第4話 類は友を呼ぶ、朱に交わって赤くなれ




 食って遊んで寝て、日常に潤いとエキサイティングを得たものの。

 恋人でも無い二人が同棲したところで、飛躍的に何かが起こる訳でもなく。

 正式な同棲開始から二日目、月曜日である。


(アイツも大変だなぁ、教科書の手配とか職員室に用事とやらで早くから登校なんて)


 寝ぼけ眼で英雄が朝食を取る中、フィリアは学校へ。

 一緒に登校、などと夢みてた彼としては少々残念。


(ま、これが僕史上、最後の一人登校ってか? かーっ、リア充は辛いねぇ)


 そう考えると、同じく道行く他の独り身男子達に、哀れみさえ浮かぶ。


(いやぁ、言ってみるもんだね。これが……、行動した者、持ってる者の差ってね)


 カップルで登校する奴ら、これから宜しく。

 可愛そうな男子生徒諸君、貴様等のアイドルはこの僕のものである。

 ――まだ恋人になった訳でもないのに、この男、調子に乗りすぎである。


「お、これはこれは英雄殿ではありませんか! デュフフフフフ!」


「やぁ、おはよう栄一郎えいいちろう。今日もキマってる笑い声だねぇ」


「なんのなんの、英雄殿の気持ち悪い笑顔よりマシですぞ?」


「え、マジ? そんなきしょい顔してた僕?」


「それはもう、普段、悪巧みする時よりキモいですな。――土日の間に、何かあったので?」


 後ろから声をかけてきたのは、英雄の中学入学前からの親友、机英一郎つくええいいちろう

 七三分けの眼鏡イケメン、そのすらっとした背丈と低い声に、女子人気は高い。

 ――――だが、彼は所謂おはD(熟女)な趣味だ。


 そしてその守備範囲は三次元を通り越し、二次元までも。

 英雄と親友というのも、女子的にはマイナスポイントらしく、評価は残念なイケメン。


「……はっ、もしやついに英雄殿も年上属性に目覚めたとか!? お姉さんキャラでありますか!? それともママキャラっ!? もしや――我輩の上を行く老婆キャラ!!」


「ごめんよ親友、二次元の三十路キャラの良さまでは理解出来ても。性癖にするにはちょっと…………」


「それは残念無念、では何が――いや、言わなくて良いでゴザルよ! 親友として当てて見せようではないかっ!!」


「ヒント、――童貞卒業のチャンス」


「ああっ! ヒントも何も答えじゃないですかヤダー。で、相手は誰なんです? 拙者の押しを汚す女は誰なのっ!? 朕は許せないっ! ドコの馬の骨よぉ!!」


「一人称は統一しよ? そしてメンドくさい女ムーブ止めてどうぞ?」


「陳謝、割腹し申す」


「はいカッター」


「そこはせめて脇差し――って、ナチュラルに刃物渡すのヤめろぅ、止めろよ英雄殿ぅ」


「ええい、朝っぱらからクネクネして腕を組むなっ! 何が悲しくて男と腕を組まなくちゃいけないんだ僕はっ!!」


 朝っぱら騒ぐ二人に、同級生の男子は「ああ、馬鹿筆頭か」とスルー。

 クラスメイトの女子、その一部で腐ってる者はスマホで撮影。


「いえーい、今日のノルマ達成?」


「おっけーよ机君! ナイスBL営業」


「…………元はといえば言い出したの僕達だけどさ、いつまで続くのコレ?」


 説明しよう。

 クラスの女子の一部は、英雄達男子の騒動を見逃す対価を貰っているのだ!

 なお、その内容も賭にまけた英雄の自業自得である!


「ふっ、我の美形が恨めしい……。ま、フツメンの英雄殿には分からぬ悩みですがね!」


「はっ、言ってろ! 僕は童貞卒業に王手がかかってるんだぜっ!」


「あ、拙者。昨日は出会い系アプリでアラフォー社長さんとワンナイトラブでした。それに、とっくの昔に卒業済みでゴザルよ」


「知らないよその情報!? 知りたくなかったけどさ! くっ、羨ましくなんてないんだからね! で、美人だった? 僕を紹介する余地あるの糞野郎!?」


「えー、俺を糞野郎って呼ぶ奴にはなー。それに王手なんだろ? 憎いねこのぉ!」


 そしていつもの様に、下駄箱へ。

 これまたいつもの様に、上履きに履き替える筈だったのだが……。


「――フィリア?」


 そこに居たのはフィリアだった。

 彼女は何故か慌てて、ピンクの便箋を右手で後ろに隠し。

 しかして、左手にはピンクの四角い包み。


「っ!? 英雄、……と机か。ゴホン、おはよう」


「やぁ這寄委員長、ご機嫌麗しゅう?」


「朝はおはよう、だ。机、それから英雄も。ちゃんと挨拶をしろ」


「はいはい、おはようフィリア」


「おはよう這寄委員長」


 挨拶が終わったところで、英雄は切り込んだ。


「で、そこ僕の下駄箱だよね? 何してるの?」


「うむ!」


「凄んでも誤魔化し切れてないよ?」


「我が輩には分かるでゴザル……、灰色の脳細胞に酢が入る! 即ち推理!」


「ネタ古っ!?」


「英雄殿がコミックス貸してくれたんじゃないですかー。じゃなくて」


「見られてしまったからには、しょうがない。…………と言うとでも思ったか!!」


「あ、言わないんだケチんぼ」


「ねぇねぇ、お二人さん距離近くない?」


「黙ってろ栄一郎、今からコイツ口説くんだから」


「黙れ机、そして英雄。君はここで口説くな、ここは学び舎で下駄箱だ。TPOというモノをを弁えろ。」


「ここで、という事は別の場所ならオッケーなんですね分かります。くぅ~~、英雄にも春が……、この栄一郎、感激と嫉妬の嵐で絶頂しそう!」


「いや、マジで黙って?」


「……死にたいようだな机」


「朕は沈黙する也」


 お口チャック、とジェスチャーする栄一郎を余所に。

 フィリアは英雄をギロッと睨んだ後、端正な口元を歪める。

 その時、栄一郎は見逃さなかった。

 ――どこか見覚えのあるその便箋を、彼女がポケットにしまう瞬間を。

 そうとは気が付かずに、フィリアは英雄に人差し指を向けて。


「人を指さすなって言われなかった?」


「シャラップ! 答えは昼だ! 馬鹿者達よ、欲しいのなら勝ち取るが良い! ――では教室で」


 そしてフィリアは歩き去った。

 頭にハテナを付けた二人は顔を見合わせて。


「ところで英雄殿、何やらお二人は名前で呼び合っている件について問いたいのだが?」


 英雄はフィリアの声真似をして答えた。


「シャラップ! 答えは昼だ! 馬鹿者達よ、欲しいのなら勝ち取るが良い! ――では教室で」


「キモい」


「え!? 結構似てなかった!?」


「アレは這寄殿の美貌と美声があってこその魅力、猿真似では精々……五点ですな」


「またまたぁ、五点満点中の五点だね?」


「何をおっしゃるウサギさん、千点満点中五点ですって」


 バチっと火花が一つ。

 英雄は鼻息荒くまくし立てる。


「ああん!? ヤんのかゴラァ!? 教室まで競争だ! 負けたらパン一つおごりなスタートおおおお!!」


「うわズルっ!? 光り鳴り唸れ我が美脚ゥ!」


 ダダダと駆け出す二人、同時に教室前に着いたがどちらが先に入るかで乱闘。

 結果、担任に見つかりお説教ドロー。

 なお、クラスメイトはトトカルチョをしており、密かに参加していたフィリアの一人勝ちだったと言う。


「い、今時両手にバケツで廊下に立ってろなんて……」


「ウチの担任、昔の学園ドラマ好きでゴザルからなぁ……」


 ホームルームが終わるまで仲良く罰を受ける二人。

 これもまた楽し、と気楽な英雄と違い。

 栄一郎には気がかりな事が一つ。


(我輩の記憶が正しければ、我が妹御殿の机にあったのと同じ……? いやよそう。拙者の勝手な予測で皆を混乱させたくない……)


 英雄は呑気に浮かれているが、彼が思うより這寄フィリアという人間は危険だ。


(俺が守護らねばならぬ)


 事と次第によっては、妹の恋路に口を出す覚悟だ。


(英雄殿には、是非とも我が妹とくっついて欲しかったのだが)


 栄一郎は、バケツを持つ手に力を込めた。


「あ、拙者。手が吊りそう」


「は? マジ!? おいコラここで落とすな僕に水がかかるだろう!?」


「水も滴るいい男――、あ、もう駄目ェ。ばたーん」


「妙な声を出すんじゃねぇっ! というか冷たっ! センセー! 栄一郎が女とヤり過ぎで倒れましたー!」


「間違ってない気もしないでもないけどっ! 言い方ぁっ!!」


「ゴラァ!! テメェらは静かに立ってる事すら出来ねぇのか!! アタシのゲンコツそんなに食らいたいようだなぁっ!!」


 額に青筋立てて二人に怒鳴るは、御歳三十五歳の独身女性担任教師にして、禁煙のプロである跡野茉莉あとのまつり

 何はともあれ、通常運転なのであった。


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