第七章   登龍門   三

 第一試合はジェイプロジェクト対東海理化。予想されていた通りの熱戦が繰り広げられ、八イニングまで両者得点を許さず。

 息の詰まる投手戦が続いていた。

 ジェイプロジェクトの上野貴之投手は一七五センチと小柄ながら、右腕から放る一四六キロメートルの速球を武器に東海理化打線を六安打に抑え、完封。

土壇場の最終回で一点を捥ぎ取り、劇的勝利を飾った。

 兵どもが夢の跡。戦の名残が色濃く残るグラウンドで、三塁側を陣取ったJR東日本東北の騎馬武者たちを横目に見ながら、全員でウォーミング・アップを始める。

「嫌な浜風だなぁ。お天道様も真上に来ちょる。気をつけんと」

 グラウンドに足を踏み入れた磯部が、開口一番に放った一言。

 風を味方につけるか、敵に回すかで、試合展開は大きな影響を受ける。

 打球が上に飛ぶほど、風の影響も大きい。ボールの落下地点を見誤れば、大きな痛手を負う事態になる。

 うららかな春の空に浮かぶ白い真綿ようなちぎれ雲。時折ビューと強く吹きつける海風の悪戯か、ゆっくりと形を変えながら移動していった。

 入念なストレッチで心と体を解きほぐしてからキャッチボールを始めて、そのままブルペンに入った。

 磯部がミットを構え、ゴー・サインをよこす。軽く肩を回し、大きく息を一つ。

調子を確認しながらの投球。ストレートや変化球のキレ、コントロールの良し悪し。

 その日の体調を考慮しながら、磯部と共に投球を組み立てていく。

 ストレートの冴えに今一つ納得できずにいると、敏感に察知した磯部が変化球を主体にした投球を要求してきた。

 テンポアップを念頭に入れつつ、スクリュー、スライダー、チェンジアップと、最高の軌道をイメージしながら丁寧な投球を心がけた。

 実際に放る球の軌道とのギャップは殆ど見られず、ホッと胸を撫で下ろした。

 納得がいかない時は、多少は球数が多くなろうと自信をつけてからマウンドに立つ心構えが重要だった。

 磯部はブルペンでの調子について、ほとんど口を挟む事はない。

 細かいアドバイスは、これから投げようとする者にとって逆効果になる、との持論があった。

 とにかく気分良く投げられるようにと、巧みな言葉とジェスチャーで臨機応変に対応しながら、最大限に心を砕いてくれる。

 殊更よく響き渡る補球音に微かな不安は一掃され、気分も高揚してきた。

 四十球を投げ終え、ようやく手応えを掴んだところで切り上げてベンチに引き揚げた。

 風が強く吹いている。太陽も刻々と西に傾いていく。

 ホースで水が撒かれたグラウンドには、引き直された白線が、再びくっきりとダイヤモンドの型を描いていた。

 時は満ちた。


 

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