ぽ~らさま~

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



 ユニバンス王国の王都から見て北側の荒野にその屋敷は立っている。

 石造りのとても堅牢な砦……屋敷だ。ちょびっとだけ砦としての機能を宿した屋敷だ。外見はあれだけど内装は貴族が住むに相応しい体裁を整えている。

 何よりこの屋敷に住む人たちは外観など気にしない。気にするのは外壁の汚れぐらいだ。


 そもそも家主が日にどれほど自分の家を外から眺めるだろうか? 新築であればしばらく眺めるかもしれないが、それでも一か月程度ではないか?

 後は基本内装だ。内側だ。外など最終的に雨漏りしなければ問題無いのだ。


 その精神のもとでドラグナイト邸はとにかく内装に力を入れている。と言うか結婚式で貰ったお祝いの品を適当に置いているだけなのだが、どれもこれも高価で貴重な物ばかりだ。それを目立ちすぎない感じで並んでいるのだ。内装をした者のセンスの高さがうかがえる。


 まあ家主がその一つ一つの値段を知らないから自然な感じで並べられるのだろう。もし知っていたらこうはならないかもしれない。人はどうしても高額な物を自分の目に入る場所に置きたくなるからだ。それが若干微妙な感じのモノだとしてもだ。


 さて。そんな高価な物が並ぶドラグナイト邸の廊下に彼女たちは居た。


 1人は眠い目を擦り飾られている木製の像を丁寧に拭いていた。つまり掃除をしている最中だ。

 台座からニョキっと突き出す形の円柱の像を、まだ少女と呼んでもおかしくない年頃のメイドが欠伸を噛みしめながら磨いていた。


 その像にどれほどの価値が有るのかなど彼女は知らない。専門家が見れば大興奮し、屋敷が何個か買える金額を提示するであろうそれを上下に布で乾拭きしている。

 丁寧に丁寧に……その手つきに幼い子が好きな人たちは大興奮すること間違いなしだ。特に寝ぼけた様子で若干口が半開きなのが良くない。


「ふにゃ~」


 遂に欠伸がこぼれた。我慢の限界だった。


「コロネ」

「にゃによ」


 普段から眠そうな顔をしているコロネと呼ばれた少女が半開きの視線を相手に向ける。

 そこにはもう1人……いつもスッと背筋を伸ばしているメイドが居た。これまた少女のような背格好のメイドだ。


 その纏う空気は冷たく厳しい。メイドと言うより戦士のような厳しさを覚える。

 とりあえず箒よりも剣の方が似合いそうだ。


「真面目に」

「してるって」

「欠伸ばかり」

「だってねむいし」


 だから仕方が無いと言いたげにコロネは乾拭きする手を止めた。


 そもそも自分が磨いているこの木製の像が何なのかも知らない。台座の方に何かしら古い言葉が刻まれているが無学のコロネには読めない。と言うか普通に読み書きが出来ることを褒めて欲しい。

 難しい言葉はたどたどしくなるが、それでもちゃんと読み書きは出来る。普通の平民であればそれすら怪しいのだから。


「それにスズネはねたんでしょ?」

「一応」

「ズルい。わたしはてつやでノワールさまとポーラさまの相手をしていたのに」


 ブスッと頬を膨らませてコロネは拗ねる。

 その様子は年相応の感じも相まってとても可愛らしい。この少女が元暗殺者であると誰が思うだろうか? それも現在働いている屋敷の主であるアルグスタ・フォン・ドラグナイトの命を狙ったのだ。


 ただそれは失敗に終わった。


 一緒に彼の命を狙った仲間たちは死に、そして少女も代償を払った。

 命と引き換えに左肩から先を失った。隻腕となったのだ。ただ『それだと生活しにくくない?』と当主であるアルグスタが言い出し、魔道具の義腕が準備された。それも国宝クラス……下手をしたらそれ以上とも言われているあの“術式”の魔女が作ったとされる一品だ。


 彼女の作品を集める好事家がそれを知ればどれほどの金額を積むのか分からない。それ以上にその機能で国が売買を許さない。現に今も所有者は少女になっているが、実際は王国の管理下に置かれている。売買などもっての外だ。しようと企むだけで頭と体が永遠にお別れすることになる。


「それにこんなひわいなぼうを拭くぐらいならこっちをみがきたい」


 また欠伸をしながらコロネは自分の左腕に触れる。


 ゴツゴツとした……別名凶悪な形をした義腕だ。まだコロネが幼く小さいために義腕の方が大きく見えるが、年相応に成長すれば丁度良い大きさになると思われる。それは本当に少女の為に作られたモノだと感じさせる。

 そしてその大きさから普段振り回される左腕を何処か嫌っていたコロネであったが、最近は前の様子が嘘のように愛しんでいる。


「前は面倒と言ってたのに」


 普段口数の少ないスズネだが、コロネの前では比較的よく喋る。


 周りに齢の近い者が彼女だけと言うのもあるが、スズネはある一定の水準でコロネのことを信用している。本当にある一定の水準でだ。ギリギリの淵だ。また何か先輩風でも吹かせてきたらあっという間に割ってしまう程度でだ。


「だってみぞが多いし」


 彼女の義腕、その正式名称は『ヨロイオオムカデ』だ。

 あの昆虫であるムカデを腕にした感じであるため溝は多い。その為掃除が面倒ではある。


「水かけて自然乾燥でしょ」

「それはさいしゅう手段」


 前まではそれで済ませていたのにいつの間にかに最終手段になったらしい。


 半ば相手の心変わりに呆れつつスズネは小さくため息を吐いた。


 サムライとして大陸の西部で暮らしていたスズネからすれば、確かに“こちら”の人たちとものの考え方が違うのだろうと思う時がある。だから余計なことを言って恥をかかないように口数を減らしている。


