めいどどうはけわしいので
ユニバンス王国・王都内下町
「にいさま?」
窓の外ばかり見ていたらポーラが声をかけて来た。
沈黙している僕を心配しての声だと分かる。
「ごめん。怒ってるわけじゃないんだけど……ちょっと考えてる」
「はい」
この辺は地面が悪いので馬車がガタガタと揺れる。
我が家のナガトは僕以外の……特に女性には優しい馬なので、ポーラを気遣って荒れた道は避けて通る。それでも揺れる。
グラグラと揺れる動きに身を任せて窓の外を眺め続ける。
暗殺者の少女はミネルバさんが今も色々と手配している。まず主治医のキルイーツのオッサンにも話を通さないとだし、動かせるようになったら叔母様の所へ連れて行くことも決まっている。
何より元暗殺者だから色々と厄介らしい。
それでもどうにかするのがユニバンスのメイドだ。
『先生は腕が無いぐらいで見捨てたりしません。その不利を苦ともしない人材が好きなので』と叔母様の弟子であったミネルバさんがそう言っていた。ならたぶん引き受けてはくれるだろう。
問題は右腕だ。
「馬鹿賢者?」
何んとなく声をかけてみた。出てきたら儲けものくらいで。
「……何よ? 2番目以降なら何かの手柄でも上げてからに」
「じゃなくて」
まだ1番を見ていないのに2番目を求めたりはしない。見たら終わりな気もするが。
「あの少女の腕ってどうにかならない?」
不可能を可能にするならコイツしかいない。
問題は厄介ごとが舞い込むぐらいだ。それぐらいなら今回は大人しく飲もう。
「つまり義手? 義腕もか」
「うん」
窓の外から内へと目を向けると、ポーラの姿をした悪魔が足を組んでいた。
「出来なくは無いわよ。こう見えて私ってば天才だから」
「ならお願いします」
「ただし」
普段絶対にポーラが見せないであろう表情を悪魔が浮かべていた。
「偽善者気取り? 反吐が出るんですけど?」
金色の模様を浮かべ……蔑むような冷たい目と表情だった。
「まあそう見えるよね」
苦笑して僕は天井を見上げる。
これだったら我が家の馬車で来れば良かった。あれならゴロンと横になれたのに……背もたれに背中を預けて天井を見上げるのが精いっぱいだ。
「僕は平和な日本に居たから、子供たちを戦わせるって言う行為は好きになれないのかもね」
「なら別に見捨てれば良い。簡単な事よ」
「うん。でももう無理だよ」
きっとそうしたら楽なんだろうな。
「どうして?」
「だって僕はポーラを、ポーラたちを救ってしまったからね」
そう。僕はもうそれをしてしまっているんだ。
「僕は運良く王子だったこの体を手に入れて権力を持っている。ノイエのお陰で財力も持っている。だから初めてポーラと出会った時に祝福なんて関係なく助けようと思った。現に助けた。でも今回あの子を見捨てるとしたらその理由は?」
「貴方の命を狙っていたわけだから理由としては十分でしょう?」
「だろうね。でも僕は直接あの子に狙われていない。その攻撃を僕は知らない」
「……そうね」
だからこそ線引きはしない。
「僕が知るあの子は右腕を失ってベッドで寝ている姿だ。助けるには十分な理由だと思う」
「……甘すぎるわよ」
「そうかな?」
「ええ。砂糖の山に練乳とあんこを乗せたフェイクかき氷ぐらいに甘いわ」
「もうそれってただの凶器だね。口の中が破壊されそうだ」
でもノイエだったらモフモフと食べていそうな気がする。チビ姫もか。
「頼むよ。腐っても『不可能は存在しない』と言われた三大魔女の1人なんでしょ?」
「腐ってもは余計よ。でもまあ……」
言って彼女が窓の外へと視線を向けた。
「感謝しなさいよね」
「誰に?」
「貴方が最初に救った存在によ」
クスクスと笑い魔女は自分の胸に手を当てる。
「変なところで良く似た兄妹ね。『何でも言うことを聞くから助けてください』ってとにかく喧しい弟子が居るのよ。挙句その兄は……見返りは?」
「先行投資で。お前の手伝いをするからさ」
「あら? それだと最悪ラスボス戦確定よ?」
「どうせ決まっているなら少しは恩でも売っておいた方が気が楽で良いや」
「物は言いようね」
言ってろ。たぶんラスボス戦は最初から確定している気がするから今更だろう?
