第七章 登龍門 三
ホームベースを挟んで向き合った紺のユニフォームを纏った錚々たる面々。
紺一色のキャップと左胸には『JR』の白いロゴが引き立っていた。
右胸には『みんなと共に頑張ろう! 東北』の、丸く赤いワッペンの刺繍。
未曾有の震災に見舞われながらも、礼節を失わず我慢強く耐え忍ぶ姿に、日本のみならず世界の人々が感服した。
今なお、復興に向け着実に前進し続けている東北人の、奥ゆかしき中にも底力を感じさせる人間力と、人々の絆の強さを物語っているようだった。
ピンと張り詰めた緊張感のなか、真正面ではにかみながら微かに頭を下げたのは、同じく先発ピッチャーを任された東洋大出身の新人。かまいたちの内山こと、内山拓哉だった。
JR東日本東北は埼玉西武に大社ドラフトで一位指名された平野将光や、日本ハムから五位指名を受けた森内寿春など、好投手を次々と排出していた。
内山も次世代エースとしての呼び名も高い若手ピッチャーだった。
澄んだ綺麗な瞳をした青年だった。
その隣には亜細亜大出身の下館大輔捕手、少し離れて国士舘大出身の西川元気内野手と、いずれも新人の東都リーグ三人衆が顔を揃えていた。
吸い込まれそうな目元に見惚れながら、つられて頭を下げると、微かに体が震えていることに気づいた。武者震いだった。
なんとも形容しがたい高揚感に身を震わせながら、審判の掛け声を合図に、熱戦の火蓋が切って落とされた。
どちらも日本を代表する巨大企業で、互いにしのぎを削り、激しくぶつかり合う。
先攻は我が富士重工。
申し合わせたわけでもなく、ルーキー・バッテリー同士が初陣の火花を散らす展開となった。
マウンドに立った内山が、足場を確かめるようにスパイクの刃を喰い込ませせている。
位置が定まったところで、投球練習が始まった。
噂されていた通りサイドハンドから繰り出される球は、百四十キロをゆうに超えていた。
スピンのかかった、切れのあるストレートが冴え渡る。
「内山の調子、良さそうっすね。キレが半端ない。コントロールにばらつきがあるとはいえ、勢いに乗っているときのストレートには、なかなか手が出せない」
磯部がしきりに風向きを気にしている。
急速に発達した爆弾低気圧が接近しており、台風並みの強風が吹き荒れる庵原球場。
風の流れは常に移ろい、とどまることを知らない。
こんな日は風を敏感に読み、いち早く風を制した者に勝利の女神は微笑む。
「センター方向から強い風が来ているな。速球派の内山にとって、追い風はさらに加速がついてスピードが増す。だが、変化球は曲がらなくなる」
内山の投球の様子を見守っていた沼田が、首をかしげた。
「えらいこっちゃでぇ。風向き変わらんけんかいな」磯部が乱暴に髪を掻きむしった。
強い向かい風もなんのその、富士重の切り込み隊長、松井田が打席に立った。
案の定、風を味方につけた内山のスリークオーターから伸び上がってくるストレートが見事に決まった。
電光掲示板に打ち出された速球は、いきなりの百五十一キロを記録した。
大きく息を吐いた松井田が、バットをやや短く握り直し、再び構えた。
またもやストレートで勝負をかけてきた。だが、そうは問屋が卸さぬと、コンパクトに振り切った打球がレフト前ヒットとなり、塁に出た。
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