8‐2 作戦コード000

「フロントガラスに、ルートを表示します。パイロットは、矢印に従って移動するように」

画面下に、赤い矢印が現れる。それに従って、緊張した面持ちで進み続ける。するとやがて、青々と茂る木々が見られるようになってきた。傾斜もきつくなっている。小高い山に分け入っているのではないかと、一人勝手に予想した。

「周辺に、汚染獣を確認。襲撃に備えてください」

「まだ中心部まで、半分も行っていないのに」

 カオリの悔しそうな声が聞こえてきた。チハルは乾いた唇をなめ、戦闘に向けて緊張をほぐす。

しかしレンが、前方に回り込んできた。

「ここは任せてくれ」

「ちゃんと戦えるから、大丈夫だよ。また後ろに隠れてるなんて、申し訳ないじゃないか」

「気にすんなって。俺なんか、汚染獣と戦うことぐらいしかできないからさ。援軍ってことで、もしもの時に助けてくれればそれでいい。無茶しても、ロクなことないぞ」

一号機の右腕が上がり、三号機の頭をこずいた。ゴーンと鈍い金属音が響く。その衝撃は、シンクロを介して伝わり―チハルの頭から星が散った。い、痛い……

「ヴァロでヴァロを叩くなっ」

反撃のつもりで、たたき返してやった。危機が刻一刻と迫る中で、遊びを忘れないのが子供たちなのだ。

「警告、右手に汚染獣が一体」

一瞬にして空気が冷やされ、張り詰めたものに変わる。二号機が一歩踏みだし、一号機と並んだ。

「やっとお出ましってわけね。ソッコーで倒してやるから、チハルは隠れてて」

「う、うん」

答えよりも早く、ひょろりと高い木の間から、タヌキのような汚染獣が飛び出してきた。二号機が、流れに乗って殴り飛ばす。

「もう二体、いや三体迫ってきています。今のより、大きい個体です」

カオリがつぶやく。

「らちがあかないわね。チハル君」

「はい」

「三号機だけで、ポイントXの中心部へ向かって。群がってくる汚染獣の処理は、一、二号機だけでやってもらうわ」

「カオリ、待ってよ」

レンが申し立てた。

「俺もついていっていいか?前方の敵を倒して、道を開けてやらなきゃ」

「それもそうね。三号機を挟むように、守りを固めて。一号機は前、二号機が後ろよ」

「了解。行くぞ」

「うん」

再び、走り出して行く。アズサは「もうちょい後ろの方から、ついてくよ」と、見えなくなるまで走り出さなかった。

しばらく道なりに進むと、何体もの汚染獣に出くわした。しかし姿が見えると同時に、レンが平然と倒してくれるので、怖くはなかった。むしろ世間話なんかをしていて、張り詰めた雰囲気など、まるでなかった。

だが穏やかな空気は、束の間の幻。唐突にディスプレーから、

「きゃあッ」

とアズサの悲鳴が聞こえた。

「アズサ⁈どうしたっ」

画面を見ると、腹を押さえて呻く姿が。

「シカ型汚染獣の角で、刺された」

しかし闘志を宿した瞳が、変わることはなかった。逆に、身に染みる重い一発を受けて、力がみなぎっているかのように見えた。

「痛いけど、ムチャクチャ痛いけど……こんなとこで、やられてたまるか‼」

叫んで気持ちを奮い立たせると、腕を大きく振りかぶるアズサ。

なのに。

一瞬早く、シカの攻撃がぶち当たった。

「えっ」

汚染獣なんかに負けるの、私。

チハルの心に、無垢な声が響いた。言おうにも言えなかった、アズサの思いだった。

ガコンッ―

液晶画面が真っ黒になって、NO・IMAGE(表示できません)と赤く浮き出る。その謎の音を最後に音声は消え、くどいほどの静けさが覆いかぶさってきた。

「アズサ!」

焦り怒り、恐怖にとらわれる。どうなったんだ、何があったんだ。ねぇ誰か、教えてくれよ。

チハルは助けを求めるように、レンの黒い背中を見つめ続けた。

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