ユーカリ27枚目 ヘッドレスナイト

 疑問は残るが、そいつは後からだ。

 まずは、ユーカリの葉を拾って……しゃがみ込んだところで頭上スレスレに風を感じる。

 何かに攻撃された!?


「コアラさん!」


 ――ヒュン。

 コレットの悲鳴のような声と共に、風を切る矢の音が耳に届く。

 しまった。

 後ろに何かイル。何者か分からないが、少なくともアーマーベアより強い。

 コレットが矢でけん制してくれたからか、二撃目はまだ来ないようだ。

 その場で伏せ、振り返ったところで二撃目が頭上で空を切る。

 見えた。

 人型の鎧が俺に向け人間の身の丈ほどもある大剣を振るったのか。

 軽々と片手で大剣を振り回すとは、相当な筋力を持っているみたいだ。

 

 ステルス。

 無駄だろうけど、再びステルスを自分にかける。この森のモンスターはユーカリクラス……いやそれ以上。

 ユーカリクラスのモンスターは、ステルスを使っていても殆ど効果がないんだ。

 臭いやら体温やらで俺の位置を易々と特定してくる。

 やはり、目の前の鎧も例外じゃあなかった。

 ハッキリと俺の位置を捕捉していやがる。

 

「そういうことか。まあ当然か」


 あの鎧さ。首から上がないんだもの。そらまあ、ステルスをしても効果がないよな。

 おっと。

 次に振るわれた大剣に対し、アイテムボックスから牙やらを出して凌ぐ。

 バラバラと落ちるアイテム群を利用して、スルスルと大木を登る。

 

 枝の上にまで来たところで、ようやく息をつく。


「コアラさん」

「コレット。助かった」


 心配したコレットが、俺の元まで枝を伝ってかけつけてくれた。

 ――ゴツン、ゴツン。

 っち。やっぱし、このまま見逃してくれねえか。

 鎧は大剣を木の幹に叩きつけ、俺たちをここから落とそうと頑張っている。

 どうやら、木を登っては来れないようだから、逃げようと思えばすぐに逃げることはできるな。

 だが、夜に動くモンスターであれだけの強さを持つ奴を放置しておくと……またおちおちドロップアイテムも拾っていられない。


 動物学――。

 弱点はどこだ。

 錆が浮く漆黒の鎧の左胸辺りに赤い丸が見えた。

 

 やろうと思えば、貫けない位置じゃあない。だが、俺のパワーであの鎧に弾かれずに突き刺すことができるか……。


「コアラさん……に、逃げましょう……」

 

 迷う俺の肩をコレットが揺する。

 

「いや、ここは仕留めておかないとマズイ。首が無いモンスターなんて俺の想像だと……アンデッドじゃないか?」

「そ、その通りです。あのモンスター……ヘッドレスナイトは……」


 顔を伏せ、自分の両肩を抱くコレットはとんでもなく怯えているみたいだ。

 いや、ベノムウルフの時からずっと恐怖心を持っていたけど、今回ばかりは尋常じゃあない。

 

「簡潔に、知っていたら教えてくれ。知らないならいい」

「はい……」

「アンデッドは眠らず、ずっと活動するのか?」

「活動しないアンデッドもいますが、ヘッドレスナイトは不眠不休で活動します」

「そうか」


 ヘッドレスナイトは人型だと言え、本能に従って動く動物と大差ない知能なのかな?

 大剣で木の幹をカーンカーンしたところで、そうそう木が揺らぐものでもないし、俺が隣の木へひょいっと移っただけでこれまでの行動が無為に帰すんだぞ。

 つっても、地上だと脅威だし……あいつは休むことがない。

 

「コアラさん……」

「分かった。ここで奴を潰す」

「分かってくれましたか……え、えええ!」

「やるしかねえ。俺も覚悟を決めた」

「コアラさんが命をかけるほどの相手……やはりそうですよね……そんな無茶をしなくても……」

「非常に非常に遺憾だが、やるしかねえんだ」


 万感の思いを持って、果てしない悲しみが俺を包む。

 いや、覚悟は決めた。

 

「コレット、援護を頼む」

「……コアラさん……分かりました! こうなれば毒食わば皿まで、です」

「狙いは奴の頭上。頭は無いが、その辺を狙ってくれ」

てなくていいんですか?」

「うん。奴の気を上に引いてくれればいい。俺は少しだけ移動する」


 コクリと頷くコレット。

 

 枝にぶら下がり、ぶらーんぶらーんと勢いをつける。

 そこへ絶妙のタイミングでコレットが矢を放つ。

 彼女のけん制により、ヘッドレスナイトの機先は自分の上に行く。

 ヘッドレスナイトは、頭上にいるコレットを落とそうと、再び大剣を振り上げ、大木を斬りつける。

 

 今だ!

 

「勿体ないが……仕方ない。行くぞ。ユーカリパワー」


 スキルが発動すると、アイテムボックスから二十枚ものユーカリの葉が勝手に出て来て粉となる。

 ぐ、ぐううう。

 いや、振り返るな。禁断の技を使うしか、この場を確実に切り抜ける方法を思いつかなかった。

 

 勢いをつけ、枝から飛び降りる。

 

「もしゃー!」

 

 ブルーメタルの槍を取り出し、一直線に腕を振り上げてがら空きになった左胸に穂先を向ける。

 ――キイイイイン。

 金属同士が打ち合わさった澄んだ高い音が響き、ブルーメタルの槍が漆黒の鎧を貫いた。

 

 ヘッドレスナイトはその場でさっきのジャックオーランタンと同じように黒い煙となって行く。


「コアラさん! 煙が!」

「心配するな。手はある。ピュリフィケーション」


 キレイキレイするだけの魔法だが……上手く発動してくれた。

 あ、ダメだこれ。何の効果もねえ。

 どえええ。そうこうしているうちに煙があああ。

 落ち着け、俺。

 さっき、アーマーベアと一緒に元ジャックオーランタンの煙を貫いたら消えたよな。

 なら、それほどの脅威でもないな。

 軽く槍を振るうと、予想通り煙は霧散し消えた。

 

「ふう。他に敵の気配は……」


 今度こそ大丈夫だ。

 さあて、ヘッドレスナイトはどんなアイテムを落とすのかなあ。

 

 あれ?

 何も無い?

 

「コアラさん、どうしたんですか?」


 心配したコレットが木から降りて来た。

 

「いや、ドロップアイテムがない」

「アンデッドはレアアイテムしか落とさないんです。コーデックスによると、レアアイテムのドロップ率が他より高いみたいですが……」

「こ、このクソゴミが……」


 怒りを通り越し、呆れさえ覚える。

 倒すのに多大なる犠牲を払ったというのに、ゴミ以外落とさないとは……二度と関わり合いになりたくない。

 だけど、二十四時間稼働するアンデッドを放置するわけにもいかないというジレンマ。

 こいつらは俺にとって天敵だ。

 

「コアラさん……」

「一旦、小川のところまで戻ろうか」

「はい!」


 忘れずにアーマーベアが落としたユーカリ8枚を回収し、コレットと共に樹上に登る。

 酷い目にあった……。

 

「命をかけるとおっしゃった割には余裕でしたね!」


 枝に降り立ったところで、コレットが笑顔でそんなことをのたまう。

 

「命をかけるとは言ってない。ユーカリを失う覚悟だ」

「え……」

「俺がどれだけの悲しみを振り切ったか……」

「え、いや、あの」

「だが、過去は振り返らない。行くぞ。コレット」

「は、はい……」


 納得いなかさそうなコレットを後目に、先に隣の枝に乗り移る俺であった。 

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