心の底は優しい人ですから
「なあ魔女」
「……何よ」
「物凄く痛いんだが?」
「気のせいよ」
「気のせいではなく……我慢する」
相手に肩を貸している。そのはずだ。
そう思いながらもエウリンカは極度の我慢を強いられていた。
肩を貸している相手は魔女……名をアイルローゼと言う。
間違いなく天才の部類である魔法使いだ。
彼女はまだ全身に回った毒のせいで自分の足で歩くことも難しい。
ちゃんと治療してからと……そう思うエウリンカの言葉を無視して魔女は魔眼の中枢に向かい歩き出したのだ。
厳密に言えば歩けず床を這おうとしてそれにも失敗し……泣きながら睨みつけて来たので、渋々エウリンカは肩を貸すことにした。
歩き出してしばらくすると、魔女は全身に力が入らないので自力で立つことも難しい。いくら肩を貸していてもフラフラとする魔女を立たせ続けることが難しいのだ。
故に魔女は唯一動かせる自分の手で掴める場所を求めた。掴んで少しでも踏ん張ろうと……見上げた根性だとエウリンカですら思った。
才能にあぐらをかかず、努力を忘れず頑張り続けたからこそ彼女が魔女へと至ったのだと気付かされる。ただ……そうただ一点だけは注意したい。
先ほどからやんわりと言っているのだが、相手の怒りを買う。
「魔女」
「何よ」
「胸を掴んで踏ん張るのは止めないか。胸が痛い」
「……私もよ」
返事にエウリンカは視線を動かした。
自分の胸を掴んでいる手とは逆の手が魔女の胸に置かれていた。
「この大きさがあれば」
「……何の話だ?」
時折この魔女は理解不能な言葉を使いだす。
「この大きさがあればノイエにも負けないのよ!」
「痛いから握らないでくれ。まだ君に貫かれた傷も完治していない」
「私の心の傷は永遠に治らないのよ!」
怒り狂う魔女にエウリンカはため息を吐く。
どうもこの魔女は自分の胸の小ささを恨んでいるようだ。こんなもの重いし邪魔なだけ気でエウリンカとしては取り外してしまいたいと思っている。
出来ないし、この魔眼の中では切り落としても復活をする。本当に厄介な存在だ。
「分からないでしょう? その胸があればノイエが甘えて来るのよ。『まくら~』と言いながらスリスリと甘えて来て、その様子を至近距離で見れるのよ!」
「あれは確かに可愛かったな……痛いんだが?」
潰れろとばかりに魔女がきつく握って来た。
魔剣で貫かれた胸から中身が絞り出てしまいそうで……エウリンカはただただ我慢する。
「それに彼だって喜ぶのよ」
「……分かった。深くは聞かない。好きなだけ愚痴を言ってくれ。頼むから傷口に指を入れるな」
激痛にエウリンカは『素直』を思い出し、相手の愚痴を聞き続ける覚悟を決めた。
「足が好きだとかお尻が良いとか言いながら、ノイエが胸で挟むと喜ぶのよ! 分かる? あの時のノイエは私に顔を向け『お姉ちゃんに勝った』と言いたげな目を向けて来るの」
「被害妄想なだけでは?」
「違う。あれは絶対に勝ち誇っているのよ! 姉としてそれは許せない。私はノイエに決して負けない存在でありたいのよ!」
「だからと言って胸の大きさは……何も言わない。この胸を君に移植する方法を見つけたら教えてくれ。喜んで贈呈する」
「私はそんな哀れみが欲しいわけじゃないのよ!」
「痛い痛い」
ぎゅ~っと胸を握られエウリンカは目の端に涙を浮かべた。
「そもそも彼は胸に顔を挟んで『幸せ~』とか言う人間だろう? 気にするだけ、」
「何それ。知らない」
「……」
静かな視線を向けられ……エウリンカは自分の背筋が凍り付くのを感じた。
良く分からないが自分はどうやら言葉を間違えたのだと理解する。
「挟むと言うのは胸の谷間に顔を押し付け……違うのか?」
「……違う」
自分がされたことを思い出し、エウリンカは告げただけだった。
だが違うとなると……逆に聞きたくなる。何を何に挟むのかと?
