やっぱり犯人はお前か

 ユニバンス王国・王都王城内近衛団長執務室



「はっきりと言えば現在お前はこの国で最も高額な賞金首になっている」

「だが断る!」


 勝手に酷い話だな。


「俺に言うな。賞金を懸けている馬鹿貴族たちに言え」

「おう。ならその馬鹿共の名前を教えて貰おうか? ちょっとノイエと一緒に挨拶して来るわ」

「……その書類の山の中にあるはずだ」

「ポーラ」

「わかりました」


 スッとポーラが書類の山を仕分けし始める。

 どんなに高い山でも我が家の妹メイド様は挑むのである。舐めるなよ。


「こちらにごじが。こちらはすうじが」

「……パルにミル」

「「……」」


 ただ我が家の妹メイド様の辞書には、情けとか容赦とかが時折無くなる時がある。お陰でケーキを食べていた双子が馬鹿兄貴の声で現実に引き戻されて泣く泣く仕事に戻って行くよ。

 せめて食べ終わってからにしろと言いたいが、あの双子は僕の部下では無いので仕方ない。恨むならそこの筋肉に言え。


「で、何でまた?」

「お前あれだけやっておいて自覚無いのか?」

「自覚はあるんですけどね。本当だよ?」


 胡乱気な目でこっちを見るな。本当だって。


「自覚があるなら狙われている理由は言うまでもないよな?」

「大半が嫉妬でしょう?」

「さっくり簡単に言うとそれに尽きるな」


 馬鹿兄貴も認めて頭の後ろで手を組んだ。


「そもそもお前は王家に寝返ったルーセフルト家の者って言うのもあるし、あのノイエを手懐け好き勝手しているという部分もある」

「前者は仕方ないとしても後者は納得いかないよね~。そもそも何処の貴族もノイエを毛嫌いして僕にお鉢が回って来たわけだしさ」

「仕方あるまい。無表情でドラゴンを殺して回る化け物って言うのが昔のノイエの印象だったからな」


 それに関しては今も変わっていません。

 たぶん今だって無表情のままドラゴンを殺戮していることでしょう。


「何よりノイエには“あの”免罪符が存在している。仕事の邪魔をするなら殺人を犯しても罪に問われないって言うあれがな」

「あったね~。そんな馬鹿な決まり」


 それのせいで過去のノイエは怖れられた。

 彼女の気分次第で殺人が許される……と皆が勘違いをしたせいだ。ちゃんと決まりを読めと言いたい。仕事の邪魔をしなければっていう部分は大切だぞ?


「あれって別に仕事の邪魔して無いのに殺人を犯せば、ノイエも罪に問われるってことだよね?」

「まあな。ただ過大解釈をすると『悪口を言われて気分良く仕事が出来なかった』とノイエが言えば、それで十分適用範囲になってしまうんだよな」

「ノイエだったらまずそんなこと言わないし、何より悪口の類なんて右から左に受け流しだよ」


 そもそもノイエの耳に届いているのかも怪しい。


「それを知るお前だから言える言葉だろう? 知らない馬鹿共はとにかく怖がったわけだ」

「まあ良いんですけどね」


 おかげで僕はノイエと言う最強で最高なお嫁さんをゲットしたのですから。

 美人で可愛いしスタイルも抜群だし、何よりノイエは一途に愛してくれるので、僕からすればこれ以上にない存在です。


「で、周りはお前がノイエを手懐けた挙句にここまで権力を持つとは思っていなかったわけだ」

「失礼な。僕のどこに権力があると?」


 言ってはなんだが会議の度に負け続けている僕に権力があるとは思えません。


「確かにな。でもそれはお前の政治基盤が中級、下級貴族だからだ」

「でしょ?」


 何故か力の無い人たちからは好かれているのです。


 特に文官系の中級下級貴族からの支持は絶大らしい。

 派閥抗争は嫌いなので放置しているけどね。ただ季節の贈り物とか届けばちゃんと送り返してますよ。その辺はクレアが『貴族の決まり事ですから!』と煩いから渋々だけどね。


「で、お前は喧嘩を売って来る上級貴族をどれほど蹴落とした?」

「知らんな。お前は今まで食べたパンの数を覚えているのか?」

「覚えてるわけないだろう?」


 つまりそう言うことです。

 喧嘩を売って来た相手は容赦しなかったからな~。と言うか大半がノイエの悪口だったから頭に血が上りまして、それでついね。うん。ついカッとなってやってしまっただけです。悪気は無かったんです。本当です。


「まあ俺も兄貴もどさくさに紛れてお前の名前で廃した貴族家があるから、このことに関しては悪く言えないが」

「おいちょっと待て」

「待たねえよ。もうやってしまったことだしな」


 悪びれた様子もなくこの馬鹿兄貴は……そろそろ始末してくれようか?


