くるなへんたい!
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「うわ~」
「どうかしましたか?」
3射目を終えたルッテがその顔色を悪くした。
そっと口元に手を当て……窪ませた目を元に戻す。
「命中したんですけど……大惨事です」
「あ~。もしかしてバラバラですか?」
「それ以上です」
新しい魔道具から離れルッテは端に移動すると、エロエロと胃の中身を戻した。
「もしかしたら魔女様はそれを見越して爆裂の矢を使用できるようにしたのかもしれないですね」
全てを吹き飛ばせば酷い状態の死体は見ずに済むからだ。
「……ありがとうございます」
戻って来たルッテに水筒を手渡しアーネスは固定式の弓を見る。
術式の魔女が気まぐれのように作るよう指示したこの武器は、ルッテという祝福持ちの手により凶悪な兵器と変貌した。たぶんこれを陛下に報告すれば……量産は難しい。
根幹の部分である術式プレートはアイルローゼという天才が作った物だ。複製は絶望的だと術式研究班から報告を受けている。
それにこれはルッテの祝福があっての兵器だ。それ以外の者が使用すれば無差別に矢を飛ばすだけの兵器に成り下がる。敵味方関係なく人を殺すだけの兵器だ。
「あ~。水が美味しい」
口の中をゆすいで水分補給したルッテは、腰の袋から干し肉を取り出しそれを咀嚼する。
吐いてしまった分の栄養を補給しなければ、また祝福を使うことが難しくなるからだ。
「残りの暗殺者を仕留めてさっさとこんな面倒な依頼を終えましょう」
パンパンと自分の頬を叩いて弓に戻ろうとするルッテに、アーネスは何とも言えない表情を浮かべた。
「ルッテさん」
「はい」
相手の言葉に固定用のベルトを腰に巻こうとしていたルッテは手を止めた。
最初どうして体を固定するのか疑問に思ったルッテだが、3回の射撃でその理由を理解した。
とにかく矢を射出した時の爆風のような風が酷いのだ。
魔力によって強化された弦と矢。そして弓の動きから発生する風は、どんなに踏ん張っていても耐えられる物ではない。だからの固定式の弓であり、射手も弓に対してベルトを使い吹き飛ばされないようにする配慮が求められた。
その固定式のベルトを手にしたルッテに対し、アーネスは本当に申し訳なさそうに口を開いた。
「実は……矢があの3本だけなんです」
「はい?」
ルッテはゆっくりと同僚の婚約者を見る。
悪戯をしてそれを発見され親の前に連れて来られた少年のように……彼は困って見えた。
「ですからあの矢は3本しかないんです。実を言うと爆裂の矢よりも加工が難しくて」
「だったら爆裂の矢を放てば?」
「そっちは現在何本か加工を進めていますが、本日は完成品が間に合わず」
「……つまりもう撃てないと?」
「そうなります」
申し訳なさそうに頭を下げる相手にルッテは理解した。
矢が尽きたのなら仕方ない。ただ1射目の試射が余計だったのかもしれないと思う。
王都の東側の休耕地に突き刺さった矢が無事なら……ただ物凄い勢いで地面を抉っていたから無事な可能性は低いかもしれない。
なら2発目は? あれは誤差の確認だ。新しい弓を手に入れた時は必ず行う。
いくら優れた祝福があっても弓の特徴を理解せずに一発で命中とは中々にして難しい。
つまり今回は無駄に矢は使っていない。大丈夫だ。
「ちなみに今回の矢って……おいくらほど?」
「……」
黙って手の指で数字を示したアーネスに、ルッテは自身の背中が冷たい汗で濡れるのを感じた。
「冗談ですよね? そんな値段……爆裂の矢が何本作れると思ってますか?」
「分かってます。ただ魔女様が『出し惜しみしていたら良い物なんて作れないのよ。お金に縛られるような研究はしない方が良い』って」
「それって絶対にアルグスタ様って言う支援者が居るから言える言葉ですよね? ウチの隊でこんな金食い虫を使い続けたら……今回の矢の代金って?」
「アルグスタ様持ちなので平気です」
「良かった~」
大きな胸を撫で下ろしルッテは本気で安堵の息を吐く。
小隊の会計を預かる者としては無駄な出費はとにかく避けたい。それが本音だ。
「ただその他の代金はどうなるのか聞いてませんが」
「平気です。ちょっと後でかなり嫌な掃除をすれば……あっ」
「あ?」
3射目のことを告げたルッテはそれを思い出した。2射目の矢は何をどうした?
