第九章 蒼き時の彼方に 三
主審の右手が、これでもかと親指を突き立て、ゲームの決着をアピールした。
立ち上がった磯部が、唖然と立ち尽くす打者をよけ、一目散に駆け寄ってくる。
「終わった……」
張り詰めていた心の糸が切れた瞬間、怒涛のごとく流れ込んでくる歓声の嵐に圧倒された。
体全体で喜びを表した磯部が両手を広げ、ゴムまりのように跳ねながら飛びついてきた。
上半身を覆う厳つい胸当てに体当たりされ、思わずよろけそうになる。
危ういシーソーゲームを勝ち抜き、喜びもひとしおだった。
万場、水上と三人で繋いだ試合は、三時間にも及ぶ長丁場の一戦となった。
己の限界を見極め、潔くマウンドを降りた万場からバトンを渡された水上もまた、強力な打線を前に打ち砕かれ、流れは完全に日立勢に傾いていた。
ゲームをひっくり返され、三点差を追う苦しい場面から託されたマウンド。
重責もさることながら、持てる力を余さず出し切った試合だった。
富士重打線も脅威の粘りで、五回に二点、七回に一点と、じわりじわりと追い込んで同点にまで持ち込んだ。
「碓氷監督のために、一発決めてくる」
八回表、強い決意で打席に立った坂上が放ったソロ・ホームランが決めの一打となった。
『大切な人のために、今、何ができるだろう』
そんなシンプルな問いかけが巻き起こした奇跡だった。
清々しい気持ちで「明日の試合も、がんばりましょう」と終わりの挨拶を交わす。
主将同士が握手を交わし、互いに熱いエール交換を送って、ゲームは終了した。
いよいよ明日は、住金鹿島との最終決戦。東京ドーム行きの切符を懸けた、熾烈な争いが待ち構えている。
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