第一章 なごり雪 六
梅吉は魂の抜け殻みたくフラフラと立ち上がると「行ってくる」と、呟いた。
必死で止める声も虚しく、覚束ない足取りで店を出た梅吉は自転車に跨った。
カラカラと音を立て、勢いよく車輪が回り始める。
まさか……このまま進んで行った突き当たりの、三叉路を左に曲がった先には、梅吉が命を落とした交差点があった。
「そっちに行っちゃ駄目だ! 行かないでくれ。梅ちゃんは俺を助けてくれただろう? 今度は俺の番だぜ、言うこと聞けよ‼︎」
願いも虚しく、右に左にフラフラと迷うハンドルは、交差点を目指し、左に切られていく。視界から消えた梅吉が辿る運命はわかっていた。なんとかならんのか‼︎
急く気持ちとは裏腹に、俊足を誇る自慢の足は縺れに縺れ、一向に進まない。
悲鳴にも似た凄まじいブレーキ音が鳴り響き、圧し掛かるような重みのある鈍い音に取って代わった。
「梅ちゃん‼︎ どうか無事でいてくれ‼︎」
ようやく辿り着いた孝一の目に飛び込んできたのは、フロントのバンパーがグニャリと捻れ曲がったトラック。
その下敷きになった、原形を留めない見るも無残な自転車だった。
カラカラと乾いた音を立て、ゆっくりと回り続ける後輪は、やがて力尽き、ぴたりと止まった。
トラックのボディー下から、ねっとりと流れ出してくる夥しい血の海。
「なんでだよ! なんでだよ、梅ちゃん。畜生め! 畜生め‼︎」
悲痛な叫び声を上げながら梅吉のもとへ駆け寄ろうとしたとき、大地は激しく揺れ、耳を劈く轟音と共に、足元から地面が真っ二つに裂け始めた。
底無しの闇に呑み込まれ、どこまでも、どこまでも堕ちていく。
次第に遠退いていく意識。俺は何処に向かうのか……
あとのことは何も覚えていない。
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