第六章   龍神   五

 装う心の、その奥に潜む真の心を見破るのが相変わらず上手い。いくらポーカーフェイスを装ってみても、確氷には全てお見通しなのだ。

「洋平がマウンドを降りたのは、高校二年の時だった。夏の大会を直前に控えて、皆んな気が立っていた」

 長い沈黙のあと、確氷は軽く咳払いをしながらポツリポツリと語り始めた。そもそも父が野球をしていた事実すら知らなかった。

『ピッチャーになるために生まれてきたような男』と評されるほどの才能を兼ね備えていながら、突然の幕引きとは。余程の事情があったに違いない。

「私にとっては最後の夏で、甲子園行きの切符を懸けて県内でも熱い戦いが繰り広げられていた。我が太田高校も創部以来で初の準々決勝まで漕ぎつけ、沸きに沸いていた」

 泣いても笑っても最後の夏。大会に懸ける想いは格別なものとして記憶に刻まれていく。

「相手は甲子園の常連校でもある桐生第一高校。東毛地区を代表する二校の闘いは、大会きっての好カードと評され、注目度も半端ではなかった。いよいよ決戦の日を三日後に控えて、緊張感も高まるなか、事件は起きた」

 風がピタリと止んで、周囲の雑音が遮断されていく。

 解き明かされていく謎の行方にのみ、孝一の全神経が研ぎ澄まされていった。

「ハードな練習を終えた帰り道、洋平と駅に向かって歩いていると突然、物陰から飛び出してきた数人の野郎に取り囲まれてな。手にはバットが握られていた。外灯の明かりが映し出す面々をよくよく見れば、どいつもこいつも見覚えのある顔だった」

 話の展開は既に予想がついていた。

「逆恨み、ですか」

「まぁ、そんなところだな。相手は隣町の高

校の野球部員だった。よく練習試合をしていたから自然と顔も覚えていた。彼らとは二回戦で対戦して、こてんぱんにやっつけていたからな。快進撃に沸きたつ我が野球部に、ムシャクシャしていたんだろうな」

 大会直前につまらない気晴らしの犠牲となり、大会に出場できなくなるケースは後を絶たない。

「前にも話したが、洋平の腕っ節の強さは相手も心得たもので、頭数を揃えて待ち伏せをしていたんだ。狭い路地裏に引き摺り込まれ、辿り着いた場所は、丸太が山と積まれ、所狭しと角材が立て掛けられた資材置き場だった。嫌な胸騒ぎがした」

 ピッチャーにとって、肩は命だ。迂闊に手を出せば大会出場はおろか、選手生命まで脅かされ兼ねない。絶対絶命のピンチに、父はどう対処したのだろう。


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