本当にただの馬鹿かっ!

 ユニバンス王国・王都王城内一般地下牢



 光など決して射し込んでこない場所。薄暗い闇の中でもたった一つのランプが僅かな明かりを作り出す。

 鉄格子を掴んだその人物は、腕を動かしガシャガシャと音を鳴らした。


「だ~せ~」


 お約束の言葉と言えばそれまでだが、毎日それを言って暴れられるのだから流石だ。

 監視兼護衛として居る兵は……真面目にして居なければいけないのに、両肩を落とし若干脱力をしていた。


 元気すぎるのだ。上司が。囚われの上司がだ。


「っ!」


 だが気配を感じ背筋を正す。

 この場所まで“敵”がやって来ることは考えられない。故に訪れるのは最上位人物だった。


「あの馬鹿は今日も元気か?」

「はっ」

「そうか」


 軽い足取りではあるが彼は普段から鎧姿で居ることが多い。

 騎士であるのと近衛団長と言う地位もある。何かあれば直ぐに駆け付けるフットワークの軽さもある。最前線となる場所ですら周りが制さなければ彼は突入する剛毅さを持っているのだ。


 ガリガリと癖のようになっている動作で頭を掻いた王弟ハーフレンは、顎を動かし閉じられている扉を開くよう促す。

 腰の鍵束の中から1本を選び出し、兵は扉を開いた。


「どうぞ」

「おう」


 身を屈めまず部屋へと入る。

 中は一般的な地下牢だ。主に罪を犯した騎士に対して使われる一般的な物だ。


 そして部屋の主は何故か半裸姿で鉄格子の奥へと移動し、自分の身を抱きしめ床の上に座って居た。


「何をしにっ! もう酷いことはしないでっ!」

「だったら罪を認めてこの被害所にサインしろ。そうすれば自由だ」

「……給金半分に減るヤツでしょ?」

「半分で済むなら上々だろう? あれほど破壊しておいて」


 しかし牢屋主はそう思っていないのか、軽く悪態をつきながら鉄格子の前に移動して来た。


「あれはただの事故」

「ほう。事故であれば商店を半壊させても良いと?」

「あれをやったのはどこかの馬鹿よ!」

「おいおい怒るな。夫婦とは互いの痛みを理解し合うものだぞ?」

「アンタが夫婦を語るな!」

「良いだろう? こう見えて一児の父だ。ああリチーナの妊娠が確定したからまた増えるがな」

「自慢かっ!」


 鉄格子に嚙り付いて罪人……ミシュは吠えた。


「どうして私はあんな変態に尻を追われ、アンタは嫁を孕ませているのよ!」

「正室の懐妊だ。普通部下ならもろ手を挙げて喜べ」

「喜べるか~!」


 マジ泣きしながらミシュは鉄格子を殴りだした。


「気づけば元同僚は妊娠出産しているし、部下だった胸だけお化けも婚約したとか。後から来た変態も婚約っしょ? 何なの? 売れ残りと後ろ指を向けられる私をみんなして笑いたいの!」

「だから何を言っている。ミシュ夫人?」

「死にさらせボケェ~!」


 暴れる存在にハーフレンは安普請な椅子を引っ張って来てそれに腰かけた。


「事実だ。諦めろ」

「だからあれは全て偽造で!」

「そうだな。お前のサイン以外は全て公式なサインと言う凄い非公式文書だったぞ? 『アルグスタは娯楽にだけは手を抜かない』と親父が見ながら笑っていたな」

「笑うな~!」


 鉄格子を大きく揺らしてミシュは吠える。

 その姿をずっと眺め……ハーフレンは軽く苦笑する。


「何を拒む?」

「変態は嫌」

「それを言ったらお前はさっさと自殺しろ」


 またミシュは鉄格子を鳴らす。


「何度でも言うが、何を拒む?」

「……」

「少なくともマツバ氏は強い。下手をすればお前より強い」

「……分かってる」


 強さだけならあの変態はとんでもなく抜けている。抜き出ている。


「その収入は謎だが、少なくとも彼はサツキ家とユニバンス王国を行き来する連絡員として我が国から給金が支払われている。どうもその全てをとある女性騎士の物となるようにしているがな」

「知ってる」


 毎月知らない手当が振り込まれていれば流石のミシュとて少しは調べる。


「お前の前では言動などはあれだが、お前が居なければ努めて真面目だ。シュゼーレなどは本気で国軍の将軍として引っ張って来れないか考えている。性癖以外は本当に真面目だしな」

