第六章   龍神   六

「仰る通りです。目が覚める思いでした。会って間もない監督を、なぜだか信じてみようと思ったのです。『君はまだまだ投げられる。私が道標となろう』きっぱりと言い切る姿に寸分の迷いも感じられませんでした。力強い言葉に、私の迷いも払拭されたのです」

 ふと、確氷が敬三の言葉を受け入れた訳が理解できたような気がした。

「私が決断を下すときには精査もするが、最後は心の羅針盤に従う。それは明確な方向を指し示す。正確な航路を熟知している。私は敬三さんの人となりを信じ、言葉に従った。ただ、それだけだ」

 たった1度の出会いで確氷を納得させるほどの存在感を放つ敬三には、改めて感動した。

「ありがとうございます。祖父もきっと喜んでくれているでしょう。実は、私も同じ夢を見たのです。監督から初めて電話をもらった数日後の出来事でした」

 確氷はゆっくりと振り向き、俺を見上げた。

「ほう、それは興味深いな。恵三さんはなんて?」

「監督には爺ちゃんからよく頼んでおくから、言うことを聞くように、と」

 再び向き直った確氷は、小さく何度もうなずいた。

「人の思いは故人と同じで、目には見えないものだ。しかし、確実にそこにあり、メッセージを発信している。言葉は平気で嘘をつくが、想いはダイレクトに伝えてくる。夢は時空を超えたメッセージなのかもしれんな」

 ふと、敬三が背後で微笑んでいる気がして振り返った。(爺ちゃんきちんと約束守ったよ)

「祖父の想いが夢を通して私と監督を引き合わせてくれたのですね。きっと」

 足元では春のそよぎに薄桃色の花びらが優雅なワルツを踊っていた。

「そうだとしたら、ドラマチックだと思わないか。私は肯定も否定もしない。そこに白根尊さんの想いや雄飛の同志や、様々な人々の思いも加わって、網の目のようにつながっていく。目に見えるもの、見えざるもの全てをひっくるめた繋がりを『絆』と呼ぶのだろう」

 今、こうして確氷と過ごす時間が、とても愛おしく、かけがえのない時間に思えた。これからの人生の中で、何人の人たちと出会うのだろう。出会いと別れを繰り返しながら結ばれていく、愛おしくもあり、ややこしくもある『絆』。目に見えぬ想いの糸を、互いに手繰り寄せながら。

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