第六章 龍神 六
「風も冷たくなってきました。行きましょうか」
春まだ浅い木陰は肌寒く、病んだ体に堪えるだろう。
碓氷からは何の返答もなかった。それでもよかった。
二人を包み込む沈黙の時が、絆をより強くしてくれる気がしていた。
車椅子のハンドルを握りしめ、陽のあたる暖かな場所を選びながらゆっくりと歩いた。
大きな車輪が小石を弾き飛ばしながら、乾いた土にタイヤの溝を刻んでいった。
「孝一に謝らなければならないことがある」
突拍子もない一言であたりの喧騒が遠のいていく。嫌だ、謝罪の言葉など聞きたくもない。
「孝一の花道を飾ってやると約束したが、果たせそうにない。私は末期の肺がんを患っている。もって、あと半年だそうだ。偉そうに医者が宣言したから、言ってやった。俺の人生だ、死ぬ時期は俺が決めるってな」
またもや豪快に笑い飛ばす。なぜだ、なぜに笑う?
「いやだ、駄目です。男同士の約束じゃないですか!」
嘆きとも、怒りともつかない激情が込み上げ、つい語気も荒くなった。
「約束は必ず守る男と自負していたが、今度ばかりはどうにもならん。すまない。だが、お前たちが都市対抗で優勝し、黒獅子旗を手にする姿だけは必ずや見届けてから逝くと決めた。頼んだぞ、孝一。富士重のエースとして、思いっきり暴れてこい」
「いやだ、優勝すれば監督は……」
取り損ねた硬球が小石に躓き跳ね上がりながら、次第に速度を緩め、やがて碓氷の足元で止まった。
「拾ってくれ、孝一」
言われるがまま大きく一呼吸してから、しゃがんで手に取れば、高卒ルーキーの藤岡が見るからに気合のない駆け足でやってきた。「馬鹿者めが! 全速力で取りに来いや‼︎」
弱々しい怒鳴り声を上回る存在感と迫力は、さすがだった。
圧倒された藤岡が、途端にしゃきっと身を正し「すいません‼︎」深々と頭を垂れた。
藤岡にボールを手渡すと、碓氷が行けと目配せする。
「ありがとうございます‼︎」
再び深々と頭を下げると、今度は全速力で駆け戻っていった。
若さ漲る後ろ姿。朽ちてゆく命が、新たに芽吹こうとする命を見送る姿に胸が痛んだ。
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