第二話 吸血鬼と役所手続き・後編

【前回までのあらすじ】

 吸血鬼は、死んでから40日以内に吸血鬼登録をしなければ、ただの歩く屍と化す。


 私の葬式は混沌を極めた。

 葬式は深夜に行われた。息子のリチャードはよくわからなくて笑っていたし、妻は妙に晴れやかな顔で泣いていた。年老いた父は叔父と言い争っていて、こんな場でどうなのかと叔母にたしなめられていた。

「いい奴だったのに」と泣く父に対して、私はなんと言葉をかけたものかわからなかった。

 私はと言えば、運ばれていく空っぽの棺を見ながら、なんだか妙におかしくて仕方がなかったのを覚えている。「あれ、私のなんですよ」というと、招待客は苦笑いのような妙な表情を浮かべていた。


 前号で、我々が社会的な吸血鬼になるまで、およそ40日といった。

 お待ちいただいていた新米吸血鬼のみなさまはご無事であろうか。なんとか生き延びてくれていることを祈る。もはや、何に祈ればいいのかよくわからないが。


 家族の問題、相続関係。日当たりのよいマイホーム。葬式には金がかかる。


 莫大な葬式費用については、吸血鬼であれば節約できる範囲のものがある。墓石などはあってもいいが、まだ不要である。もうちょっと大胆に、セレモニーすら削ったっていいだろう。

 もしもあなたが合衆国の軍籍にあったなら、いくらかの援助が受けられるはずである。州や教会からの少額の援助もある。

 全米の吸血鬼互助会にそのような制度はないが、希望するなら棺桶を貸し出してもらえる。他人の使ったあとの棺桶でも気にならないのであれば。


 葬式をするかしないかは自由だが、吸血鬼になったときに葬式をしないと、もう葬式なんてする機会がないものだ。自分で自分の葬式をするのもへんな話だが。

 あなたの友人は、あなたより先に寿命で死ぬだろう。二度目の葬式の時に、頼れる親戚がいるかどうか。それは、生前のあなたの甲斐性にかかっている。一番順調に思えたまじめな長男が道を踏み外すのはよくあることで……。


 とまあ、そういうわけで、人生の一区切りをつけるのも悪くはない。自分の葬式に出席する機会なんて、吸血鬼かゴーストでなければ得られないのだから。いろいろと醜態はさらしたが、酔っぱらって仲間たちと語り合ったあの空間はなんとも格別なものだった。


 失うべきものが多くとも、いつまでも死に浸っている場合でない。気の利いた墓碑銘を考えるのもいいが、やはり、我々にはやるべきことがあるのだ。


 本題に入ろう。

 吸血鬼になったら、我々はまず信頼できる医師から『死亡診断書』を受け取ることになる。

 もらった死亡診断書を(場合によっては自分で)役所に持っていき、『死亡届』を出す。死亡届は、自分が吸血鬼になったと知ってから7日以内に提出する。合わせて、『死亡証明書』、と、『埋葬と遺体の運搬許可書、あるいは火葬許可書の不要の証明書』を提出する(これがないと、遺体の遺棄を疑われて手続きが滞る場合がある)。

 我々は、さらに、『特殊出生証明書』と『ヴァンパイア登録申請書類』を用意しなくてはならない。

 注意しておいてほしいのだが、小さな区役所くらいであると、アンデット課がない場合がある。その場合書類についてはこちらが把握し、こちらから要求するのが望ましい。

『ヴァンパイア登録申請書類』は、死亡診断書を出してから1年とやや猶予があるため、時間ができてからでもよい。もちろん、早いことに越したことはない。

 特に大事なのが、『特殊出生証明書』である。これが、我々の人権と同義である。我々が二度目の生を享受するためには、なんとしてもお役所に『特殊出生証明書』を受理してもらわなければならない。

 まるでハリケーンのように次々と襲い来る書類。これがまた、発狂しそうになるほどややこしい手続きだ。


「すみません、私は死亡宣告をうけたようなのですが」

「お悔やみ申し上げます。どなたが死亡なされましたか?」

「私です」

「(怪訝そうな顔で)ゴ-ストは神秘部の方へどうぞ」

「いえ、……(声を潜めて)実は、私は吸血鬼でして……」

「吸血鬼退治は、公共対策課のヴァンピール部門へどうぞ」


 こういうわけだから、吸血鬼の中には役場嫌いも多いのもむべなるかなといったところだろう。


 自分自身が死ぬのは、誰もが初めてである。落ち着いて、一つ一つの作業をこなそう。

『特殊出生証明書』を提出したら、吸血鬼に頻繁に起こりうるアレルギー・テストの144項目のテストをこなし、役所のヴァンパイア・ハンターとの3回の面談を経て(※現代のヴァンパイア・ハンターは今や吸血鬼の社会復帰を手続きする役目を負っている)、人が殺したいだとか妄言を吐かなければ、いよいよ『ヴァンパイア証明書』を手にする。妄言を吐いた場合は分からないが、とりあえずその場で処分されることはなく、精神科に回されるんだろう。

 写実的に描かれたやや意地悪な似顔絵に異議を申し立てないのであれば、それで手続きは完了だ。


 吸血鬼の手続きとは、なんともめんどくさいものである。

 好きでも嫌いでも、役所には足しげく通わなくてはならない。ただし、郵送で済むものもある。いくつかの州では、『ヴァンパイア登録申請書類』はインターネットで済ませることができる。

 嬉しいことに、インターネットというものが登場して以来、ちょっとしたことはインターネットで済むようになった。

 悲しいことには、古い吸血鬼のほとんどはコンピューターというものを核爆弾かなにかと同じようにとらえていることだ。おわかりいただけるだろうか。個人には手が届かないほど高価な8ビットマイクロプロセッサーが発売されたのは、1970年代中ごろだ。


 おひさまに背かずおとなしくしているのであれば、役所から派遣されてくるヴァンパイア・ハンターもひとまず問題にならない。


 前号と今回で、吸血鬼の出生手続きについて取り扱った。

 吸血鬼にとって、いかに手続きが最後の生命線(※1)なのか、お分かりいただけたと思う。とにかく、『特殊出生証明書届』だけはきちんと出しておこう。のら吸血鬼というのは、少なくともこの文明社会の上では、野犬と同じくらいの存在感しかない。

 そして、一般には野犬のほうが可愛らしいし、愛されている。

 動物愛護団体はあっても、吸血鬼愛護団体はないのだ。


 吸血鬼の手続きについては、以上のようなものだ。しっかりと手続きをして、胸を張って吸血鬼になろう。

 次号は、吸血鬼の深刻な”可愛らしさ”について――。

 すなわち、吸血鬼の肥満問題について取り扱う予定だ。


(※1)

吸血鬼について筆を走らせていると、ことばというものがいかに生者のものであるか実感するものだ。

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