普段からあんな感じなのか?

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「お早うございます。ハーフレン様」

「おう」


 朝から書類の山に沈んでいたクレアはフラッと姿を現した近衛団長に対し、猫背気味で背もたれに預けていた背中を伸ばした。

 相手は王弟だ。現時点で現王に何か不幸があれば次の王となることが決まっている人物だ。そんな人物が城の中とは言え供も連れずに歩いて来るのは正直勘弁して欲しい。心臓に悪い。


 だがそんな細かいことなど気にしないハーフレンは、室内を見渡しながら入って来る。


「アルグの馬鹿は?」

「アルグスタ様でしたら……」


 問われてクレアの視線が横に泳ぐ。その様子からハーフレンは納得した。


「逃げたか?」

「逃げたのではなくて……」


 ますます横へと泳いでいくクレアの視線にハーフレンは全てを察した。


「来てないのか?」

「……はい」


 事実なだけに言い訳は出来ない。クレアは素直に頷いた。


 呆れたように腕を組んで、ハーフレンは深いため息を吐きだす。

 昨日あれほどのことをしておいてその翌日に逃げ出せる弟の精神は尊敬に値する。


「一応陛下の呼び出しなんだがな。あの馬鹿なことだ……聞いてないからとか、知らなかったとか平然と言うだろうな」

「ええっと……急いで呼んで来ましょうか?」


 今にも泣き出しそうな表情を見せる相手にハーフレンは穏やかに笑いかける。


「構わんだろう。怒られるのはあの馬鹿だしな」


 どこかホッとした様子を見せる相手に『姉とは大違いだな~』とハーフレンは頭を掻きながらそう思い、気持ちを入れ替えた。


 折角あの馬鹿が話し合いの時間を提供してくれたのだ。この時間を無駄にすることは出来ない。

 出来る限りブルーグ家には王家寄りの人材を置けるようにしながら、今後のこととこれからのことを細かく決めておく必要がある。

 で、今回の騒動は……まあ弟に丸投げで問題あるまい。来ていないのが悪いのだから。


 そう結論を出し、ハーフレンは軽くクレアに手を振って部屋を出た。


「陛下は?」

「はい。私室にてお待ちですが」


 廊下を歩くハーフレンの横に、音も立てずにメイドがやって来る。


「アルグの馬鹿が逃げた。という風に陛下に伝え、今後のことを細かく話したいとも告げてくれ」

「畏まりました」


 密偵の1人でもあるメイドを先に走らせ、ハーフレンは自分の執務室へと急ぐ。

 部屋の中ではいつものように主だった3人が書類の山に埋もれていた。


「こっちは本当に書類が減らんな」

「それは長たる人物がフラフラと出歩いてしまうからでは無いでしょうか?」

「そうか? アルグの所はクレア1人で回しているぞ? あの馬鹿は今日ものんきに逃走中だしな」


 部下の皮肉に皮肉を返し、ハーフレンは自分の机の上から必要となりそうな資料を搔き集めた。


「団長様」

「何だ?」


 分厚く纏められた書類を掴んで振って見せる騎士にハーフレンは嫌そうな顔を向ける。

 主の気持ちを簡単に受け流し、部下であるビルグモールは口を開いた。


「西で活動している部下たちの今後は?」

「……数を半数にし、活動は情報収集に移行」

「刃は?」


 隠語で問うてくる部下にハーフレンは表情を変えずに命じる。


「それは全て撤収させろ。ただし部隊長にはブルーグ家が隠し持っていた魔道具の類の調査を命じる。特に異世界からドラゴンを呼び出すような魔道具は本当に厄介だ。徹底的に……最悪、怪しい道具の類は全て盗み出して王都に送りつけろ」

「それだとブルーグ家の生き残りから苦情が来ますが?」

「構わん。苦情の処理よりも魔道具の処理の方が最優先だ」

「畏まりました」


 書類の束をハーフレンの机に置き、ビルグモールは仕事へと戻る。

 一応置かれた書類の表紙に目を向けたハーフレンは、そこに大陸西部で有名な国名が書かれていることに気づいた。


《神聖国か……どうしてブルーグ家が女王が支配する国との貿易を?》


 興味は湧いたが時間がそれを許さない。


「陛下の元へ行く。緊急以外は適当に対処しておけ」

「なら緊急の場合は?」

「決まっている」


 書類を抱え部屋を出るために足を動かしていたハーフレンは、その問いに笑顔で答えた。


「慎重に対処しておけ」


 つまり部下へ丸投げと言うことだった。




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様?」


 ゆさゆさとノイエが僕の肩に手を置いて揺すって来る。


 ごめんノイエさん。今日の僕は完全に出涸らしです。

 体力も気力もあっちもそっちも……全て発情したファナッテに吸い尽くされました。


 何なのあの子? 実は毒魔法で脳内麻薬とか決め込んでいるの? 止まらないんだけど? ノイエとかホリーとかレニーラとかと同レベルで底なしなんだけど?


