痛いのは最初だけだって
神聖国・アブラミの街南の壁
「あの~。アルグスタ様?」
「気にするな次元」
「じげん?」
ロープの準備をしている僕にアテナさんが小さく首を傾げた。
本当に気にしないで。泥棒っぽいことをしていると言いたくなるフレーズなだけです。
で、こんな時に限ってウチの妹様は居ないしね。
現在僕らの前には街の南に置かれている石壁が立ちはだかっている。
このアブラミの街の壁は変な形をしているのです。
北側には低い石壁が置かれ、南に向かうにつれてその壁が高くなる。
東西から見れば南から北へ斜めな感じで壁が存在している様子かな?
「どうしてここの壁はこんなに高いの?」
「えっ? はい。この壁が高いのはここから先が神聖国のある意味本当の領土となるので、その領土を守るために高くしてあると聞いています」
「ふ~ん」
なるほどなるほど。
つまりこのアブラミの街は神聖国の一部であって領土ではないって解釈なのかな?
「それでアルグスタ様」
「ほい?」
呼ばれて視線を向けると、街娘風のアテナさんが困った感じで壁を叩いていた。
「南門の開錠は門の中で一番遅くてお昼頃にならないと」
「だろうね」
本国の守護に存在する壁を一番最初に開くとは考えられないしね。
「だから一度、門を守護している兵隊さんたちの所へ行って」
「折角逃げ出したのに居場所を伝えるようなことをしたらご両親が悲しむよ?」
「……」
僕の言葉に彼女は顔を俯かせる。
分かっている。この世界の人は見た目よりもずっと大人の場合が多い。彼女もその1人だ。
けれど年相応の思考と言うか甘えだって残っている。たぶん両親のことを心配しているのだろう。
自分たちが囮になって僕らが逃げる時間を作ってくれた人たちだ……違うか。
「僕らは戦争回避のためにどうしても中央の女王様の所へ行かないといけない」
「……はい」
「それを望んでいるのは君の両親だ」
「……はい」
彼女の返事が重い。
そしてこんな時ばかりは、僕の迷わず嘘が言える精神の図太さに感謝だな。
事実は告げられない。もっと早くに手紙の隅々まで内容を確認しておくべきでした。
いくら他人に見られたくないからって普通封筒の内側に書くか?
気づかなかったら、ポーラが居たら、今頃灰になってたよ。
封筒の謎に気づいたノイエはずっと壁の上を見ている。視線を上げてずっと見ている。
「ノイエ」
「はい」
「何が見えるの?」
「……」
アホ毛を揺らして考え込まない。実はただフリーズしていただけか?
「今夜は鳥肉」
「入手できたらね」
「はい」
お嫁さんからのリクエストは聞いたので……そろそろ時間切れだな。
「ポーラなら後から来るだろうから、まずこの壁を越えよう」
「宜しいのでしょうか?」
「平気平気。ウチの妹様はその気になれば空も飛びます」
「はぁ」
いい加減な返事のせいかアテナさんも気の抜けた返事を寄こす。
ただ本当にポーラは空を飛べる。
箒に跨って……いつも受け流していたけどあれって結構なチートだよな。
「そんな訳でノイエさん」
「はい」
「このロープの端を持ってこの壁の天辺に移動してください」
「はい」
「それでまずアテナさんを吊り上げてから僕を吊り上げて……聞いてる?」
「……」
長文過ぎたらしくノイエがアホ毛で耳を塞いでいる。
もう少し頑張ろうとする意思はありませんか? 無い? ならば仕方ない。
出来たらキスしてあげるから、僕らをあの上に運んでください。
「2人をあそこに運べば良い?」
「まーね」
だからこうしてロープを……ノイエさん?
何故かお嫁さんがロープの端を持ってアテナさんをロックオンした。
「あの……ノイエ様?」
「大丈夫」
「何がでしょうか?」
ピシッと両手でロープを引っ張り音を鳴らせ、ノイエがアテナさんを壁際に追い詰める。
救いを求めてくる彼女の視線に僕は何も応えられない。
何故ならば心の奥底から訴えかけて来るんだ。『泳がせろ』と。その声には逆らえないよ。
「お姉ちゃんが言ってた」
「ノイエ様?」
僕からの救援が無いと悟ったアテナさんが自力での解決を模索する。
「痛いのは最初だけだって」
「ノイエ様っ!」
「私……もうお嫁に行けません」
「あ~。うん。大丈夫。きっとそれぐらいならね。うん」
「本当ですか? どうして横を向くのですか?」
だって現在進行形で亀甲縛りされた女性に詰め寄られるのは……笑いをこらえるので限界です。
元凶たるノイエは壁の天辺に座って両足をプラプラさせている。
君のその天然なのか暴走なのか良く分からない部分に驚かされる夫が変態染みた格好をした美人に詰め寄られているよ? 大丈夫?
シクシクと泣いているアテナさんの背中に回り、仕方なく縄を解いてあげようとするが、何故かノイエがやって来て邪魔をする。
「また運ぶからそのまま」
「ノイエさん?」
「ん?」
僕の視線に彼女は首を傾げた。
「昔に習った」
「ほほう」
「荷物は縄で縛って運ぶもの」
「まあ間違ってはいない」
「それにお姉ちゃんが言ってた」
誰だ?
「女性はこう縛ると喜ぶって」
「後で犯人見つけるから誰に教わったか言いなさい」
「髪の長い人」
誰よ? ホリーか? あれは青いお姉ちゃんだな。
何気にノイエの姉たちって長髪の人が多いから、その特徴だと限定しにくいんですけど?
「そのお姉ちゃんはどんな人?」
「優しい」
「うん」
「みんなと仲良くなれる」
「うんうん」
「大人になったら教えてくれる」
「何を?」
「……分からない」
フルフルとアホ毛を震わせノイエがまた壁の天辺に腰を下ろすと座り込んだ。
今の情報から……非戦闘系の人物かな? 優しそうな人で限定すると……そんな人ってノイエの姉たちに居るの? 基本あの中ってスパルタ国のスパルタ人でしょ?
しいてあげればセシリーンが該当か? けど彼女は歌の人だ。セシリーン以外で優しい人はアイルローゼか? だから赤い人だな。
ふむ。分からん。
「おーい。誰か出て来れる?」
分からないのであれば声をかければ良い。
壁の天辺に座り足をプラプラと揺らさているノイエが僕の声に反応してこっちを見る。
けれど色は変わらない。無反応なままで無表情な顔を向けるのみだ。
と、立ち上がって僕の首に腕を回してキスして来た。
「ノイエ?」
「運んだ」
「そうだね」
「……もう一回」
「まだ満足して無いの?」
「違う」
クルンとアホ毛を回してノイエが顔を近づいてきた。
「したいだけ」
「我が儘な」
でもノイエが可愛いから何度でも許しちゃうんだけどね。
《ノイエからキスを強請るなんて……》
魔眼で暮らすようになり結構な時間をカミーラ対策に費やしていた。
その間に可愛い妹は綺麗な女性となって男の味を知る年頃になっていたのだ。
《何よりあのノイエがまだあの約束を覚えているだなんて》
クスクスと言う笑い声にまだ集中していなかったグローディアは肩越しに振り返る。
無造作に切られた髪の毛が勿体ないが、それでも美の化身のような人物が腰かけ手鏡を見つめ笑う姿は本当に一枚の絵になる。
「あの子ったら……昔の約束を覚えているのね。今度教えてあげなくちゃ」
何故かマニカは幸せそうに手鏡に向かい微笑みかけていた。
~あとがき~
ノイエから見てマニカは長い髪の優しいお姉ちゃんです。
何故そうな風な認識になったのかは…何処かで語られるでしょう。作者が忘れなければw
そして亀甲縛りにされるアテナさんって…
© 2022 甲斐八雲
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