第六話 吸血鬼と土曜日
日月火水木金土。
皆さんには、好きな曜日はあるだろうか。吸血鬼に好きな曜日があるかはわからないが、間違いなく嫌いな曜日はある。
『土曜日』だ。
かつて、土曜日は絶好の吸血鬼退治日和であった。土曜日生まれのものは吸血鬼を殺す力を持つといわれたくらいである。全米ヴァンパイア・ハンター協会は、吸血鬼を襲撃するなら土曜日を推奨している。
なお、現代であれば、16歳になったアメリカの若者は誰もが吸血鬼を殺す力に目覚める。アクセル全開で吸血鬼に突っ込めばいい(鏡に映らないのは吸血鬼の責任になる)。
とにかく、吸血鬼は土曜日が嫌いだ。おおかたの吸血鬼は土曜日には本来の力を発揮できず、なにもすることができないのだ。ちょっと下世話な話をすると、女性の月の日の前のようなだるさに似ているそうだ。
深夜の0時を回ってから、吸血鬼の土曜日は憂鬱極まりない。何にもまして無力で、ごろごろとしながら布団の中にくるまっているほかない。
土曜日はなにもかもやる気が起きない。サボってるわけじゃない。本当だ。
もちろん、この原稿にしたって土曜日じゃない日に書かれているのは言うまでもない。ミミズののたくったようなメモを頼りにして、土曜日の自分が何を考えているのか思い直していた。
メモはほとんど白紙だったが、かろうじて読み取れるところからいくつか抜粋しつつご紹介しよう。
同胞の弱点をさらすようで少しばつが悪くはなるが、これも生活のため、ひいては世の中の吸血鬼理解のためである。
(PM 11:00)
ひげをそる気力すらない
起きだした私の感想がこれだ。
土曜日のせいで人としての品性を失いつつあるが、人間だったころのような弱さを思い出すのは不思議なものだ。
立ち上がるのもおっくうだった。這うようにして床を移動する。誰も見ていないのをいいことに、ごろんと体を返したり呻いたりした。
蚊が飛んでいたのを見て、なんだか自分の境遇と重ね合わせてしまったような気がする。つんとして涙が出た。
(AM 3:00)
25,120
何の数字だったろうかと考えてふと思い出した。
机の上に立っていた砂糖の瓶をひっかけてころがしてしまって、せっかくだからと粒を数えたのだ。25,120粒数えたところでむなしくなってやめた。思い出して掃除機を取ってきた。今、片付けながら無性に理不尽な気持ちになっている。
(AM 5:00)
嫌な予感。ヴィッケルに電話。
吸血鬼として感覚が通常の人間よりも優れている私は、地球上のなによりも死に近い生き物であるといっても過言ではない。不吉な予感を鋭敏にかぎ取り、10年位会っていないひひひひ孫の存在を思い出したらしい。午前5時に。
まったくもって、吸血鬼の勘は恐るべきものである。
(AM 6:00)
なんどかけてもヴィッケルが電話に出ない。なにかあったに違いない。強盗に銃で脇腹を撃たれていたらどうしよう。私の生前の行いが悪かったからだろうか?
輸血を申し出るべきだろうか。いや、提供する血液はないのだ。傷の治りが遅いとしたら、白血病なのを隠しているのかもしれない。となれば骨髄移植が必要だ。
私が生きていたら良かったのに!
神よ、お許しください。
土曜日の吸血鬼はネガティブになる。
いろいろ言い訳したいことはあるが、少なくとも吸血鬼でなければひひひひ孫かひひひ孫には会えないことを神に感謝する。
(AM 9:00)
警察に通報ようとしていたところ、電話越しにヴィッケル君の奥さんに怒鳴られた。
電話越しでは謝ることもできない。無敵のように思われる吸血鬼も、アリのように無力である。もういっそ死んでしまいたーい。
あからさまな突っ込みはともかくとして。さりげなく無敵のように思っていたらしいというのが露呈して、ちょっと恥ずかしくなる。
私は割と自分のことが好きだ。
(PM 12:30)
粉飾決算。
念のために言っておくが、決して、私が昼の12時に粉飾決済をしていたわけではない。することがなくてつまんだ『ワシントン・ポスト』紙の一面が粉飾決済の記事についてだったらしい。気分が悪い時は、どうもネガティブな記事ばかり目に入る。それにしたってざっくりし過ぎてはないのか。
(PM 3:00)
ドアがうるさい
押し売りや訪問販売はお断りだ。ヴァンパイア・ハンターだったらどうしよう。自衛のために、何か武器を探すべきだろうか。拳銃を探して立ち上がると、そういえば、さきほど引っこ抜いてきたばかりの電話線(編集者から一方的に通告を受けるためのケーブル)がある。
電話線はどうしたんだっけ? ヴィッケル君の奥さんに怒鳴られるのがいやで引っこ抜いてしまったのだ。
(PM 3:05)
日が沈んだ頃になると、体調がだんだんと戻ってくる。夜になるにつれて、明日が日曜日であるのがうれしくてたまらなくなってくる。それと同時に締め切りが迫ってきていて、胃がきゅんと締め付けられるような気持ちもした。
ここまで書いて、ちょっとばかり締め切りを伸ばしてもらったことをうすらぼんやり思い出しかけてきた。あまり思い出したくなかった事実である。
――余計なことを思い出した。今も引っこ抜かれたままになっている。それで編集者が心配してか、怒ってか、原稿を取りに来たらしい。扉をたたくリズムの様子ではおそらく後者である。くそっ!
ドアが叩かれている。私は心底おびえながら、ヴァンパイア・ハンターである可能性に賭けた。
それが今日だった気がするのであるが、どうか曜日を間違えただけであってほしい。
土曜日が過ぎても何もしたくないとは。
(間に合えば)次号では「吸血鬼の職業」について取り扱おうと思う。今号でお分かりいただけたと思うが、吸血鬼の職場は、土曜日はお休みできなくてはならないのだ。
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