Ne.13『人生観変わるどころか、人生終わってるじゃないか!』
佐原「自分探しに、インドに行ってきたんだ」
根岸「……お前、自分探しって」
佐原「人生観が変わった」
根岸「……そういうのさ」
佐原「うん」
根岸「せいぜい20代じゃない?」
佐原「え、ダメ?」
根岸「ダメじゃないけどさ……」
佐原「ダメじゃないならいいじゃない」
根岸「90代だぞ俺ら!」
佐原「90代だけどもな! 1920年代生まれだけどもな!」
根岸「90代で自分探しって……」
佐原「いくつになっても自分を見失う。三つ子の魂百までというやつだな」
根岸「不惑を迎えたのが年齢半分以下のときだぞ?」
佐原「まだワクワクする」
根岸「心が若いのはいいことだけどさ。――で、まあ、自分探してきたのかインドで」
佐原「そう、気がついたらインドにいた。帰ったら家族に泣かれた。行方不明扱いだったらしい」
根岸「むしろ自分探されてんじゃねぇか。何も伝えずに出たのか」
佐原「いやあいつらひどいの」
根岸「なにが」
佐原「俺の葬式してんだぜ? ちょっといなかっただけでさー」
根岸「ちょっとまって、どのくらいの期間インドにいたの?」
佐原「3年」
根岸「長い」
佐原「徘徊の延長で」
根岸「徘徊の延長で3年も海外に行かないでほしい」
佐原「だがインドはいい。インドはいいぞ」
根岸「そうか……」
佐原「人生観が変わった」
根岸「今更感はないのか」
佐原「人生ってのはな、ガンジスの流れみたいなものなんだよ」
根岸「……そうか」
佐原「あぁ~川の流れのよ~に~」
根岸「その人生観、日本に居ても耳に入ってきただろ」
佐原「いやいや、インドはすごい。生水で生死の境をさまよえる。まじヤバ」
根岸「よく生きてたな。この歳になったらちょっとのことで致命傷になり得るのに」
佐原「いやダメだった」
根岸「……ダメだったの?」
佐原「うん、死んだ」
根岸「……」
佐原「ほれ、足ないじゃん?」
根岸「……」
佐原「三角頭巾」
根岸「死んでる! 幽霊じゃん!」
佐原「いえーい」
根岸「……」
佐原「遺影!」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「人生観変わるどころか、人生終わってるじゃないか!」
佐原「いやー、人生観変わるよ実際。死ぬと」
根岸「そりゃな?」
佐原「地に足付いた生き方してたんだなぁ、って」
根岸「物理的に」
佐原「ふわふわした生き方してみると、わかるものがある」
根岸「生きてない生きてない」
佐原「根岸もどうだ? 人生観変わるぞインド」
根岸「行かない……」
佐原「えー、いいぞー、インド」
根岸「それインド関係ないよね。死んだから人生観変わったんだよね?」
佐原「死んだけど、今一番生きてるような気がする」
根岸「生きてない生きてない」
佐原「ああ、俺の魂はインドに行きっぱなしだ。死んでるようなもんさ」
根岸「いや死んでるし、魂はここに居るんだよむしろ」
佐原「そうともいう。まあ、まだ日本に縛られてるんだな」
根岸「地縛霊的な意味でか」
根岸「っていうか、自分探しに行って、肉体失ってきたのかよ……」
佐原「……」
根岸「どした」
佐原「……ほんとじゃん。失ってるじゃん、自分」
根岸「今気づいたのかよ」
佐原「自分探さなきゃ……」
根岸「いやいやいや」
佐原「痴呆老人扱いされちゃうだろこのままじゃ。自分の身体わすれてきちゃった!」
根岸「痴呆老人扱いはもうされないよ、死んでるなら。ホトケさんだよ」
佐原「インドに行って、ホトケになったわけか」
根岸「……まあ、うん」
佐原「自分探しの旅は、俺をホトケにしたのだ」
根岸「そこだけ聞くと悟り開いたみたいになってる」
佐原「根岸よ、落ち着くのです」
根岸「急に口調まで」
佐原「人生は短い。慌てることなどありません」
根岸「ええまあ、はい」
佐原「ゆっくりでいいのです。ゆっくりと、自分を探すのです」
根岸「いや自分は特に探そうとは思ってないです」
佐原「違います」
根岸「はい?」
佐原「私の身体を探すのです」
根岸「ああ自分てそっちの自分」
佐原「探すのです。ガンジスのほとりに落ちている私の身体を」
根岸「もう自分探しですらない。死体探しだ」
佐原「そこで根岸は、本当の自分に出会うでしょう」
根岸「この歳で本当の自分に出会っても……」
佐原「本当の根岸は、チート能力を授かりし勇者なのです」
根岸「いきなり発言に重みがなくなった」
佐原「チート能力で無双してモテモテになるのが、本当のあなたなのです」
根岸「えぇ……」
佐原「そのためにまず、死ぬのです。すると本当の自分になれるでしょう」
根岸「いやいやいや。転生させようとするな」
佐原「さあ、死にに行くのです!」
根岸「完全に悪霊の類じゃないかお前。行かないっつの」
佐原「ダメか!」
根岸「あ、もどった」
佐原「根岸も地に足がつかなくなればいいと思ってな」
根岸「この歳まで生きて尚、転生してまで人生やり直したい欲求はないよ」
佐原「うわー、なにそれ、悟っちゃってまあ。さとり世代?」
根岸「それはずいぶん若い世代だ。なにお前は転生無双したいの?」
佐原「したい! チート能力で異世界でモテモテになるんだ!」
根岸「で、インド行ったの?」
佐原「そう、本当の俺はもっと強くてカッコよくてモテモテなの」
根岸「それ自分探しって言わなくない?」
佐原「本当の俺を探しに行った」
根岸「徘徊の延長で」
佐原「徘徊の延長で」
根岸「もう既にかっこよくないじゃん」
佐原「転生してかっこよくなるのはこれからだから」
根岸「……できてねぇ」
佐原「え、なにが?」
根岸「霊体として残っちゃってるじゃん。転生してたらお前、その状態でいないだろ」
佐原「……あ、まじだ。なんで?」
根岸「なんで、って。未練とかあるんじゃないの?」
佐原「えぇ……、うそぉ、ないよぉ?」
根岸「そんなこと言ったって、なにかあるから残ってるんだろ?」
佐原「うそぉ……、なんだろう……」
根岸「なんだろね」
佐原「今度は未練探しの旅か。異世界転生も楽じゃないや」
根岸「……」
佐原「根岸も一緒に逝こう!」
根岸「逝かないっつの」
閉幕
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