Ne.15『人類の敵が攻めてきたのであった!』
佐原「来たぞ、人類の敵だ……」
根岸「人類の敵……、って何だ?」
佐原「漫画とかで言うところの、いわゆる『世界そのもの』みたいな存在だ」
根岸「で、なんでそれが人類に攻撃してくるのさ」
佐原「え?」
根岸「え?」
佐原「そんなこと、俺が知るかあ!」
根岸「それもそうか」
佐原「とにかく、満員電車にガタンゴトンと揺られている俺たちなわけだが!」
根岸「うん、狭いし、身動き取れないな」
佐原「人類の敵が攻めてきたのであった!」
根岸「近い近い。近いし、声が大きい。――で、うん。そうか。人類の敵はどこに攻めてきたんだ?」
佐原「先頭車両」
根岸「まじか、ひょっとして電車ごと脱線させられたりとか――」
佐原「いや、大丈夫」
根岸「なんで」
佐原「敵も車内にいるから」
根岸「……身動き取れないの?」
佐原「中央線の通勤ラッシュをなめるなよ!」
根岸「テレワーク化全然すすんでないじゃないか」
佐原「日本人の保守的な生き様をなめるなよ!」
根岸「ハンコ文化やめよう」
佐原「ダメだ! 上の人が納得しない!」
根岸「そいつは残念だ。――んで」
佐原「んで?」
根岸「先頭車両に、人類の敵がいるのはなんでわかったのさ」
佐原「ツイッターで拡散されてる」
根岸「ああ、なるほど現代社会」
佐原「人類の敵『満員電車まじやばくて草 #じんるいのてき』」
根岸「え、あ。人類の敵のアカウントがあるのか」
佐原「現代の戦いは、情報戦だからな」
根岸「なんのためのハッシュタグなんだろう」
佐原「そんなこと、俺が知るか!」
根岸「本物なの?」
佐原「本物だぞ! 人類を抹殺するために世界意思みたいなのがついに動き出したんだ!」
根岸「どこ情報なんだよそれ。聞いたことないぞ」
佐原「未曾有の危機ってのはいつも唐突にやってくるんだよ」
根岸「そういうもんか」
佐原「そういうもんだ」
根岸「人類の敵ねぇ」
佐原「今日から活動開始らしい」
根岸「だからどこ情報なんだよ」
佐原「ウィキペディア」
根岸「ページがあるのか」
佐原「人類の敵公式ホームページにも書いてある」
根岸「なんという……。というか、自分から情報オープンにしていくのか。あえて間違った情報を流すとか、相手のそういう作戦ってことはないのか?」
佐原「ない」
根岸「ないのか」
佐原「一般人もたくさん写真あげてる。ほらこれ、電車待って列に並ぶ人類の敵。」
根岸「なにこの、モヤモヤっとした存在」
佐原「概念みたいな存在らしい」
根岸「へぇ……。律儀に並んでるんだな人類の敵」
佐原「無差別に人類を攻撃するわけでもないらしい」
根岸「へぇ」
佐原「人類の敵『今日は高円寺駅で活動します #じんるいのてき』」
根岸「『人類の』とかいうでかい主語から、スケールがいきなり特撮ヒーローみたいになったな」
佐原「だからまあ、今は安心だ。敵も満員電車で身動き取れない」
根岸「駅に着く度に人が圧縮される」
佐原「で、どうする?」
根岸「なにが」
佐原「人類の敵」
根岸「どうするって、なに」
佐原「戦う?」
根岸「なんで?」
佐原「いや、人類の敵だし?」
根岸「俺たち、サラリーマンだよ?」
佐原「でも人類でしょ?」
根岸「人類だけど」
佐原「敵は、『人類の』敵だよ?」
根岸「いやうん、まあ、そうなのかもしれんけど」
佐原「敵だぞ!」
根岸「近い近い。声が大きい。――いやうん、だってただのサラリーマンだよ?」
佐原「アメリカのヒーローは割とサラリーマンだよ」
根岸「仮面のライダーはほとんど無職じゃないか」
佐原「ふむ」
根岸「ただのサラリーマンができることなんてないよ。人類の敵がどこに出ようが何しようが、今日も出社して、タイムカードきって、テキトーに仕事して一日が終わる」
佐原「いいのかそんなんで!」
根岸「一般人はスーパーヒーローにはなれないんだよ」
佐原「それはさー」
根岸「なに」
佐原「なろうとしないからじゃない?」
根岸「……少年漫画みたいな思想だなぁ。もう大人なんだよ」
佐原「サラリーマンだって、戦える。誰かを助けることができるはずだ」
根岸「サラリーマンは有事だろうが仕事をすることで、自分や会社から繋がる誰かの日常を守ってる。それはつまり、世界の平和を守ってるんだよ」
佐原「物分りのいい大人になっちまいやがって……」
根岸「仕方ない。急に休んだら会社も困る」
佐原「有給使えば?」
根岸「人類の敵と戦うために有給を消化するヒーローがどこにいる」
佐原「年間で戦える回数が決まってるヒーロー! サラリーマン!」
根岸「サラリーマーン」
佐原「まーねー、実際、そんな感じなんだと思うよ」
根岸「なにが」
佐原「主語がでかすぎるんだよ。人類の敵。『人類』って言われてもさー」
根岸「まあねえ」
佐原「サラリーマンの敵は?」
根岸「満員電車」
佐原「なんだ、どっちみちどうしようもないのか」
閉幕
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