残り少ない命を人はどう使う?
『残り少ない命を人はどう使う?』
「なんか違うわね」
自分の思考を放棄し、テーブルに肘を置いて頬杖をするそれは軽く息を吐いた。
人の死を見て来たのは数えきれないほどだ。
ある時は敵対した勢力だったり、ある時は自分の味方だったり……場合によってはただの傍観者としてその現場を眺めていたりもした。
過去から数えて人の死とは常に自分の傍に居て、伴侶のような存在とも言える。
「こんな感じかしら?」
軽く笑いそれはゆっくりと腰かけていた椅子から立ち上がる。
今回はあまり手を貸す気は無かった。
前々からどうもあれに気を許しすぎている気がしていた。
確かに同郷の……それも同じ地球の日本出身だ。話も合うし楽しめる。
だが今回の敵は“彼女”なのだ。
何度となく殺し合った仲だ。
どれほど強いのかは……強いという概念の外側に居る存在だ。
魔法の祖であり、この世界の“魔の法”の構築者である。
「今のままだとガチで負けるのよね」
分かり切ったことだ。相手の強さを一番知るのは自分だ。
ゆっくりと歩き部屋を出る。
反対側から来た“自分”に気づいて軽く右腕を動かし肘を曲げて手を上げる。相手も同じ動作をし、通り抜けざまに互いに手をぶつけ軽く叩く。
それで十分だ。向こうの自分からの記憶がフィードバックして情報が書き換えられる。
「あら? 魔眼の中は膠着状態?」
「そっちの方が楽しそうだったわね?」
「どうかしら? 今はあの馬鹿たちと来たら荒野で乳繰り合ってるわよ?」
「いつものことでしょう?」
「確かにね」
互いに笑い合って受け持つ場所を入れ替わる。
見るモノの多い状況だからこその対処だ。
面白い複数の番組をリアルタイムで全てみたいのであればどうすれば良い?
答えは簡単だ。自分が番組分だけ分裂すれば良い。
そんな夢物語をしてしまう存在が彼女だ。
「ねえ麻衣」
「何よ?」
自分からの問いかけに足を止めて肩越しに振り返る。
「この神聖国ってもしかして?」
「どうかしらね」
ただ該当する場所は多い。
「可能性はゼロではないけれど」
「でもあれの受け持ちは基本北だったでしょう?」
「でも最終的には……ね」
「まあね」
互いに苦笑し合いその存在は別れを告げて次へと移る。
相手が自分なこともあって一か所に留まっているのが苦手なのだ。
こうして時折入れ替わることで気晴らしを兼ねている。
何より今の宿主は本当に面白い。
この世界に来て……結構長いこと色々な人物に色々な物を見せて貰ったが、取り分けこの夫婦と夫婦を取り巻く仲間たちは想像の斜め上を行く面白さだ。
故にこうして分裂してまで全てをリアルタイムで見る必要が生じる。
「おかげでどこぞのお姉さまは常に魔力を奪われてお腹が空いてしまうのだけどね」
それに関しては悪いことをしている自覚はある。
自分の弟子が『姉』と慕っている存在からどれほどの魔力を強奪しているか……うん。世界屈指の魔力量って本当に助かる。
だからこの夫婦に手を貸すのは悪いことじゃない。ちょっとした魔力のお礼だ。
「あら? 居ない?」
魔眼の方は……普段1人以上の自分が居るはずだ。
しかしやって来たそれは無人の部屋に気づいて辺りを軽く見渡した。
誰も居ないのは珍しい。ゼロでは無いが珍しい。
「居た」
視線を巡らせれば自分が居た。
魔眼の中で……何をしているのだ自分よ? 思わずセルフでツッコミを入れたくなった。
そのスライムと言うか、某ゲームの地面から手が出ているようなハンドは魔女に融かされた巨乳2人だろう? 何故それの回復を早めている? 新しい遊びか?
「決めた。これは見ないと」
自分を含めて本当に何が起こるか分からない場所だ。
故に毎日が楽しい。
嫌な過去などを一時的に忘れられて……少なくとも笑っては居られる。
「どうして胸だけの修復を急ぐの? ヤバい。自分なのに行動が読めない」
楽しそうにしている自分を見るのも悪くはない。どうせそう長くはない夢だ。
『残り少ない命を人はどう使う?』
少なくとも自分なら笑って過ごしたい。
最後の最後まで……そうありたい。
~あとがき~
普段の刻印さんの様子でした。
実は前々から『刻印さん複数人説』が存在していました。
リアルタイムであっちこっちに姿を現すので。
その答えがこれです。
実際に複数人居ます。だってリアルタイムで全て見たいじゃないですか!
その夢を叶えるための分裂ですw
© 2022 甲斐八雲
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