ユーカリ7枚目 少し強くなったもしゃ

 遠くから聞こえる声で目が覚めた。

 時刻はそろそろ夕暮れ時といったところか。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、だいたい俺のいる位置から百メートルくらい先に焚火の煙が見える。

 間に大木が挟まっているから、ここから声の主の姿は確認できないでいた。

 でも、逆に考えれば相手からも俺の姿が見えないってことだ。

 

 焚火をするくらいだから、人間かそれに類する知性を持った生き物に違いない。

 冒険者かな? 

 じっくりと冒険者を観察できる機会なんて早々ない。

 俄然興味が出て来たぞ。

 人の声が恋しくなったわけでは断じてない……少しはあるかも。

 

 うん。ここでいいか。

 距離はあるが、ここからなら焚火もバッチリ見えるからな。

 ……。

 こそーりっと。

 お、焚火の主は人間だった。

 格好からして以前遭遇した冒険者らしき二人組と同業者じゃないかなあと思われる。

 数は四人。

 

 火で肉をあぶっているようで、調理が終わるまで手持ち無沙汰だったのか会話を交わしていたようだった。

 もっと周囲の警戒をした方がいいような気がするけど、四人いたら誰かがモンスターの気配を感知するのかな?

 俺はずっとソロだから、その辺の感覚は分からない。寂しくなんかないさ。ソロの方が気楽だし!

 

「ベノムウルフが出たと聞いてたが、思い切って稼ぎに来てよかったな」


 四人のうち一番年長に見える三十手前くらいの男が顔を綻ばせる。

 彼はがっしりとした体型であぐらをかいていた。傍らに斧が置いてあることから、戦士なのだろう。

 

「ですね! 何故か角猪ばかりと遭遇しましたし」


 こちらの若い長髪の男は魔法使いかな。


「(肉が)焼けました! スープもできましたよ!」


 わたわたと手を振り、はにかんだ少女が二人に声をかける。

 この子が一番年少に見えるな。まだ高校生くらいじゃないだろうか?

 地球ではありえないピンクがかった灰色の髪が肩口辺りまで伸びていて、くりくりとした大きな目が特徴的だ。

 他の三人は冒険者風……といった装束を身にまとっているが、この子は街からそのまま出てきましたって感じの服を着ている。


「サラ、モンスターの気配はどうだ?」


 年長の戦士が赤髪の女に目を向ける。

 

「大丈夫よ。特に危険な気配は感じないわ」


 サラと呼ばれた赤髪の女は長髪をなびかせ、肩を竦めた。

 彼女は戦士の男に比べ軽装で、矢筒を背負っている。盗賊かレンジャーってところかな。

 

 彼女は気配を感じないらしい。

 すぐ近くにコアラがいるってのにな。この分だと、俺の姿に彼らが気が付くことはないだろう。

 だけど、油断は禁物だ。

 彼女の感じる気配ってやつが「敵意」だとしたら、感知できなくて当然である。

 俺は彼らに全く敵意を持っていないから。

 警戒し過ぎかもしれないけど、もし彼女が「敵意」を感じとることだけをしていて、周囲の生物に目を光らようと思ったらすぐにできるとしたら……俺が発見される可能性もあるってことだ。

 

 ま、その時はその時。

 彼らの手の届かぬところまで逃げればよい。

 逃げ切る自信はある。

 だって、これより先は人間達の時間ではなく、夜に活動する俺の時間だからな。

 

 ユーカリの葉をもしゃもしゃしながら、彼らの話に耳を傾けているとなかなか楽しめた。

 彼らからはいくつか有益な情報も得ることができたしな……一人ずつ見張りを立てて寝入る彼らを樹上から見下ろしほくそ笑む。

 

 彼らはそれほど強いパーティじゃあないこと。

 やはり笹は弱いモンスターが落とすアイテムで、初級冒険者のいいお相手ってことが分かった。

 俺が角が生えた猪を残して、熊やら狼やらユーカリをドロップするモンスターを狩りまくった結果、彼らは安全に狩りを行えたという。

 

 彼らから得た情報のうち、最も有益だったのは、砂と化すモンスターはリポップするってことだ!