「魔女よ」
「何よ」
「ノイエは何を挟んでいたんだ?」
「……」
しばらく沈黙し魔女は応えた。
生々しい内容だったが、エウリンカはそれを自分の得意な物に返還し納得した。つまり剣を鞘に納めたのだ。それだけのことだ。
「あれはノイエにそんなことをさせているのか?」
「……むしろノイエが」
「ノイエがっ!」
ちょっと驚いた。あのノイエが自ら進んでと言う部分にエウリンカは仰天した。
「ちょっと君たちはノイエの育て方を失敗したのではないか?」
「はぁ? ウチの子を魔剣の材料にしようとして追い回していた変態にそんなことは言われたくないわ」
「だから毎日見ていた。ノイエは決して自ら進んでそんなことをするような子では無かった。つまり何かしらの間違いが生じてそうなったと考えるのが正しいだろう。間違いとは? それは教育だ。ノイエの姉たちを自称していた君たちの教育がっ」
ワシッと胸を掴んでいた魔女の手がエウリンカの顔面を掴んだ。
「面白いことを言うわねエウリンカ? この私がノイエの教育を失敗したと言いたいの?」
「君たちはどうも信用できない。今度自分が出てノイエに真相を追及する」
「言ってなさいよね。人を育てることがどれ程難しいのかを知れば良い」
「知ってやろう。そして自分がノイエを正しい道へと誘う」
「出来るものならやってみれば良い。今だってノイエは十分に正しいわ」
「君の話を聞く限り……魔女よ。首が物凄く痛いのだが?」
「私も辛いのよ。我慢なさい」
そこで2人はようやく現実を見つめる。
エウリンカの顔を掴んだアイルローゼは両膝を床に落としていたのだ。
自分では体を支えることが出来ず……言うなれば顔を掴むことで、体が床に倒れないよう必死に抵抗しているのだ。
第三者が居てその姿を見れば……間違いなく指をさして笑い転げるであろう滑稽な姿を2人は晒していた。
ユニバンス王国・王都内下町
「……っ!」
ゆっくりと目を覚ましそれは気づいた。
視界に広がるのは天井だった。そう天井だ。
木の梁と板だけの簡単な作りで、所々に水が滲みたような跡がみられる。それと補強された形跡もだ。
「なに……がぁぁぁあああ!」
声の限り叫んだ。
余りの激痛に叫ばずにはいられなかった。
右肩が焼けるように痛い。
全身に激痛が走り回り、暴れずにはいられない。
けれど暴れれば暴れるほどに痛みが増して……
「イーリナさん!」
「うむ」
遠くで声がした。でも構わずそれは叫び続ける。
「そろそろ薬が切れる頃だから、瞼が痙攣したら呼んでくださいと言いましたよね!」
「済まん。本を見ていて」
「あ~! も~! アルグスタ様の関係者はこんな人ばかりなんですか!」
「心外だな。あの上司よりかはマシだと、」
「同じです。程度が!」
誰かが誰かを怒鳴りつけている。
そんな声を聴きながらそれは吠える。吠え続ける。だって自分の右肩が……肩から先が触れられない右腕が痛むのだ。
「あの~。とりあえずその子をどうにかした方が良いんじゃないんですか?」
別の声が聞こえて来た。
ここが何処なのか分からない。ただこの激痛には思い至る部分がある。
きっと右手首の魔道具が動いて……だったら早く殺して欲しい。こんな激痛に苛まれて死に至る『毒』とは聞いていない。
不意に口と鼻に布を押し付けられた。
まさか毒が足らなくて追加で?
必死に顔を背けようとするが、別の手が顔を押さえつける。
抵抗することが出来ず……自分の意識が遠くなるのを感じた。
「ちゃんと看病してください。じゃ無かったらアルグスタ様の命を狙った暗殺者の治療なんて引き受けませんから」
「していたつもりだが」
「しているのなら勝手に出歩かないし、本も読んだりしません」
「……善処しよう」
年下の見習い医師にそう言われイーリナは素直に頭を下げる。
薬で眠らされた少女に目を向け……イーリナはフードの上から頭を掻いた。
「本当に厄介だね」
「……その子を救ったことがですか?」
隣のベッドに住まう異国の女性の声にイーリナは渋面となった。
「子供を殺して何が楽しい」
「そうですね」
小さく笑って女性は天井を見上げる。
「子供は笑って過ごせることが一番かと」
「ああ。そう思う。何より子供を殺すのは……」
イーリナは言葉を止めた。
過去に自分が殺されそうになったことを思い出し……それが出来なかったなどとは言えなかった。
どんなに辛いことでもそれをするべき存在なのが今の自分だと理解しているからだ。
「問題はこの子をどうするかだ」
「だったらアルグスタ様に相談すれば?」
名案とばかりに告げてくる女性にイーリナは脱力しながら息を吐いた。
「自分を暗殺しに来た存在だぞ?」
「ええ。でもあの人ならそんな子でも救うと思います」
「どうして?」
「そうですね」
天井を見上げた女性は軽く笑った。
「あの人は基本いい加減に見えて、心の底は優しい人ですから」
~あとがき~
魔眼の中枢に向かうアイルローゼとエウリンカ。
そこでエウリンカはノイエの豹変を知り…変なフラグにならなきゃいいけどw
下町の診察所ではイーリナがとある患者を連れ込んでいました。
肩から腕を失った暗殺者。
イーリナ自身も子供の頃に殺されそうになった記憶がありますから…
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます