2‐2 黒い戦士
しかし抵抗するつもりはなかった。むしろ安堵してさえいた。
もういいんですよ、カオリさん。意外と早い展開だったけれど、僕は死ぬためにヴァロに乗ったんですから。
そっと目を閉じる。すると、
「こっちも見とけよバカ猫!」
と怒号が聞こえてきた。司令塔とは違うスピーカーからだ。はっと外を見る。
ヴァロだ、ヴァロが走ってくる。三号機は青と白だったが、むこうは黒一色にカラーリングされている。それになぜか左腕が、すっぱりと切れてしまっていた。しかし飛びつきざま膝蹴りを食らわすと、右手だけでも汚染獣を押さえつける。
「アンチ魔力スピアー、装備」
腰のあたりから、細長い棒を出す。それを振り上げ、胸の中心に突きつけた。
あっという間だった。
ギョワーッと断末魔の悲鳴が響く。スピアーから無数の光が飛び出して、辺りをつつみこんだ。汚染獣って、こんな風に消えていくんだ。チハルは倒れ込んだまま、ただ呆然と見つめていた。
どれぐらいの時間がたっただろう。いや、大した時間じゃなかったかもしれない。黒いヴァロは何事もなかったかのように、ふらりと三号機に近寄ってきた。
「大丈夫か、新入り。すっかり腰抜かしちまってるぞ」
液晶画面に、少年が映し出される。ガスマスクをつけているせいで顔の下半分が隠れているが、チハルを馬鹿にしているように見えた。しかしなぜだか、憎めない笑い方だった。
「汚染獣の最終処理は大人たちに任せて、俺たちはもう戻ろうぜ。早く飯が食いたい」
「飯……?」
たった今、手に汗握る攻防を終えたばかりなのに、ご飯のことなんか考えていたのか。思わず目を丸くする。だが、おかげで緊張もほぐれた。死ぬかと本気で思った後だったら、なおさらだ。
もしかして、安心させてくれたのか。彼なりのやさしさで、あんなことを言ったのか。
答えを求めようにも、すでに黒い戦士は遥か先だ。致し方なく、後を追うように帰っていった。
「第一、第二ゲート開閉。ただちに除染作業を開始」
まばゆすぎる光が、あたり一面に広がる。どの家にもある除染方法だが、ヴァロの中だと新鮮に感じた。
「瘴気濃度、コンマ005。除染終了」
管理棟につながる全室が解錠される。すぐにミオコが来て、ハッチを開けた。
「チハル、お疲れさま。気分が悪くなったりしてない?」
「いえ、大丈夫です」
「よかった。それじゃあシンクロを解いてちょうだい。今度は薄暮(サラカント)と唱えて」
「薄暮(サラカント)」
ふっと体が軽くなる。その代わりに、ものすごい疲れを感じ始めた。でも休む前に、あの少年に会っておかなくちゃいけない。チハルは一目散に建物へ戻った。
どこにいるだろうか。もう戻ってしまっただろうか。
管理棟を飛び出すと、少年はまだ渡り廊下にいた。走って駆け寄る。
「あの、さっきは助けてくれてありがとう。お礼言ってなかったから」
「別に、なんてことないよ」
立ち止まって正面に向き直る。改めて、顔をちゃんと見た。鼻筋がスッとしていて、かなりの美形なんじゃないかと思う。昼間の高い日に、耳のピアスが反射してチカリと光る。
「言ってなかったけど、俺は一号機パイロットでレンって言うんだ。そっちは」
「チハルだよ。よろしくね」
「あらあら、友情が芽生える感動の瞬間に、立ち会っちゃったかしら~」
歯をむき出しにして笑いながら、ミオコが肩を組んでくる。
「うわっミオコ、いきなりなんだよ」
レンは反抗するように手を払ったが、チハルはされるがままだった。
「レンってば格好つけちゃって。さっきも修繕中のヴァロ一号機に乗るんだからまったく、大人の事情ってもんも考えなさいよぉ」
怒る様子はもちろんなく、むしろ楽しんでいるようにさえ見えてくる。
「あれ、修復中だったんだ」
「無理に動かしたんだ。瘴気ダダ洩れだっつうのに、乗る許可したのこいつだぜ。ったく、人使い荒いよな」
乗せろって言ったのはそっちが先よ。勝手に人のせいにしないでほしいわ」
そっぽを向くレン。ミオコは横目で見ながら、肩をすくめた。
ミオコは「そんじゃ」と、手を叩いた。
「いくつか補足をしたいから、今から講義をするわ。たいして長くはならないけどね。
レン、お友達を借りるわよ」
「だからまだ自己紹介しただけだし」
照れを隠すかのように、立ち去る二人に声をぶつけるレン。
「ほんと、素直じゃない子ね」
クスッと、笑みをこぼすミオコだった。
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