まだ慌てる時間じゃない
ユニバンス王国・魔法学院魔道具研究所
《……見つけた》
床に転がり作品集を眺めていた人物はようやくそれを見つけた。
乱雑に綴られている作品集は、紙を紐で綴っているだけの簡単な物だ。製本しない理由としては外して持ち出すことを学院が認めているからだ。
本にしてしまうと複数の本を作らねばならず全ての記録の流出を恐れたとも言える。
綴られた資料を見つめる人物は自分の手にある魔道具に目を向けた。
その基礎を作ったのは戦時中の術式の魔女だと言う。
敵の魔法使いを捕虜にした際に魔法を使えなくさせるための魔道具として作られたのが最初だ。それが敵国へと渡り色々と発展し続けた。
《ユニバンスにこの魔道具は存在しない》
手に入れた魔道具は命令に従わない者に対し、内蔵されている毒を流し込んで殺害する物だ。
術式の魔女はそんな道具を作っていないし、何より彼女の後を継いだこの研究所と言う名の工房でも作られていない。つまりは他国から流入して来た魔道具である可能性も高い。
《これってもう政治の話でしょう?》
自分はただの魔法使いだと理解している人物……イーリナは体を起こした。
ブルーグ家がこれをどうやって入手したのかは知らないが、他国からの魔道具の購入は王都の専門の部署に申請用紙を提出することが決められている。
もちろん裏技も存在している方だが、少なくともブルーグ家からの申請は残っていない。
《ネルネにこの話を持って行くと……まあ喜んではくれるかな。仕事が増えたと愚痴は言われそうだけど》
体を起こしイーリナは立ち上がった。
《問題はこの魔道具の中の毒か》
魔法学院に来てすぐに取り出された毒は、誰も知らない強力な物だった。
念の為にと対毒装備で身を固めた対毒魔法まで使用した魔法使いが、毒を取り出してから卒倒した。
命に別状は無いらしいが、両腕が激しく焼け爛れしばらくは治療の時間が必要だと言う。
《こんな強力な毒を隠し持っていたブルーグ家……だから近衛が本気で潰しにかかっているのか》
厳密に言えば本気で潰しにかかっているのはドラグナイト家だ。
近衛は本気で潰そうとはしていない。半壊ぐらいに収めてから傀儡の当主を作り出して裏から支配しようと目論んでいる。
ただイーリナはその事実を知らないだけだ。
《まあどっちにしても……与り知らない話だ》
政治など面倒なだけだ。
イーリナとしては他国の技術が詰まっている魔道具をバラシて解明する方が良い。
「もう深夜だけど……どこかで食事ぐらいは出来るかな?」
軽く空腹を訴えて来る腹に手を当て、イーリナは静かに研究所を後にした。
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
僕の背に手を回してギュッと甘えて来るノイエはそのままで良いや。
スリスリと首の所に頬を擦り付けて……くすぐったいけど今は目の前の馬鹿から100を超える作品の中から僕が見たいと思うものがどれほどあるのか聞きだす方が重要だ。
具体的に言えば1編1回で命令されていたら僕が死ぬ。死んでしまう気がする。
先生の10編ですら生き残れるか怪しいほどだ。
「落ち着こう僕。まだ慌てる時間じゃない」
「慌てまくっているでしょう?」
「そんなことは無い」
慌てているのは僕の息子ぐらいだ。
だからノイエさん。そんなに抱き着かないで。今は本当に色々と宜しくないのです。
「で、話を戻しても?」
「今更どんな話に?」
「召喚の魔女の話よ」
足を組み直し紅茶で喉を潤した悪魔が僕を見て来る。
「私たちの中で唯一消息不明なのが召喚の魔女なの」
「始祖は?」
「この大陸に居るわよ」
「あっそう」
漠然とした説明の時の悪魔を追及するのは無駄な労力だ。絶対にはぐらかす。いい加減学んだね。だから無駄なことはしない。
「天空城を武装してどこかに行ったのことは分かっているんだけどね。何処に向かったのかは謎なのよ」
「あのアニメのように星の外に出て行ったとか?」
「それなら良いわね。手間が省けるから」
何の手間でしょうか?
