェ……、屋上。久々にキレちまったぜ……」


「この裏切り者がっ! 普段、言い争ってるのは抜け駆けするつもりだったからだなっ! これから貴様を異端審問にかける! 判決ギルティ!!」


 ジリジリと血走った目でにじり寄るクラスメイト達、男子連中の中にはモップを振り上げたり、縄を手に持つ者も。


(糞っ! あの女やりやがったっ!!)


 チラリと視線を向けてみれば、変わらぬ仏頂面だが肩が少し震えている。

 あれは絶対笑っているのだ、英雄が困っているのを見て笑っているのだ。


「まぁまぁ、みんな落ち着くでおじゃ」


「栄一郎、脇部を庇えば共犯と見なす」


「英雄殿の事、わたしずっと忘れないから……っ!!」


「裏切ったなお前っ!!」


 予想可能回避不可能な親友の裏切りに、英雄は揺るがない。

 即座に弁当を両手で持ち上げ、窓際へ。


「僕に近づくんじゃあないっ!! 一歩でも動くと弁当の命は無いぞっ!!」


「テメェ! 『姫』の手作り弁当をっ!! それでも人の血が流れてんのかっ! ――ああ、英雄だったか」


「そうだな」「そうだね」「脇部君だった」「ああ、最低のヒトデナシだもんなっ!」「人生エンジョイ勢(笑)」「特技は賭け脱衣」「熟女好きを親友にするホモ」


「人望の厚い親友を持って、栄一郎感激の至りっ!!」


「僕を何だと思ってるんだ! こうなったら考えがあるっ!」


 乾坤一擲、起死回生の一手、脇部英雄は窮地にて輝く男。

 彼はニヤリと不敵に笑い。



「這寄フィリアの手作り弁当――――君たちは幾ら出すかい?」



 途端、目の色を変えるクラスメイト。

 否、良く見れば他のクラスどころか違う学年の者も、皆一様に懐に手を入れて。


「食堂の回数券十枚!」

「購買のグランベリーカレーパン!」

「お、俺の秘蔵のAV」

「このカシオミニを賭けるぜ!」

「フィリアさんへ毎日書いてるラブレターだ!」

「竹輪大明神」「おい、今なんつった?」

「プレミアもののBL同人誌……いや、これは駄目よっ!」


「ほうほう、へーえ。フィリアの手作り弁当は、諸君らの大切なモノだけで得られると? かーっ、安く見られたもんだなぁっ!」


 ゲヘヘヘと嗤う英雄に、参加誰もが悔しそうに睨み。


「畜生! 足下見やがって! もってけ俺の土下座!」

「オレのパンチラも付けてやるっ!!」

「全裸になるチャンスっ!?」

「くっ、こうなったら諭吉様を――」「はい、反則負けで場外」「アイルビーバックっ!!」


 手もみ肩もみですり寄る彼らに、英雄はやれやれとため息を一つ。


「ああ、残念だなぁ……。僕の為にフィリアが作った手作り弁当を、モノで交換しようとする浅ましい人間がこの世に居るなんて」


「うわ、出た……」「梯子をかけて外す、外道だわ」「つまり、全身全霊で奪い取れという事だな」「乗った」「乗ったぜ」「オーケー」「把握」「バッドは有り?」「アリだろ」


 結託する男子達に、英雄は揺るがない。


「うーん嫉妬の視線が心地良い、これが勝ち組って奴か。まぁ待ちたまへよ諸君、僕にとっておきの提案が――」


「――奇遇だな、私にも提案があるんだ」


 途端、クラスは静まりかえった。

 英雄の前の人だかりが割れ、コツコツという足音と共にフィリアが前に出る。

 二人に、全員の視線が集まって。


「私は悲しいよ英雄。せっかく君の為に作った弁当をそんな風に扱われて……それは君だけが食べる権利があるというのに」


「いや、一度貰ったのは僕のモノでしょ」


「だが、気持ちを訴えたのは君が先だ」


「ふぅん……、じゃあどうするって?」


 ワクワクと目を輝かせる英雄に、フィリアは冷静に告げた。


「では最初に、その弁当を机に置け」


「はい、置いたよ」


「次に、目を閉じて万歳フィリア様と叫べ」


「万歳フィリア様っ! ――って何言わせ……うん? 何してるのさ」


「律儀に目を閉じてくれて、私は嬉しいぞ英雄」


 始めに右手に冷たい感触、カシャリという音と共に。

 続いて左手も同様に。

 そしてその手は下ろされて、カシャリカシャリ。


「さあ、目を開けるが良い」


「そりゃどうも………………、何、これ?」


 英雄は困惑した、何故ならば両手が椅子のパイプに手錠で繋がれていたからだ。

 周囲も首を傾げる中、フィリアは前の席から椅子を拝借して対面に座り。



「私からの感謝だ英雄。――――私自らの手で、君に弁当を食べさせてやろう」



「ド畜生ううううううううううっ!? 何考えてるのさっ!!」



 更に彼女は告げた。


「皆よ! これから英雄は世にも至高の食事をするだろう! 最後の晩餐というやつだ!」


「這寄女史! 質問がありんす!」


「いいだろう机栄一郎」


「英雄の手はそのままでやんすか?」


「勿論だ、私があーん、をしてやるのだからな」


「では、食べ終わった後は?」


 這寄フィリアは、仏頂面のまま答えた。


「机、君に鍵を渡そう…………意味は、分かるな?」


「お、おまっ、オマエーーーー!? 死守しろよっ! 親友がピンチだぞっ! 絶対だからなっ!」


「はい、確かに。鍵は拙者が管理しよう。――で、この鍵欲しいヒトーー! 『姫』にあーん、される勇者を称える(物理)したいヒトーーー!」


「オンドゥルウラギッタンディスカーーッ!!」


 ひゃっほう、と鍵を高々と掲げる栄一郎に、群がる男、男、男ども。


「栄一郎、分かってるな? 熟女AV三本で手を打て」「風俗の割引券もつける」「今度合コン誘うぜーー!」


「ギャーース、次回、脇部英雄死す! 大丈夫、美少女の『はいあーん』を耐えれば勝機はあるんだからっ!!」


「お、自慢かな?」「自慢だな」「ヒデオ、コロスベシ!」


 顔を真っ青にする彼に、彼女は口元をニィ歪めて。


「さ、ランチタイムを楽しもうじゃないか。喜べ、自分で言うのも何だが、美少女に食べさせて貰うなんてそう出来ない経験だぞ? しかも今日のは自信作だ」


「あ、マジで旨そう。唐揚げから頂戴?」


「はい、あーん」


「あーん…………もっきゅもっきゅ、ごくん。うーまーいーぞおおおおおおおおっ! もっとくれフィリア!」


「ふふっ、喜んでくれて嬉しい。もっと食べろ」


 この先を敢えて語るならば、英雄はご飯粒ひとつすら残らず食べ。

 尚かつ、その後を無傷で乗り越えて、食後すぐの運動で腹痛をおこし。

 結果、青い顔で放課後まで過ごす事になったのだった。 


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