第九章   蒼き時の彼方に   六

 一死二塁で、じわりじわりと追い詰めた場面で、磯部の出番が回ってきた。


『神主打法』と呼ばれる独特のバッティング・スタイルで、敵を迎え撃つ。


 基本の構え方とされるスクエア・スタンスでバットを体の横でゆったりと構えるスタイルは、神主がお祓いをする様子に似ていることから名付けられた、特異な打法だった。


 長打が望める反面、バット・コントロールが非常に難しく、フォームの構造上、タイミングの見極めにも熟練が必要とされる。


 磯部の場合、さらに一本足打法を掛け合わせ、独自のスタイルを編み出していた。


 打率二割七分四厘と、まずまずのスタートを切っている肩に期待が懸かる。


 初球は内角を鋭くついたツーシーム。嫌なムードを払拭するかのように、強く腕を振り放たれた球は、一四〇キロを優に超えていた。


 しかし明らかにコントロールを欠いており、軌道を逸れた白い凶器が、大きく仰け反った磯部の胸元ギリギリを掠めていった。


「あっぶねぇ! まともに当たったらヤバかったでぇ」


 判定はデッド・ボールとなり、潔く脱帽して深々と頭を下げる姿を見やりながら、磯部がゆっくりと一塁に駆けていった。


 一死一・二塁。再び巡ってきたチャンスを逃すまいと、不意に立ち上がった沼田が代打の起用を言い渡した。


 明治大学で主将を務め、思い切りの良さを高く買われていたルーキーの横川だった。


 今期初のデビュー戦。いきなりの大仕事だったが、結果を残せば存在をアピールできる絶好のチャンスでもあった。


「三振しても構わないから、思いっきり振っていけ」


 初々しい緊張感に包まれた背中を軽く叩いて、沼田が送り出した。


 いきなりの大舞台に立たされたルーキーを、大

応援団が盛り立てる。

 声援に応えるべく用意されたドラマティックな展開は、カウント二&二の場面で用意されていた。


 勢いよく放たれた五球目。インコース高めのストレートを横川が粘り、引っ張った。

 鋭い打球は、一・二塁間を破り、ライト前タイムリー・ヒットとなった。


 万場が勢いよくホームベースに駆け込み、生還を果たす。

 

 地鳴りのような歓声と熱気で、グラウンド全体が蜃気楼の如く、ゆらゆらと揺らめいて見えた。


 




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