まさかの大正解だよ!

 神聖国・アブラミ領主屋敷



「自分が中央に居た頃は、時の両宰相も大変真面目に仕事に勤しんでいましたので」

「陛下の裸を見たくて頑張っていたと?」

「……人間も馬も餌を下げられれば全力で走るものです」


 遠くを見るな。お前が言っていることは恥じるべきことだぞ?


「まあそれで部下が頑張るなら安いものか……安いのか?」

「決して安くなどない! 私があの場に出れるようになるまでどれほどの努力を積み重ねたか!」

「……」


 太ったオッサンに火が点いた。


「常に学び、寝る間も惜しんで仕事をし、私は陛下に謁見できる機会を得られるようになったのです。それからも大変でした。自分の地位を奪われないように努力し続けて!」


 圧が凄い。変態の圧が凄い。


「私の陛下に対する忠誠の厚さはあの頃から何一つ変わらずっ!」

「お客人に失礼でしょう」


 不意にやって来たご夫人が猛オッサンの後頭部を殴り飛ばした。

 殴ったで良いのか? 放たれた掌底は……殴ったで良いのかな?


 それにしても中々腰の入った一撃だ。

 一瞬オッサンの頭が吹き飛びそうな動きを見せたよ。大丈夫か?


「おほほ。失礼を」

「あっはい」


 ご夫人の圧に思わず頷いてしまった。ところでこの人は誰だ?


「初めてお目にかかります。私はそこで伸びている夫の妻でキキリと申します」

「これは丁寧に。自分はユニバンス王国に属する貴族、ドラグナイト家の当主アルグスタと申します」


 自己紹介としては間違っていない。ただ深く語っていないだけだ。


「ただの貴族家ですか?」

「厄介ごとが嫌いなんです」

「そうですか」


 たぶん僕の正体を知っているご夫人は受け流し、まだ伸びている夫の首根っこを掴むと強制的に立たせた。

 太っているオッサンをまさかの片腕でぶら下げただと? 確かにこのご夫人も旦那さんに負けないほどガッシリ体形……嘘はいけないな。ぶっちゃけお肉だ。お肉の塊だ。神聖国は太っている人が多い国なのか?


「お客様の前ですよ」

「ふごっ!」


 お夫人の開いている手が動くと夫であるオッサンが目を覚ました。

 今の下から突き上げる手の動きは何だ? まさかピンポイントで下の穴を狙ったのか? こわっ!


「おふう……客人の前で何をする?」

「貴方が陛下の話で盛り上がるのが悪いのです」


 プリプリと怒ったお肉……ご夫人が拗ねて見せる。うん。形容しがたい姿だな。


「お肉おかわり」


 ノイエさん。何を見てその言葉を発したのかは今は聞かないでおこう。


「おほほ。良く食べるご夫人ですね」

「はい。どんなに食べても太りませんが」

「それだとこの国ではモテそうにはありませんね」


 ウインクを飛ばしてくるご夫人には悪いが、一重の細目でウインクされても瞬きなのか区別がつきません。


「太っている方がモテるのですか?」

「ええ。肥えた女性は富の証拠ですので」

「……へ~」


 何も言えない。踏み込んじゃいけない。決して踏み越えてはいけない境界線が目の前に!


「でしたらご夫人はさぞモテたに違いませんね」


 世辞である。世辞でしかない。


「おほほ。私も若い頃は全然モテなくてモテなくて」

「またまた~」


 気を良くしたらしいご夫人がオッサンの横に座った。

 二人並んで座っただけのはずなのに三人分の面積を占領している。


「私も若い頃は貴方のご夫人のようにガリガリでしたので」

「……」


 助けて悪魔!


 援護射撃を求めて視線を向けたら悪魔は顔の前で指で『×』を作って笑うのを我慢していた。

 裏切り者め~! 後で絶対シュシュの恥ずかしい映像を見せてもらうからな!


「ではその頃に旦那さんと出会って?」

「ええ。お恥ずかしい」


 恥じらいなのかご夫人が隣に座る夫の背中を殴り飛ばす。

 軽く椅子から浮き上がり、机にぶつかりオッサンは床へと転がり落ちた。


 机が無事なのは料理を死守したノイエのおかげだ。絶妙な感じで机に手を置いて動くのを制していた。

 おかげでオッサンは……ピクピクと動いているから大丈夫だろう。


「ガリガリで全く声をかけて貰えなかった私に求愛してくれたのが彼だけでした」

「へ、へ~」

「お恥ずかしいですわ」


 また片腕で旦那の首根っこを掴んで彼女は持ち上げる。


 ガリガリだったと? どこをどう見ても外国の女性横綱にしか見えないですよ? あくまで過去はそうだと主張するのですね?

 ならば僕も受け入れましょう。多少のボケには動じない男……それがアルグスタと言う人物だ。


「ならご夫人も過去に中央で?」

「ええ」


 細目が笑うと目が消えるんだな。


「これでも女王陛下の傍で護衛をしていました」

「へ、へ~」

「こう見えても歴代でも最強と呼ばれていたのですよ」

「へ~」


 さあポーラよ。君の好きな最強の人材だよ? さあ挑むが良い。


 こっちに背を向けてしゃがんで震えて何をしている? 笑っているのか? 僕を差し置いて笑うだなんて酷い裏切り行為だぞ!


「最強とは剣術の類ですか?」

「いいえ違います」

「なら魔法?」

「いいえ。陛下の傍では魔法は使えませんので」

「なら?」


 何故かご夫人は恥ずかしそうに赤くなる。


「ご存じないかと思いますが、神聖国に伝わる古い武術でして」

「……」

「スモウと呼ばれているものです」


 まさかの大正解だよ! 横綱かっ!




 ユニバンス王国・王都王城内



「スィークが……どうして行ったの?」

「日記を読み返したのでは?」

「もう忘れたわよ。エクレアはスィークの暴れる場面が大好きだし」

「では仕方ありませんね」


 まんざらでもない様子で初代メイド長が胸に抱いている幼子を見る。

『あ~』と声を上げて両手をわさわさと動かしている乳飲み子は……とにかく元気だ。


「先々代……あの種馬王の前の国王が若かりし頃にわたくしにこう申したのです。

『スィークよ。今のお前にはこの国は狭すぎる。だから少しの間世界を見て来ると良い。お願いだから見に行くと良い。気にせず全力で見に行くと良い。頼むから見に行ってくれ』と毎日懇願して来たのです」

「流石スィークね」


 何故か喜んでいるラインリアの様子にフレアは努めて無表情無感情で待機に徹する。自分は置物だとそう言い聞かせて。


「ですからわたくしは大陸を左回りに一周する旅に出ました。そして最後に立ち寄ったのが神聖国です」

「そうなのね」


『そろそろエクレアを』と手を伸ばしてくるラインリアからスィークは抱えている存在を遠ざける。

 もう少し抱いていたい気分だから邪魔はさせない。邪魔など許さない。


「あの国はこの大陸でも珍しい女王が支配する国です」

「うわ~。ユニバンスみたいな国が他にもあるのね?」

「はて? この国の王は貴方の息子のはずですが?」

「シュニットは宰相でしょう? この国の王様は私的にはノイエかな~」

「言い得て妙ですね」


『返せ』と手を伸ばしてくるラインリアからエクレアを守りながらスィークは会話を続ける。


「ですがあの国は本当に女王が支配している国です」

「へ~」

「1人の女がその魅力だけで男たちを従えて……ある一定期間は上手く国政が回るのですが、どうしても不安定な時期が到来する弱みを持っています」

「何で?」

「女は老いるのです」

「当り前よね~」


 飛び掛かって来るラインリアを回避しスィークは相手に攻撃を繰り出す。

 その全てが必殺の一撃となって前王妃に襲い掛かるが、ラインリアは残像を残すほどの動きで回避する。


 ただのじゃれ合いでユニバンス最強決定戦な内容を見せる2人を、フレアはため息を吐いて動いた。

 メイド服のスカートから『影』と呼んでいる魔道具が姿を現し暴れる2人を拘束する。ついでに両腕で我が子を回収すると優しく抱きしめた。


「エクレアがぐずると大変なので暴れないでください」

「フレア~。エクレアを返して~」

「……暴れないと言うのでしたら」

「約束するわよ~」


 子供のように駄々を捏ねるラインリアに呆れながら、フレアは魔道具の拘束を解いて我が子を手渡す。

 先に自力で脱出していたスィークは椅子に腰かけのんびりと窓の外に目を向けていた。


「今の神聖国が暗黒期と呼ばれる時期だとしたら……アルグスタたちも苦労するでしょうね」




~あとがき~


 アルグスタたちが聞いている話は十数年前の話です。

 ユニバンスで語られているのは数十年前の話です。


 スィークが旅に出た理由は…その頃にも色々とあったのでしょうw




© 2022 甲斐八雲

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