第八章 ZEROになる勇気 六
ZEROになる勇気? 求めるもの全ては、ZEROの中に? 難解な謎掛け。
しかし、本当は心の奥底で答えを知っているような不思議な感覚。
『ZERO』の横文字に釘付けになった心に湧き上がってくる感情は、決して理屈で説明できるものではなかった。
ゼロの場にいた感覚を、おぼろげながら知っている気がするのは何故だろう。
俺の起源? 原初? 魂の故郷とでも云うべきか。
小学生の頃に祖父の敬三から繰り返し聞かされた、戦争の話。
犠牲になった多くの命の行方を尋ねると、「人は誰しも、魂の故郷に帰るんだよ。そこには悩みや苦しみなんか一切なくて、自分の好きなことをして暮らせる。孝一は野球が好きだろう? なら、野球好きの仲間が集まる村に行くんだな。そこで好きなだけ野球ができるんだ」
どこから得た知識だったのだろう。まだ死生観に対する概念も曖昧な幼心には、想像しただけで胸躍る世界だった。
「だったら、俺すぐにでも行きたいよ。好きなことだけしていればいいなんて、夢のようだ」
敬三は微笑みながらも、どこか戒めを兼ねた厳しい目で俺を見つめながら言った。
「それはだめだ。人にはそれぞれ、神様のくれた命の時間と言うものがあるんだよ。与えられた時間をきちんと生き切った者だけが、ご褒美として魂の故郷に帰れるんだ。だから孝一も、どんなに辛いことがあっても、最後まできちんと生き切ることが大切だよ」
真意のほどは定かでは無い。だが、もし本当に存在するなら、敬三は迷わず魂の故郷にたどり着いただろうか。
逝ってしまったきり帰ってこないところを見ると、よほど素晴らしい場所に違いない。
『生き切る』とは、なんと力強く健気で、ひたむきな、潔い生き方だろう。
生きる、でも、生き抜く、でもない。生き切るとは、日々の営みを通して命を繋いでいくこと。
それは懸命に生きようとする命の執着。
生き切るとは、限られた時間の中で、やがて訪れる最後の瞬間まで懸命に生き抜こうとする命の輝き。
人は、この世に産み落とされた瞬間から、死に向かってのカウントダウンを始める。
限られた命と言う観点からすれば、誰にも平等に訪れる死。
志半ばで突然の病に伏し、残りわずかの命を懸命に生きている碓氷を見ていて思う。
「俺の命だ。逝くべき時は、自分で決める」
余命宣告を告げる医師に、毅然と言い放った潔さ。『自分の命を、どう生き切るか』
どんな過酷な運命が待ち受けていようとも、受け入れる覚悟さえ決めれば、自分らしく大胆に、怯むことなく堂々と生きられるのだと、その身をもって教えてくれていた。
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