「少数なら部下も扱える」

「ふむ。なら次は近衛の中規模を預けて様子を見るのも悪くない」


 軽く笑ってハーフレンは足を組んだ。


「容姿は悪くないと思う。線は細く見えるか、あれは不必要な物を全て削ぎ落した完成形とも言える。どうもサツキ家の者たちはあのような体形が多いの見受けられるが」

「……別に細いのが嫌いなわけじゃない」

「そうか。ならあっちか? それは報告が上がっていないな」

「アンタ以上アルグスタ様以下」

「俺よりアルグの方がデカいと言うか?」

「あくまで好み」

「……まあ良い」


 釈然としないがハーフレンは相手を見た。


「で、何を拒む?」

「……」


 口を閉じたミシュは鉄格子を軽く殴った。


「結婚するのは別に良い。親も煩くそれを言わなくなる」

「まあそうだろうな」

「……あの変態は生理的にキツイけど無理じゃない」

「お前は高望みしすぎだ。流石のアルグだってそこまで我が儘言われると、後は幼女趣味のブクブクに太った貴族の男ぐらいしか結婚相手を探して来れないぞ?」

「そんな相手だったらサクッと暗殺して未亡人になるわ」

「お前ならそうするな」


 素直に認めハーフレンはミシュを見る。


 長い付き合いだ。王都で拾ってからずっと飼って来た猟犬だ。

 その牙はまだまだこの国に必要ではあるが、犬小屋ではない場所に帰るようになっても良いはずだ。


「何を拒む?」

「……残すこと」

「子供をか」

「うん」


 コクンと頷いてミシュは膝の間に自分の顔を隠した。


「私はたぶんダメだ。人としての何かがぶっ壊れてる。師匠の様に壊れていても器用に振る舞えるようなことは出来ないし、隊長のように壊れたままの私を受け入れて欲しいとも思わない。

 私は好き勝手に振る舞いたいんだ」

「酷いことを言う飼い犬だな?」

「犬をしているのはその仕事内容が私に合っているから」

「暗殺がか?」

「そう」


 軽く顔を上げてミシュは嗤う。


「嫌いじゃない。どう殺すのか考えるのは楽しいから」

「そうか」

「でもそれが怖い。その壊れが私だけなら良い。もしそれを引き継いだら?」

「能力だけなら大歓迎だが……な」


 殺人鬼となる芽は摘んでおきたい。そう思うのは自分が王弟だからか? とハーフレンは一瞬考えた。


「だから嫌うか?」

「そうよ。ば~か」


 舌を出して変な顔をする相手にハーフレンは苦笑した。


「お前はもう少し相手を調べることが必要だと思うぞ」

「何がよ?」


 ハーフレンは座って居た椅子から立ち上がる。


「マツバ氏は必要とあらば兄貴が飲んだ薬を自分も飲むと言っている」

「それって……」


 知っているものはごく少数であるが、現国王であるシュニットは種子を殺す薬を服用した。

 よって彼はもう自分の子を抱くことは出来ない。長く飲んで確実に殺したからだ。


「なあミシュよ」


 近づいた鉄格子に軽く一発拳を入れ、ハーフレンは掌を開く。

 チャリッと音を立てて小さな鍵が床に落ちた。


「アルグ並みに馬鹿な男って言う奴は探せば結構いるもんだ。ただあれは特殊過ぎるが、それでも探せばあれぐらいの馬鹿は見つかる。あれが近しい馬鹿を呼び寄せたのかもしれないが……」


 言ってハーフレンは鉄格子に背を向けた。


「あれは基本お人好しだ。そして自然と人を見分ける。あれが熱心にお勧めする人物がただの変態ってわけがないだろう?」


 肩を軽く竦めてハーフレンは笑った。


「馬鹿な変態に違いないがな」

「何よそれ。ば~か」

「ああそうだったな」


 足を止めてハーフレンは自分の頭を掻いた。


「俺も馬鹿の1人だったんだ。おかげで可愛い娘が出来た。公表は出来ないけどな」


 告げて彼は出て行く。

 大きくため息を吐きだしたミシュは床に転がっている鍵を拾って鍵穴に刺した。


「……って鍵が違うじゃん! 本当にただの馬鹿かっ!」




 牢獄から聞こえてくる不満に笑ったハーフレンは、待機している兵に『しばらくしたら解放しろ』とだけ告げる。

 ユニバンスの猟犬と呼ばれる暗殺者に相応しい仕事が待っているからだ。


「それでマツバ氏よ」

「うむ」


 兵に連れられた手かせ足かせをされた人物にハーフレンは目を向けた。

 本当に彼は線の細い体に見えるが、ただそれは抜き身の刃にも見える。良く切れそうな恐ろしい刃だ。


「どうやらあの薬を飲めばミシュはこれ以上逃げそうにないようだが良いのか?」

「構わんよ」


 細い刃物を思わせる彼が薄く笑う。


「それで最愛の君を得られるのであれば何を迷おうか?」

「……そう言えるアンタが俺としては羨ましいよ」


 相手の胸を軽く叩いてハーフレンは歩き出す。


 マツバは来賓ではあるが、王都内を破壊するという罪を犯した人物である。簡単に開放は出来ない。

 故に彼はそれを理解し牢に戻る。

 本当にミシュを前にしていなければ知的で真面目な人物なのだ。


「……被害の請求はドラグナイト家にでも回すか」


 被害報告書を手にしたハーフレンはそれを見て笑う。


 サツキ家関係の厄介ごとは、基本弟のアルグスタ預かりになっている。

 何より『元部下の結婚祝いだ。出せ』と言えばあの馬鹿は不満を言いながらも必ず出すだろう。

それが分かるだけにやはりハーフレンとしては笑うしかない。


 どこまでもあの問題児おとうとは家族や部下に甘すぎる奴なのだ。




~あとがき~


 残したがる人もいれば残すことを恐れる人もいる。

 自分が壊れているからそれが遺伝したら…そう考える人だって居る訳です。

 まあその問題は『馬鹿』を前にしたらあっさり解決ってこともあるんですけどね!


 完全に堀が埋まったミシュは…どうするんでしょうね?




© 2022 甲斐八雲

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