「あとあの馬鹿がしたことで有名なのが、各地で強力な召喚魔法を使ったことかしら? 半分ぐらいは私たちの指示で行ったものなんだけど、あとの半分は私も把握していない」
「ふむふむ」
「まあ何を考えての召喚かぐらいは分かるんだけどね」
「へ~。で、何?」
何故か視線を逸らして悪魔が深いため息を吐いた。
「私たちを召喚しようとしたのよ」
「はい?」
「だから」
怒った様子で彼女が僕を見る。
「行方不明になっていた……と言うか生死不明になっていた私たちを探し出そうと躍起になったのだと思う」
「その結果が過去の大量召喚?」
無茶苦茶召喚しまくったせいでサツキ家のように一族ごとこっちに来た例もある。
「三大魔女ってこの世界を壊したかった人たちの総称なの?」
「……違うから! 私はまだ常識を持って行動していたから!」
「へ~」
気の無い返事をしたら悪魔がティーカップを掴んで、ええい止めろ!
「それで、それとノイエの姉たちとの関係は?」
「……あくまで推理の範囲よ」
僕の問いに悪魔がティーカップをソーサーに戻した。
「たぶんだけど力のある者たちを召喚しまくった」
「はい?」
「それで私たちを召喚しようと企んだ」
「はぁ」
「結果として失敗したか何か起きたかで……最終的には武装してどこかに乗り込んで行った」
「……」
「どうよ?」
その程度のシナリオなら、〇サイラム辺りで映画化して貰ってください。
ハリウッドは無理です。そんなに甘くないと思います。
「アカデミ〇賞の脚本部門は難しいかな?」
「冗談とかじゃないから! 集めた資料とかを基にした考査の結果だから!」
「まあそれを半分飲み込んで……ノイエの姉たちはその召喚された人たちの子孫ってわけ?」
「そう考えるのが筋よ」
馬鹿が偉そうに低い胸を張って見せた。
「はい質問」
「何よ?」
そもそも論なんだけど。
「そんな凄い人たちが集まっていたのなら、召喚の魔女を打倒して帰ることを考えるんじゃない?」
「……」
「素直に従うのって変だし、何よりそれほどの力があるなら歴史に名が残っているでしょう?」
「……」
「その辺の説明は?」
僕の問いにうんうんと悪魔が頷いた。
「……今のは考査中の仮説の1つだから」
「おい」
焦った感じで悪魔が椅子から飛び降りる。
「今現在も私はこの謎を解き明かそうと頑張っているのよ! あっ! 今から考査の時間だ。それじゃあ私は思考の海に泳ぎに行くので……また明日~」
せっせと机の上の物を片付けて……悪魔はお尻を振って挨拶として逃げて行った。
論破されたからってそそくさと逃げ出すのってどうなのよ?
「だがしかし!」
思わず声が出た。出るだろう。
悪魔が去ったおかげでポーラも去ったのだ。
そしてこの部屋に残っているのは僕とノイエだけ。
もう何日と生殺しを受け続けて来た僕は、色々と限界なのです。
野生よ……僕の中に存在する野生よ! 今、目覚めろ! そして共に愛しいお嫁さんに本気を見せてやろう!
「ノイエ~!」
ずっと僕に甘え続けていたノイエを全力で抱きしめる。
密着度が増して息苦しくなったのか、ノイエが顔を上げた。
薄い碧眼の両目が僕を見つめて来る。よくよく見れば髪の色も薄い感じの金髪でした。
「……お兄ちゃん」
「はい?」
クリッとした感じの目でファナッテだと思われる人物が真っ直ぐ見つめるのです。
「もう喋っても良いの?」
何の話でしょうか?
「説明して貰っても良い?」
「うん。あの怖いお姉さんが出ても良いけど『良い』と言うまで喋るなって」
「……」
全ての謎が解けました。
「もう喋っても良いです」
「うん。なら」
一瞬ファナッテの瞳の奥にハートマークが見えた。
前世が蛇かもしれない彼女の拘束力は半端ない。
僕に抱き着いたままで……気づけば密着されたままで相手に上を取られている。何故だ?
「ちゃんと怖いお姉さんに教わったから……」
「何を?」
「うん。最初は怖くて痛かったけど、こうするとお兄ちゃんが喜ぶって聞いて頑張ったんだよ」
「……」
彼女の両足によって腕をホールドされている。逃げられない。
そして体を起こしたファナッテがスルスルと寝間着を解いていく。
「あと新しいのが増えるから頑張れって」
「これもか! 何処にカメラを仕込んでいるんだあの悪魔!」
終わってからカメラの捜索をすると僕は誓おう!
「私、頑張るね」
ファナッテの頑張りは……ホリー並みに凄かったです。
~あとがき~
イーリナはゲットした魔道具を作った物を調査していました。
自分の興味が湧く物に対しては頑張れる子なんです。このニートはw
召喚の魔女が何故武装して移動したのかは…何年か後に解明するんじゃないんですかね? 結構先の話の予定なので。
ファナッテを襲い続けた刻印さんは彼女をその気にさせるために…やはり存在悪だな
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます