第七話 吸血鬼と職業

 さて、今回は吸血鬼の労働と職業についてお話ししよう。


 ご承知おきの通り、「吸血鬼」というのは厳密にいえば職業ではない。吸血鬼だからといって、国からお給料が出るわけではないのだ。

 最悪血液と寝床があれば生きていけるから、リーズナブルといえばリーズナブルな生き物ではあるけれど。とりあえず、日差し避けのための屋根のある住処はほしい。天下の吸血鬼とて、働かなくてはおちおち死んでもいられない。

 吸血鬼が働ける職場というのはごくごく限られている。


 前提として、

・主に室内で働ける仕事、または夜間の仕事

・土曜日は完全に休みになる仕事

 というのが望ましい。

 一概にそうとは言えないのだが、日光障害と土曜日症候群は吸血鬼の主な弱点である。


 加えて、吸血鬼にはいくつかの弱点というものがある。

 流れる水を超えられないだとか、落雷だとか(落雷はたいていの人間の身体にもよくはない)。

 初めて吸血鬼になったものは、およそ144項目にも及ぶアレルギーテストを受ける……というのを覚えていらっしゃるだろうか(吸血鬼と役所手続き・後編を参照のこと)。

 アレルギーテストの項目は非常に多岐にわたる。日光、銀、十字架、薔薇のトゲ、山査子、土曜日、etc、etc......。

 リストに刻まれた危険物質は、そりゃもう先人の苦労の結晶である。何人もの屍が積みあがってできた死因リストに他ならない。

 ありがたみを噛みしめながら、パッチテストやら接触テストやらを受けるはめになるのだが、リストの中に「熱した油」がなくてよかった。

 ある種の殺虫剤が吸血鬼に健康被害を引き起こすとして、リコールされた事例がある。幸いなことに、くしゃみが止まらなくなる程度だった。

  我々は、いつも新しい化学物質が吸血鬼の肌に合いますようにと祈っている。


 吸血鬼はカメラに映らない。電話が通じないという特質上、テレビタレントやニュースキャスターのような仕事、ひっきりなしに無線で連絡を取り合わねばならない仕事というのにも向いていない。このため、身体能力に長けたとしても、軍にもあまり活躍できる舞台はない。

 ただし、カメラを向ける側であれば、最上級の黒子にもなりようものだ。

 ただ、センサーに感知されないと、たいていの場合は扉は『開かない』のだ。開かないと入れないし、エレベーターに閉じ込められて干からびる吸血鬼の事故は少なくはない。


 もちろん、吸血鬼であることを生かす仕事も無数にある。


 吸血鬼の強みは、なんといっても力が強く、あまり疲れないことだ。それに加えて、一般的には几帳面でまじめであると思われている。

 さらに、マイノリティであるのも多少は有利に働くことがある。我々は血などのタブーを不愉快に思わないことが多いし、夜に働けば夜勤給も弾まれる。人間にとっては困難な課題が、吸血鬼であればあっさり解決することもある。

 吸血鬼であることを、それほど悲観する必要はない。やりようはいくらでもあるのである。


 かつての吸血鬼の定番の職業と言えば、肉屋、歯医者、医者、床屋、葬儀屋などが挙げられるが、今でもまあまあ通用するところではあるんじゃないだろうか。私は歯医者が大嫌いだが、吸血鬼の歯医者も悪くはない。

 長生きしていることを生かして、ソムリエやツアーガイドになるのもよいだろう。長生きしていればしているほど箔がつくというのは、生きていても死んでいても共通の様だ。このために、さも見てきたかのような風に年齢のサバをよむ吸血鬼という者もいる。

 芸術家、作家なども、儲かる保証がないのを除けばいい選択だ。灯台の監視員や夜間の警備員など、夜に生きる仕事もよい。几帳面な性質を生かして、工場の品質管理や内職の腕を磨くのもいいだろう。

 クラシックに庭師にはなれないこともないが、日のもとに出なくてはならないし、茨を取り扱うのは高圧電流の通った電線を扱うくらいの細心の注意がいる。しかし、バラに囲まれて暮らす吸血鬼とはなんとも優美でうらやましいことだ。


 ところで、たとえば殺し屋や通り魔、殺人者、運び屋などといったアウトローな仕事は、人間同様、吸血鬼には向いていない。吸血鬼の身体的アドバンテージは、もはや武器によっていくらでも対抗されうるものだし、それ以上に吸血鬼には弱点が多い。むざむざヴァンパイア・ハンターを敵に回すことはないだろう。


 意外に思われるかもしれないが、知性あるヴァンパイアとヴァンパイア・ハンターは対立関係にはない。職業選択の自由が認められてから何年だろう。今では吸血鬼がヴァンパイア・ハンターになるという選択肢もあるのだ。

 ヴァンパイアが諸権利を認められて以降、ヴァンパイア・ハンターは狩猟者から林業者のような趣を呈してきた。大人しいヴァンパイアはもはや討伐対象ではなく、啓蒙対象として彼らの生活の糧となっている。


「ヴァンパイア・ハンター協会は、いつでも知性あるヴァンパイアを求めている」とは、私の相談役、ヴァンパイア・ハンターのジェネシス氏のお言葉である。

 自慢げに腹の傷を見せびらかし、今までの戦果を話すジェネシス氏の様子に、私は心底知性あるヴァンパイアでよかったと思った。


 仕事というのは、社会との接点をもつためのものでもある。なによりも、とりあえず社会に身を置いているという実感がありがたい。

 吸血鬼にもできる仕事というのは無数にあるものだ。


 吸血鬼のデメリットも、夢をあきらめるに及ばない。

 少数ながら、舞台俳優として活躍している仲間もいる。ラスベガスの吸血鬼ダンサー、アーサー・マルティネスによれば、「わざわざ足を運ばなければ見られない存在」というのは、ファンにとって特別な価値があるということだ。

 青少年の目にさらすのははばかられる種類のダンサーなので、あまりググらないでもらいたいのだが、と書いたところで、彼にとってはその必要がないのを思い出した。

 フィルタリングとはまことよくできた吸血鬼である。


 フィルタリングか。なかなか良い案だ。次号では、「退廃的な吸血鬼、性魔術、放蕩」についてお話ししようかと考えています。

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