 ん? 待てよ。

 ってことは、「砂と化さない」モンスターもいるってことか。

 ん、いや、その考えは早計か。

 砂と化す生き物がモンスターで、そうじゃない生き物は家畜であったり人間であったり……といった捉え方をした方がしっくりくる。

 彼らは肉を食べていた。

 何もかもが砂になっちゃうなら、肉を得ることができないものな。

 

 さて、本日も狩りに向かうとするか。

 ユーカリの葉をゴクンと飲み込み、その場を後にした。

 

 ◇◇◇

 

 森は広い。

 なので毎日探索エリアを変えているんだけど、どうもモンスターの数が少ない気がするんだよなあ。

 二時間ほど探索を行ったところ、最初に見た冒険者が倒していた虎型のモンスターと熊型モンスター二体しか仕留めることができなかった。

 俺の探索技術は日に日に上がっているにも関わらず、だ。

 

 まあ、同じ広さを探索したからといって同じ量のモンスターがいる方が変な話だよな。

 スキルを鍛えながら進んでいるし、無駄にはならない。

 

 なあんて、思っていたら虎型のモンスターがカボチャと格闘しているところに遭遇した。

 ふよふよと宙に浮くカボチャは、ハロウィンに出て来そうな形をしている。

 目と口があって、目の奥は赤い丸い光を放っていた。

 虎型のモンスターはカボチャを前脚で叩き潰す。

 致命傷を負ったカボチャはサラサラと砂となって消えて行く。

 

 しかし、ここで戦闘は終わらなかった。

 暗闇から染み出すようにカボチャがどんどんと現れ、虎型のモンスターを取り囲んで行く。

 虎も抵抗を見せ、数体のカボチャを打ち倒すが、物量に押され大きく開いたカボチャの口に噛みつかれ……ついには力尽きてしまった。

 なんだあいつらは……。

 

 おっと、こうしちゃおれん。

 俺は寝込みを襲う専門なのだ。起きて動いているモンスターを相手にする気はない。

 こちらに気が付く前に退散しなきゃ。

 

 ◇◇◇

 

 カボチャの集団から離れた後、順調に狩りを進めるが昨日ほどの成果は上がらなかった。

 モンスターの数が少なかったのはカボチャの集団かもしれない。

 だけど、モンスターの世界も弱肉強食だろ? 潰し合うことだってある。

 要調査だな。

 カボチャのことはコアラの脳内メモリーに保管しておくことにした。

 あいつらは俺の生存競争の相手であることは間違いないからな。

 俺もカボチャ達も夜中に動き、モンスターを狩るのだから。

 

 ――三日後。

 男子三日合わずは何とやら。

 レベルの上がりはかなり鈍ったが、ユーカリのストックは順調に増え続けている。

 

 今日の狩りもそろそろ終わりかなあ。

 ふうと息を吐き、空を見上げる。

 空はうっすらと白ずんできていおり、森も明るくなり始めていた。

 

 最後にもう一匹と思い、枝を伝いながらモンスターを探しているとすぐに獲物を発見する。

 お、初めて見るモンスターだな。

 太さが二メートルくらいの幹に巻き付く大蛇が、目を瞑り休息している。

 蛇は木に溶け込むような茶色と灰色のまだら模様をしていた。俺の胴体ほども太さがある細長い体は、頭の先から尻尾まで十メートル以上はあるだろう。

 普通の蛇との違いは、頭にトサカがあって尻尾にスパイク状のトゲトゲが付いていることかな。

 

 蛇が相手となるとステルスは意味がないか。

 ん? やけに冷静じゃないかって?

 自分の強さを過信するわけじゃあないけど、たぶんあの蛇なら大丈夫だと感じ取っているからなんだ。

 ずっと狩りを続けていたからか、なんとなく相手の強さが分かるようになってきてさ。

 大蛇はユーカリのベッドで寝ている狼とそう強さは変わらないと俺の感覚が訴えている。

 

 それに、スキルも使えるようになってきたしな……。

 ステルス……は相手が蛇なので余り意味がないかもしれない。蛇は熱感知能力を持っているから。

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