ユーカリ14枚目 街はコアラに厳しい

 ええっと、客は三組しかいない。

 赤ら顔で昼間から飲んだくれているおっさんが二組いて、もう一組は一人ずうううんっと沈んでいるピンクがかった灰色の髪をした少女だ。

 おっさんらは酔っ払いだし、話が通じないことは確定。

 何か事情がありそうな少女の方を観察してみることにしようか……。

 

 少女は冒険者ギルドの中にいるってのに、白のブラウスの上からチョッキを羽織り、短いスカートだけという軽装だった。

 腰に剣も無ければ、杖も無い。

 唯一、ブーツだけが旅装用に見えるだけで、街中にいる他の女の子と似たような格好と言えばいいのか。

 およそモンスターを討伐する冒険者らしくない。

 

 んー。この子、どっかで見た気がするんだよなあ……。

 ピンクがかった灰色の髪を肩口で切り揃え、あ。

 ひょっとして、森の中で見かけた四人組のうちの一人か?


 それがどうして一人でコップを両手で握りしめうつむいている?

 何かあったのかも?

 他人の事情に踏み込もうという気はサラサラなかったけど、次の一言で俺は彼女に俄然興味を持つ。

 

「う、ううう。また追い出されてしまいました……」


 彼女にとっては不幸だが、俺にとっては好都合。

 こいつは何とかなるかもしれんぞ。

 もちろん、ユーカリ茶が、だ。

 

「あれ……」

 

 クイクイと彼女の服を引っ張るが、もちろん彼女から俺の姿は見えない。

 人間は視覚に頼るから、ステルスは効果抜群なのだよ。ははは。

 

「きゃ。な、何かが……」


 更に引っ張るが、さすがにここから動いてくれないか。

 ならば。

 

 よっこいせっと彼女の膝の上に腰かけるが、俺の体重が消えるわけではないので彼女は軽いパニック状態になってしまった。

 

「声を出さないでくれ」

「え、え?」


 彼女に顔を向け、指を一本立て口元に当てる。

 こくこくと頷きを返す彼女。


「怪しい者じゃないと言っても、怪しさしかないから何も言わん。そのまま、何事も無かったかのようにしてくれ」

「あ、あの……お喋りするモンスターなんて初めてみたんですが、(魔法で)姿を変えられているのですか?」

「いや、俺はコアラだ。人間ではない。だけど、敵意はないんだ。少し事情があってさ」


 左右を見渡すが、酔っ払いは俺と少女の会話を気に留めた様子もなかった。

 どうやら、大丈夫なようだな……ホッと胸を撫でおろす。

 安心したがまだ警戒を完全に解いてはいけない。

 ここはモンスター討伐の総本山なのだから。

 彼女の膝の上で立ち上がり、彼女の耳元へ口を寄せる。


「モンスターと勘違いされて狩られると困るんだよ」

「そ、そういうことでしたか」

「街で買い物をする時に、姿を見せたけど商人は特に衛兵を呼ぼうとはしなかったから大丈夫かなとは思ったんだけど……」

「で、でも。『珍しい生き物』だと捕まえようとする人もいると思います」


 ぐ。ぐう。

 ま、まあいい。さんざ珍妙な生き物と言われたんだ。今更だろ……。

 でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気にしているんだからね。勘違いしないでよね。ちょっとだけだから。

 心の中の叫びとは裏腹に、真面目な声で彼女と会話を続ける。

 

「このまま喋っていても、他の連中に注目されることはなさそうだな」

「は、はい。みなさん酔ってらっしゃいますし」

「なら、ここでこのまま君と交渉がしたい」

「わ、わたしとですか……?」


 戸惑ったように唇を震わせる少女。

 

「先に確認させてくれ。君は今ソロで、どこかのパーティに入れてもらおうと思っている?」

「入れてくれればですが……」

「せ、責めているわけじゃないから。事実の確認だよ」


 彼女のトラウマをえぐってしまったらしい……。

 泣き出しそうになったので慌ててフォローを入れる。


「は、はい……さっき、また『使えない』と追い出されたばかりで……わたし、荷物持ちくらいしかできないので……」

「分かった。冒険者を続けるつもりでいるのか?」

「わたしじゃあ向いていないのかなって……」


 そうは言うものの、彼女は「また使えない」と言われたと言った。

 「また」ってことは、少なくともパーティを追い出されたのは二度目ってことだ。

 なら、彼女は自分が向いていないと分かりながらも冒険者を続けたい理由があるはず。


「事情は知らないし、聞かない。だが、冒険者を続けていた理由があるんだよな? 続けることができるのなら続けたい?」

「も、もちろんです。だけど、わたし一人じゃ……」

「俺と組まないか? 唐突で俺のことを信じられないとは思う。だけど、俺も切実なんだ」

「え?」


 思ってもみない提案だったのか、彼女は戸惑うばかりでフルフルと首を振る。


「今回限りでもいい。報酬は払う」

「そ、その。わたしは何をすればいいんでしょうか」


 脈有だ。よおおっしいいぞおお。


「ボクと契約してテイマーになってよ」

「わ、わたし、テイムスキルも無いですし、職業も……」

「大丈夫だ。問題ない。テイムスキルなんて飾りだ。さあ行かん。俺を登録しに」


 トリアノンは言っていた。ペットになれば自由に街を歩くことができると。

 少女のペットになれば、ギルドでドロップアイテムを交換することだって、店員に追い出されたりすることだって無くなるはず。


「わたし、テイマーなんてとてもとても……」


 すとんと彼女の膝から降り、背伸びして彼女の手を引く。

 

「あ、あの」

「君はテイマー。俺は君にテイムされたペット。いいか? 分かったな。じゃあ行くぞ」

「え、えええ。ちょっと、心の準備がああ」

「いいんだ。分からなくても全く問題ない。テイマーらしくして、受付まで行ってもらえるか?」

「わ、分かりました。行きます。行きますって。引っ張らないでくださいい」

「お、すまん。つい、急ぎ過ぎて」

「……今日、パーティを追い出されたばかりでやることもないですし……」


 悲しいことを呟きつつ、少女が立ち上がる。

 何を思ったのか、俺を抱え上げ両手でギュッと俺を胸に抱く。

 背中を彼女の体に着けた状態の抱っこなので、ぬいぐるみになった気分だ。

 これが、テイマーとペットの関係ってのか。

 ちょっと恥ずかしい……。

 

「やっぱり、軽いんですね」

 

 さっきまで彼女の膝の上に乗っていたから、彼女は俺の重さを分かっている。

 重かったら枝から落ちるしな。戦うには体重がもう少しあった方が有利だけど、それはそれで使いようだ。


「樹上生活をしているからな」

「そうなんですか」

 

 会話しつつ、受付の前まで来た。

 受付の二十代後半くらいのお姉さんの眉尻がピクピクしている。

 そらそうか。ぬいぐるみを抱いた少女が来られても……ってとこだよな。

 

「あ、あの」


 微妙な沈黙が続いた後、意を決した少女が受付のお姉さんに声をかける。


「その可愛くない生き物の引き取りはしておりません」

「いえ、そうではなくて、テイム生物の登録をして欲しいんです」

「その奇怪な生物をテイムしたんですか!? 登録はテイマー個人の自由ですのでお止めしませんが……」

「と、登録していただけますか?」

「はい。規則ですので、登録は可能です。少々お待ちください」


 こ、この女。なんて失礼なことを。

 し、仕方あるまい。少なくともこの街周辺にはコアラがいないのだから。

 

 ゴソゴソと棚から一枚の羊皮紙を持ってきたお姉さんがテーブルの上に羊皮紙をトンと置く。


「こちらにサインをお願いします。あと、そこの生物の足型なり血なりをここに」


 指で指し示しながら、テキパキと書類について説明して行くお姉さん。

 この辺はさすがプロって感じだな。

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