 怖い……ノイエの姉たちが怖い。


 ただミジュリが居ないとファナッテは良く笑う良い子である。

 きっと本来は元気で明るくて良い子だったんだろうな。


 スベスベのノイエの太ももに顔を押し付けて息を吸う。


 だからどうして女性ってばこんなにも良い匂いがするのでしょうか? これがフェロモンか? 男を引き寄せる何かしらの何かなのか?


「アルグ様?」

「ノイエ」

「はい」

「しばらくこのままで」

「はい」


 優しくノイエが背中を撫でてくれる。


 落ち着いて考えると本当にノイエってば凄いよな。

 今朝も徹夜で仕事に行ってドラゴン退治をして戻って来た。


 ただしファナッテも同じで、徹夜で跨り日中跨り、ノイエの帰宅と入れ替わるようにして魔眼に戻った。

 これはこれで脅威である。


「ねえノイエ」

「はい」


 コロンと体を入れ替えて顔を天井へと向ける。


 うむ。ノイエの胸越しに見る天井は悪くない。悪くないぞ。


「もしノイエが笑えるようになるとしたら……そのことで犠牲が必要だとしたらどうする?」

「要らない」


 即答だけど主語が無い。


「何が?」

「……消えるのは嫌。なら要らない」

「そっか」


 手を伸ばしてノイエの頭を優しく撫でる。

 目を閉じてノイエはされるがままだ。本当に僕のことを信じてくれている。


「なら僕が犠牲を必要としない方法を見つけるしか無いわけだな」

「はい」

「……簡単に言ってくれますね?」

「大丈夫。アルグ様なら出来る」

「そっか」


 ここまでお嫁さんに信じられているのは名誉なことだ。

 ならば後は全力でその期待に応えれば良いのだ。簡単なことだ。


「で、ノイエさん」

「なに?」

「どうして貴女の右手が僕のズボンに伸びているのかな?」

「……邪魔だから?」

「邪魔じゃないよね? 今から寝るんだよね?」

「はい。でも夜は長い」

「長かったら何をするの? 言葉で表さずに行動で示してきたかっ!」


 ノイエの両手が僕のズボンを脱がそうとする。だが必死に抵抗だ。


 ちょっと待てノイエさん。だからってズボンを引き裂こうとするのはズルいと思う。何より胸を顔に押し付けて来るのは卑怯だ。そんなにグイグイと……息が出来ない。


「取った」


 ノイエが戦利品を右手で掴んで高々と掲げる。

 だからズボンと一緒に下着までも奪い取るとか酷いと思います。


「する」

「だからもう無理だって!」

「どうして?」

「ノイエも見てたよね? ファナッテがずっと繋がって……ずっとだよずっと!」


 ずっとは言い過ぎだ。そんな暴挙をしたのはレニーラだけだ。

 ファナッテはちゃんと休憩を挟んだ。挟みはしたがそれはあくまで自分の休憩だ。僕に対しての優しさは大変希薄だったと言いたい。


「大丈夫」


 だが我が家のお嫁さんは無意味なまでに胸を張った。


「その心は?」

「はい。アルグ様は強い子」

「子ども扱いするなら全力で……何処を掴んでいる!」

「握りやすい物」


 ちょっとノイエさん! だから今夜は本当に!




 結局ノイエに襲われた。


 でもノイエには優しさがある。

 1回だけで終わってくれたのがせめてもの救いだ。

 そうでなければ本当に死ぬから……死んじゃうから。




「ねえ? ファナッテ?」

「……」

「ちょっと私とお話しましょうね」


 魔女はそう言うと物言わぬファナッテの頭を掴んで引き摺って行く。

 戻ってきた瞬間に腐海を撃ち込むとは見ていたエウリンカですら思いもしなかった。


 半分トロッとしたファナッテを引きずって行く魔女の背を見送り、エウリンカは視線を動かした。


 死んでいる歌姫を枕に寝ているファシーとの会話は無理そうだ。

 ならばこちらも床の上でゴロリとしている殺人鬼に聞くしかない。


「魔女って……普段からあんな感じなのか?」

「概ね」

「そうか」


 今一度魔女が出て行った中枢の出入り口に目を向け、エウリンカはしみじみ呟いた。


「そうか……」




~あとがき~


 ハーフレンは休みなく仕事をしています。

 根っからの王家の人間なので、周りが休みを決めないと働き続けるのです。


 で、神聖国なる新しいフラグが。

 ようやくこの国が物語に出るのか…出すのか? 出して良い物なのか? 連載当初に比べコンプライアンス的な物のハードルが高くなってしまったぞ?


 アイルローゼは…まあ頑張れ。うん




© 2022 甲斐八雲

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