 そして目の前で自分の義腕に頬ずりしている少女はその逆を行く。良く喋り多くの恥をかく。

 反面教師としては万能なので、このまま全力で未開の地に踏み込んでいって欲しいとスズネは常に願っている。


「せっかくご主人からもらったものだしね」

「こんな物なら食い物を寄こせと言ってたくせに」

「あのときはね!」


 大きな声を出しコロネは顔を真っ赤にして相手の言葉を打ち消した。


 だって……仕方がない。相手はこの国の元王子だ。そして現在は上級貴族だ。貴族なんて悪だくみをして生きている人間ばかりだ。だからきっと自分が生かされたのもまた暗殺の道具として、この高価すぎる魔道具も暗殺が成功するための道具として……そう考えると怖かった。毎日が怖かった。いつかまたあの怖い場所に行くことになって暗殺をさせられるのかと思うと怖かった。


 でも今は大丈夫だ。だってあの人は約束してくれた。暗殺はしなくて良いと、させないと。


 貴族の口約束など信用してはいけないとコロネだって知っている。

 でも、それでもだ。あの当主は約束をしたら絶対に守る。守る努力をする。下手をしたら約束以上の何かをする。そう言われているのだから。


 だから自分のようなちっぽけな少女との約束を反故にするとは思えない。何よりこの屋敷は自分よりも強い者が多い。そんな中で自分が暗殺を強要されるとは思えない。

 だったらこの屋敷を仕切っているメイド長見習いと呼ばれているポーラが出向けば良い。彼女は何かあれば相手の屋敷に出向いて行って、言葉を拳に乗せて円満解決して来るのだ。


 うん。大丈夫。自分にはそんなことは絶対に無理だからこれ以上の無理はないはずだ。


 それがコロネの安心となった。安心したら優しい主人がとてもいい人に見えてきた。自分の背格好もそうだが、夜の主人は底なしだと先輩のポーラが言っていた。何でも想像を絶する責め苦をして喜ぶ人らしい。そして何よりあれが大きくコロネ程度では裂けて再起不能だとも言われた。


 うん。無理。色々と無理。


 主人のことは大好きだけどそれ以上は望まないことをコロネは固く自分に誓った。なら自分は主人が楽しんでもらえる道化のようなメイドになろうと決めた。時折ポーラがそんな風に振る舞い主人が喜んでいるからきっとああいうのが好きなのだ。それが良い。愛人枠はポーラかスズネでお願いします。怖い。貴族の大きなあそこが怖い。


 ただあの主人は斜め上を行く無茶を言って来るから……それに対する覚悟は必要だ。


 まあそれは良い。


「スズネだって大剣をたいせつにしてるじゃないの」


 まずは後輩の言葉に対する反論だ。


 自分が貰った大切な義腕を慈しんで何が悪い? 自分はどうだ?


「それは」


 道具を大切にする。その考えにスズネとしては否定できない。何より自分が持って来た大刀は先祖代々伝わるモノの1つだ。父親が使うには余りにも重いから自分が引き継いだだけのことだ。


 でも、それでも、幼い頃から一緒に居たカタナに対する愛着は人一倍に強い。


「大切なものだから」


 そう大切なのだ。


 自分の心の中でその言葉を噛みしめるスズネは静かに目を閉じた。


「だよね~。でも夜な夜なまたにはさんで『ぽ~らさま~』とかいうのはやめた方が良いとおもうけど?」

「っ!」


 相手の声にスズネは凍り付いた。


 何故それを知っている? ちゃんと寝静まったのを確認して……


「わたしってねるマネ上手だからだまされた?」


 ケラケラと笑う相手にスズネの目が座る。


 これはあれだ。これを生かしておいてはいけない類のあれだ。


 手にしていた箒を構え相手を正面に捕らえる。


 大丈夫。一撃で屠って屋敷の裏にある生ゴミ処理場……ただの縦穴に落とせばバレない。上から土をかけておけば万事解決だ。問題無い。


「殺してしまえば大丈夫」

「何がかなっ!」


 半眼で恐ろしいことを言っている同僚にコロネは震えた。


 ちょっとした冗談だったんだけど? 自分は我慢しているようだけど、意外と声が外にこぼれているから気を付けようという意味だったんだけど?


 相手にはその真意が通じないらしい。


 うん。ダメだ。目が本気だ。


「死ね」

「うみょ~ん!」


 箒が凶器となりコロネを襲う。


 それを寸前で回避したコロネは全力でその場から逃げ出した。



 今日もドラグナイト邸は平和である。




~あとがき~


 何となくコロネとスズネを書きたくなっただけ。

 で、今章はこの手の馬鹿話メインなので別枠扱いとしてません。


 コロネが道化に走った理由はそんな感じです。まあこの子としては自分の性格に一番適していると判断しての路線変更ですけどね。だから生き生きとしているでしょ?


 斬馬刀を操るスズネは完全に剛の人で蛇腹義腕を扱うコロネは柔の人です。案外2人のバランスは取れているんですよね。

 これに万能型のポーラと遠距離のユリアが加わって…始末に負えんな。まったく。



 コンテストの方は最終選考でまた落ちました。それなのでまたしばらくは通常ペースで投稿して行けると思います。リアルが多忙にならなければだけどw


 ん~。逆に長すぎるから書籍化とか難しいのかな? 書籍化用の一巻を投稿するのもありかな? 問題は頭の中で完璧に構想は練れていても書いている時間が無いことぐらいかな?

 人はそれを致命的とも言うw




© 2024 甲斐八雲

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