「まあそう睨むな。おかげで馬鹿な貴族の数は減った」

「……と言うか上級貴族の数がでしょ?」

「そうとも言う」


 あっさり認めて馬鹿兄貴が紅茶を求める。


 現在この部屋に居るメイドはポーラだけだ。パルとミルはポーラからのダメ出しを食らって書類の直しに突入している。


「あれ? 人払いしてたの?」

「まあな。余計な話は広められんしな」

「ふーん」


 おかげで紅茶を淹れるのはイケメン騎士さんの役目になった。

 何気に上手に淹れる姿にビックリなんですけどね。


「そこの騎士さんは聞いてて良いの?」

「ああ。ビルグモールは問題無い」

「その心は?」

「この馬鹿はお袋が育てた孤児の1人だ」

「馬鹿は余計です。ハーフレン様」


 ティーカップを筋肉ダルマの前に置いた彼は、僕に視線を向けて来た。


「これでも前王ご夫妻からの信頼が厚いのでアルグスタ様のお屋敷の警護をしていました」

「ふ~ん」

「それにこの馬鹿は昔やんちゃが過ぎてな……まあお袋の寝室に潜り込むという大罪を犯している。だから死ぬまでどんな命令も逆らわずに従うって契約をスィークと交わしている」

「おかげで近衛の便利屋ですが」

「なるほどね~」


 母さんの秘密を知ってて生かされているということは、あの叔母様が何かしら使えると判断して殺さなかったということだ。なら僕としては文句はない。

 文句は無いが紅茶1つを優雅に淹れる姿にイラっとする。何故だろう?


「そっか。僕ってこの手の気障な人って生理的に無理なんだな」

「唐突に凄いことを言い出すなお前は」


 顔に手をやり馬鹿兄貴が笑いだす。

 そんな上司を軽く睨み、そして彼は僕に何とも言えない視線を向けて来た。


「これでもこんな風に振る舞うようにしているのですよ」

「その心は?」

「貴族の女性は格好や仕草でときめく人も多いので」

「うわ~。近衛ってそこまでするの?」

「するぞ」


 馬鹿があっさりと認めたよ。


「この国の近衛は他国とは毛色が違うからな。諜報が主な役目だから使える武器は何でも使う。こうしてビルグモールが女性受けするように振る舞うのはあのスィークの教育の賜物だ」

「叔母様って男の人も育てるのね」

「ああ。あれは何でもするからな」


 何故か馬鹿兄貴の視線が遠くへ。


「必要ならば娼館に娼婦を送り込む」

「あ~。でもその手のことって何処の国でもやってるでしょう」

「そうだな。ただあの化け物は全てが完璧なんだ」

「……はい?」


 全てが完璧とは何でしょう?

 何故か馬鹿兄貴がソファーに座り直した。


「相手が求める物は完璧に取りそろえる。標的が女性ならビルグモールのような奴から男娼までも準備する。もちろん同性もだ」

「……」

「標的が男性ならば、」

「皆まで言うな馬鹿兄貴よ。晩飯が不味くなる」


 思わず僕も遠くへ視線を向けてしまったよ。

 男性に男娼とか絶対に想像したくない。僕は百合百合は許せても薔薇薔薇は無理なのです。


「あの叔母様って本当に何がしたいのかな?」

「知らん。考えると疲れる」


 しみじみと馬鹿兄貴と紅茶を啜って一息ついた。

 脱線が半端無い気がしたのは気のせいだと思いたい。


「ああ。化け物で思い出した。お前イールアムに何かしたか?」

「はい?」


 イールアムさんに? 何か……あっ!


「ヤバい本気で忘れてた」

「やっぱり犯人はお前か」

「……チガウヨ? ホントウダヨ?」

「そんなふざけた声を出すな」


 本当に違うんだよ? 実行したのは術式の魔女だからね。うん。


「で、どうなったの?」

「何でも一時物凄く盛り続けて側室を全員腰抜けにした挙句にメイドにまで手を出して大変だったとか。ただあの化け物は喜んでいたそうだがな」

「そっか~」


 僕に効果が少なかったあの魔法は、ハルムント家にとってはいい方向に出たのかな? 良いのか? 叔母様が怒っていないのならセーフである。


「それを知った馬鹿貴族たちがその秘儀を知ろうと躍起になっているらしい」


 いつの世も野郎共は全く。


「知らん。あれはとある魔女しか使えない特別な魔法なんで」

「……薬の類じゃないんだな?」


 どんな薬だ?


 確か先生も『馬鹿弟子以外だとどんな効果が出るのかの確認よ』とか言って嫌々使っていたから……イールアムさん以外には使っていないはずだ。報告は受けていない。


「そもそもそんな楽しい物が手元にあったら僕が売りさばくわ」

「だな」


 何故か苦笑して馬鹿兄貴が自分の顔を覆った。


「ただブルーグ家はそれを知ってからひっきりなしに陛下の元に質問状を送り続けているそうだ。前の時もだいぶしつこく送って来たようだがな」

「ぶるーぐ?」


 何か聞いたことのある様なお名前なのですが思い出せません。


「ブルーグ家は西部の上級貴族だ」

「ほほう。で、何と質問しているの?」

「ああ。『王都でファナッテを囲っているのではないのか?』とな」


 ファナッテ?


 あ~そんな人も居ましたね。と言うか居るのか?




~あとがき~


 王都に住まう上級貴族を一定数追放した結果、その大半が西部へと流れたわけです。

 頼られる格好となったブルーグ家としてはいい迷惑ですがね。


 アイルローゼ先生はイールアムさんに例の魔法を試験的使用しました。

 ぶっちゃけ馬鹿弟子は絶倫系なので効果が良く分からないからと…結果としてハルムント家はしばらく大変なことになっていたとかw


 で、そんな秘薬があるならプリーズと貴族たちは騒ぎます。

 その中には別の意味で騒ぐブルーグ家の人々が




© 2022 甲斐八雲

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