「でもお馬鹿な兄妹の協力を今まで以上に得られるなら悪くないわね」
ポーラの姿をした偽者が優雅に足を組み替えた。
「それに私だって子供を武器にするのは好きじゃないのよ」
「素直じゃ無いのね」
「……無作為に拾い集めてきたら大変なことになるでしょう? 誰かは全て孤児院に預ければ良いと思っているかもしれないけど、孤児院に入れられることが幸せだとは限らないしね」
「へいへい。これだから年寄りは説教臭くて……」
「あん? 誰がババアですって?」
「ウチの可愛いポーラを支配している寄生虫のことかな」
「良く分かった。義腕のオプションを心待ちにしてなさい」
「ちょ!」
ポーラの目から模様が消える。
クルっと愛らしい表情と目をしたポーラが、僕の方を覗き込んでくると抱き着いて来た。
「にいさまっ!」
「うおっ」
「にいさま~」
スリスリとポーラが甘えて来た。
理由は……まあ何となく分かる。きっと嬉しかったのだろう。
「ポーラもお願いしてたんだね」
「はい」
満面の笑みでポーラが頷いた。
「うでがないと」
「そうだよね。辛いよな」
左腕一本だと生活とか大変そうだ。
「めいどどうはけわしいので」
想像の斜め上な言葉が?
「良しポーラ。やはり今夜は家族で集まってお話し合いをしようか?」
「どうしてですか?」
「それに気づけない時点で、ポーラは少し危険な水域に足を突っ込んでいるのです。本当にそろそろ本気で目を覚まして」
僕の必死の声にポーラさんは首を傾げるのみ。
ウチの妹がメイドを目指すのはもう許そう。だけど叔母様道を突き進むのは許しません。
許しちゃいけないんです。この国にあの人は2人も要らないのです。
「まだ?」
「まだよ」
「早く……」
離れた場所でうずうずとしているファナッテにセシリーンは息を吐く。
何気に魔力量が豊富なファナッテは外に出ることがそれほど苦では無いらしい。
問題はそれを快く思っていない存在が居ることだ。
「……」
呟くように怨嗟の声を上げているのはホリーだ。
ただ流石のホリーでも相手が悪すぎる。ファナッテの毒には近寄れず、そして攻撃も出来ない。ファナッテの身を包む毒のせいでホリーの髪も溶けてしまうのだ。
「なぁ~ん」
散歩から戻って来た猫が魔眼の中枢を見つめ、トコトコと歩いてファナッテの頭を撫でた。
良し良しと撫でると真っすぐ歩いて来て……ファシーは歌姫の太ももを枕にする。
「もう自然と撫でてるわね?」
「は、い」
「大丈夫なの?」
「加減が、難しい」
ファシーは自分の手を見る。
調整したが今日は少し失敗だ。触れた掌が熱せられたように赤くなっている。
「でも、これ、違う」
「何が?」
「触れて、ない」
凝縮した風魔法で膜を作って疑似的に頭を撫でているだけだ。だからファナッテも喜んでいない。
されるがままに撫でられてお終いだ。
「でも、頑張る」
「そうね。それでこそ私の自慢の娘よ」
抱き寄せてファシーの頭を撫でる。
と、セシリーンは複数の音を拾ってその体を震わせた。
「ホリー」
「……何よ」
硬い口調の歌姫に、ホリーはその目を相手に向けた。
「ファシーを連れて出ててくれる?」
「良いの?」
「ええ」
クスリと笑いセシリーンは娘の頬を撫でた。
「被害は最小限の方が良いから」
「そう。行くわよ猫」
「シャー」
「暴れるな。剥いて縛るわよ」
「シャー」
暴れる猫を抱え、ホリーはまだチャプチャプと音をさせている頭に手を当てながら中枢を出た。
「左に曲がって真っすぐで」
「そう」
歌姫の声に足を動かしホリーはそのまま中枢から離れる。
何も理解していないファナッテは軽く首を傾げ、そして……その身を震わせた。
ミジュリが戻って来たのだ。
「あのいけ好かない女は?」
「ウチの子が悪さをしたからちょっと躾に……直ぐに戻るわ」
「そう」
機嫌が悪そうに歩いて来たミジュリは壁に背中を預けて座り込む。
ガタガタと震えている存在には目を向けず……ミジュリはノイエの視界に目を向けた。
ノイエは今日の分のドラゴン退治が終わったのか帰り支度をしている。
と言ってもそんなに難しいことはしていない。鎧を脱いで服に着替えて……引き留める部下らしい人物の声に頷いてさっさと歩き出す。
必死に引き留めているが……意味は無さそうだ。引きずっている。部下が躓いて転んだが無視だ。
今の転び方はわざとらしかったからノイエのせいでは無いと気付き、ミジュリは視線を元に戻し戦慄した。
魔眼の中枢の出入り口にそれは居た。
魔女……アイルローゼだ。
~あとがき~
刻印さん的には拾うなら最後まで責任を持てと言いたいのですが…それを言うと過去の自分の行いが色々とオーバーラップするので言えなかったりします。
なので協力はします。材料費を持つなら今回は無償提供でしょうね。
魔眼の中では…魔女が中枢に戻ってきました。そしてミジュリたちと対峙するのです
© 2022 甲斐八雲
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