軽く震えながらルッテは自身の祝福を使い確認する。
今も元先輩はお婆さんメイドと対峙しているが、それを無視して視線を動かす。
2射目の矢は建物や通りの一部を完全に破壊していた。
「弓の威力が強すぎて建物とか壊れているんですけど!」
「知りません」
咄嗟に何かを感じてアーネスは自分の耳を塞いだ。
「これは絶対に弓のせいです。私は悪くありません!」
「でも矢を撃ったのはルッテさんですから!」
身を塞いでいても相手の声は聞こえる物だ。
「撃ったのは私です。ですが当たらなかったのは弓が原因です。弓が悪いんですから、原因は作った人たちだと思います!」
「違います。道具は正しく使えばちゃんと動くんです。ちゃんと動かないのは使う人の責任です。つまりルッテさんですから!」
「嫌~!」
頭を抱えてルッテは吠えた。
「結婚式に向けて貯金してるんです! 出費は敵なんです! だから最近はお菓子も我慢して支給品の干し肉を齧っているのに~!」
「知りません。貯金はこちらも同じです。でもモミジさんがいつも何かやらかして出費が増えて……」
「それは仕方ないですよね。モミジさんは兄妹揃って変態さんですから!」
「うわ~。絶対に言ってはならないことを! モミジさんは変態じゃないんです! ちょっと人より楽しみ方が特殊なだけですから!」
被害の押し付け合いが脱線し……何故かルッテとアーネスはモミジの変態性について熱く罵りだした。
ちなみに今回の出費に関してアルグスタは制限を設けていない。
全ての金銭的な負担はドラグナイト家が補填すると命令書に書かれていたのだが、ルッテもアーネスもその部分を完全に見落としていた。
「くるな! へんたい!」
「大丈夫。ちょっとお姉さんに貴女の秘密を見せてくれればいいんだから」
「ほんとうにいや~!」
襲い掛かって来る変態……魔法使いに対し、少女は全力で祝福を使う。
少女の持つ祝福『鎌鼬』には3つの優れた点がある。
攻撃力と連射性……そして少ない負担だ。
普通なら使えば使うほど空腹に悩まされる祝福ではあるが、少女はその負担がとにかく少ない。
だからこそ全力で使い続けることが出来るのだが、今回ばかりは相手が悪かった。
ノシノシと土の鎧を身に纏った変態……イーリナが迫って来る。どんなに逃げても追って来る。
もうただの恐怖だ。涙は止まらない。少しだけお漏らしもしてしまった。でも相手は止まらない。
「良いから見せてよ~。少しだけ。本当に少しだけで良いから~」
「くるなへんたい!」
年若な少女であるが本能的に察知し叫んでいた。
捕まったら色々と最後であると……命の危険よりも貞操の危険の方を強く感じるのだ。
ただイーリナとしては純粋に少女の右手首に存在している魔道具を見たいだけなのだが、その欲が前面に出すぎているせいか言葉が足らない。
おかげで両者暴走気味に行動していた。
けれど祝福を連発する少女は空腹を感じ出し、魔法を使うイーリナには魔力量による活動限界がある。
両者とも自分が動ける時間が迫っていることを感じていた。
そして最初に活動限界を迎えたのは……イーリナだった。
「あっ」
ポロポロと崩れ出した土の鎧に少女は好機だと判断した。
「しんじゃえ!」
ありったけの力を振り絞り全力で全てをイーリナに叩きつける。
正面から直撃を受けたイーリナは、ゴロゴロと地面を転がり動きを止めた。
「……ようやくこれで」
空腹で軽い眩暈を感じながら、少女は最後の食料を取り出す。
残っているのはビスケット状のたった1枚の焼き菓子だ。
それを口に運び相手に背を向け歩き出す。
自分だけでも標的にたどり着ければ……重く感じる足を動かし、
「逃げないでよ」
「っ!」
右手を背後から掴まれ少女は全身を震わせた。
慌てて肩越しに振り返れば……軽量化した土の鎧に覆われたイーリナが口元を見せて笑っていた。
「どうして?」
報告書にはこの魔法使いは魔力量が少なく長時間活動できないと書かれていた。それなのに……。
「その質問はまだ魔法を維持していることについてかな? なら理由は簡単。私は自分の腕に魔力増幅のプレートを埋めて魔力の総量を引き延ばしたからね。だからまだ動ける」
「そんな……」
騙されたと思った。
少女は純粋にそう思い、ブルーグ家の情報を鵜呑みにした自分の愚かさを恨んだ。
「ごめんね」
右手を無理矢理に上げさせられ、少女の両足は宙に浮いた。
「痛くしないようにすぐ終わらせるよ」
イーリナは告げて……それは本当に直ぐに終わった。
~あとがき~
相変わらず金食い虫な矢なので連射は出来ません。
それも込みにアイルローゼは作ったのかもしれませんが。
イーリナ対少女は…ギャグりつつもイーリナの勝利です
© 2022 甲斐八雲
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