ユーカリ8枚目 俺はモンスターではないコアラである
動物学――。
よし、発動。
目を凝らし大蛇を見つめると、眉間の辺りと下顎付近に赤い丸が描かれた。
動物学はモンスターの名前や特徴が分かったりするものだと思っていたが、そうじゃなかった。
モンスターの弱点を表示するスキルだったのだ。
いや、他にも効果があるのかもしれないけど、今分かっている動物学の効果はこれだけだった。
このスキルにはいい意味で裏切られたわけだが、ほんと嫌らしいシステムだよ。
そんじゃま、準備ができたことだし……行くとするか。
のそのそと枝から枝へ飛び移り、蛇の頭から斜め三十度くらいにある枝へ移動する。
俺は学んだのだ。
枝を掴み、ぶらーんぶらーんとぶら下がる。足に力を込め、振り上げると振り子の要領で俺の体が後ろへ向かい枝の上に倒立する形になった。
そのまま回転し、勢いをつけたところで手を離す。
よし、方向はバッチリだ。
一直線に蛇の眉間に見える赤い丸に向かって落ちて行く。
素早くアイテムボックスから槍を取り出し、前へ突き出した。
――グサリ。
蛇の頭を突き抜け、穂先が頭の裏側から露出する。
すぐに蛇は尾の先から砂と化し、サラサラと霧散していく。
おっかなびっくりやっていた最初の頃に比べて、今や手慣れたものだ。ははは。
ドロップアイテムはっと。
蛇が消えると共に木の下にコロンと転がったドロップアイテムは、ユーカリの葉が七枚に刃が二枚だった。
この刃は蛇の尾の一部かな? 大きさはコアラにも手頃なサイズだけど、持ち手が無いから使えないな。それに長さも足りん。
ぶつくさと頭の中で文句を垂れながらもしっかりと全てのドロップアイテムを収納する。
「今日のところはこれくらいにしておくか」
ボソリと呟き、そそくさと木の上に登った。
周囲の安全を確認してから、ステルス状態になりユーカリの葉をもしゃもしゃと咀嚼する。
『名前:
種族:コアラ
レベル:56
スキル:有
魔法:有』
お、さっきのでレベルが一つあがったんだな。
スキルはどうだろ。
『スキル一覧
ユーカリサーチ
ユーカリパワー
ステルス 熟練度 71.2
探索 熟練度 60.4
解剖学 熟練度 21.1
動物学 熟練度 50.1
罠 熟練度 0
魔法 熟練度 0
治療 熟練度 0
道具作成 熟練度 0
忍び足 熟練度 15.2
槍 熟練度 14.4』
順調に熟練度は上がっている。
だけど、探索と解剖学の二つがどのような効果を持つか不明……。
探索はダンジョンとかで効果を発揮するのかなあ? 野外じゃ使用しても変わったことが起こらない。
一方、解剖学はというと、槍と同じように最初から「発動失敗」のメッセージが出ないんだ。
てことは、槍と同じく使っていれば自動で上がっていくスキルってことになる。
熟練度が上昇してはいるものの、何故なのかは分からない。知らず知らずのうちに熟練度を獲得する行動をしている……ようだ。
テレビを見ながら食事をする感覚でステータスを閲覧してたら、ついついゴクンとユーカリの葉を飲み込んでしまった。
勿体ない。ちゃんとモグモグしなきゃ、ユーカリの真の素晴らしさを味わうことができないじゃないか。
ユーカリを集めるのは中々大変なのだから、勿体ねえ。
それにしても……ユーカリはうまい。
コアラになってからユーカリしか食べていないけど、これだけで十分だ。
晩酌を欠かさない俺だったが、不思議とビールが欲しいって気持ちにはなっていない。
試しに、他の食べ物を口にしようとしたこともあったんだよな。
食用なのか分からないけど木の実とか、他の葉っぱとか。
でもダメだった。口に近づけただけでも「うっ」とむせてしまうほどまるで受け付けない。
特に、笹。
お前はダメだ。
口元に寄せるまでもなく、体がお前を拒否する。
ううむ。満足するまでユーカリをもしゃっていたら眠くなってきた……。
少し、いや、だいぶ早いけど今日のところは寝るとしよう。
寝ることができる時に寝る。
これは案外重要なことだ。いつ何時、体力の続く限り動き続けなければならない事態になるとも分からない。
ここは安全な日本ではない。
俺は危険な森の中で一人サバイバル生活をしているってことを忘れちゃあいけ……すやあ。
◇◇◇
む。
いつの間にか寝てしまったようだ。
変な時間に寝たからだろうか、まだ外が明るい。
太陽の傾き具合から、懐かしい昼下がりくらいだと分かる。
ッツ!
さっきから俺のモフモフ毛皮が逆立って仕方がねえ。
起きた原因はこの気配を無意識に感じ取ったからだな。
我ながら、よくぞ起きたと褒めてやりたい。
危険な気配との距離はおよそ三十メートルってところだな。
まだこちらからも向こうからも姿を確認できない位置だ。
だけど、向こうもきっと俺の存在に気が付いているに違いない。
その証拠に、一直線にこっちへ近づいてきているからな……。
こうしちゃおれん。もう少し高いところまで登るとしよう。
ふう。
これ以上高く登ることはできないけど、ここまで来れば木登りが得意か空を飛ぶ生物以外は到達することはできないはず。
コアラである俺なら、こんな細い枝の上でも問題なく体を安定させることができる。
しっかし、森の中を毎日彷徨っているが、これほどの強者の気配にはなかなかお目にかかれない。
こいつは俺が体験した中で、二番目に危険な気配だな。
俺のことは無視してくれればいいんだけど……。
しかし、俺の思いは虚しく……危険な気配は俺が潜む大樹の元で立ち止まりやがったんだ。
――ドオオオン
枝がああ揺れるううう。
木に思いっきり体当たりをかましやがったな!
この程度の揺れで、俺様が落ちるとでも思ったか。
揺れながらも下へ目を向けると、気配の主の姿がハッキリと確認できた。
そいつは、双頭の狼とでも言えばいいのだろうか。
赤い目と青い目をした二首に、漆黒の毛皮を持つ。尻尾も二股に分かれそれぞれが鋭いブレード状になっている。
大きさは大型の馬くらいのサイズがあって迫力満点だった。
――ドオオオン
双頭の狼が大樹へ再度アタックする。
いくら揺れようとも俺様はビクともしないんだからな。
諦めるまでやり過ごせば……なんとかなるか。
「や、やべえ」
キラリと光るブレードが大樹の幹を切り裂く。
たったの一撃で幹が半分ほど切れ目が入ってしまった。
そこへ、双頭の狼が勢いをつけ体当たりを敢行する。
――バキバキバキ。
派手な音をたて、木が倒れていく!
樹上生物を舐めるなあああ。
倒れ込む木の方向を推し量り、隣の木の枝へ飛び移る。
続いて、更に隣の木の枝へ手の力だけで移動し、双頭の狼と距離を取った。
「おいおい、マジかよ!」
木を切り倒すだけじゃあ俺を捉えきれないと認識したのか、双頭の狼は次の手を打ってきた。
奴の口元にちろちろと赤い炎が見え隠れしているじゃあないか。
あれは、異世界あるあるのブレスってやつじゃあ……。
森の中で火を吐くなんて言語道断。
山火事になったらどうするんだよ!
こいつはこのまま捨て置くことはできないな……こっちがやられる可能性もあるが、やるしかねえ。
森は俺の住処なんだ。
悲壮な覚悟を決めた時、俺の耳に誰かの声が届く。
「済まない。モンスターだと思っていたのだ」
声の主は若い女だった。
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