貴女の娘が怖いんだけど!
「ファシー。痛い。……ごめん。口元に笑みを浮かべないで。我慢するから」
「なあ~」
猫パンチでリグの胸を執拗に攻撃している猫はそのままに、レニーラとシュシュは頭部がグズグズな死体を見下ろす。
「犯人はこの中に居る!」
「犯人は~刻印の~魔女~だぞ~」
名探偵レニーラのセリフは空回りした。
「つまり今回の犯人はホリーじゃない?」
「こんな~状態だぞ~」
「さっき来た時よりも酷くない?」
「ん~。転んで~頭から~行って~逝った~方に~賭けるぞ~」
「成立しない賭けには応じない」
言い切ってレニーラはリグからホリーに興味を移した猫に気づき、死体をひっくり返して仰向けにする。
「……」
「あれ? ホリーの口が動いてる?」
「と言うか~気持ち~悪いぞ~」
グロテスクな物への耐性が少ないシュシュは口元を押さえて中枢の隅へと移動した。
「セシリーン?」
「……寝てたら頭を踏まれたって言ってるわね」
「死体と勘違いされたか」
良くあることだ。良くあることだが確認してから踏んで欲しい。
「それで魔眼の中に魔剣が溢れている理由をホリーは知ってるの?」
「……知らないみたいよ」
通訳を介し答えを得たレニーラは、邪魔にならないようにホリーの亡骸……体を端に運ぶ。
「リグ~」
「胸が」
猫パンチを食らい続けて胸を痛めたリグが自分の胸を鷲掴みして泣いている様子を見つけ、レニーラは軽く息を吐いた。
「猫の興味はホリーに移ったからもう大丈夫。とりあえずさ……ホリーの頭をどうにかして欲しいんだけど」
「……それを舐めるの?」
「任せた!」
胸を押さえたままで涙するリグは、絶望にも似た表情を浮かべて移動を開始した。
ホリーに抱き着いている猫は、何故か相手の胸をさらけさせて吸いついていた。母性が欲しくなったのか餌の時間なのかは知らない。猫は気まぐれだからだ。
ホリーのことはリグとファシーに任せ、レニーラは入り口に転がっている死体を蹴り退かし武器だけは回収する。魔剣だ。普通の両刃の剣だ。
「ん~。シュシュ~」
「うぷ。……何だぞ~」
「何かこれって普通の剣だね」
「だぞ~」
シュシュはレニーラが持つ剣を見て頷く。確かに普通の剣だ。普通の形状の剣だ。自分が拾った物も普通の形状の剣で……それはそれで何かがおかしい。
「レニーラが~持っていた~物の~方が~エウリンカ~っぽいぞ~」
「だよね。こんな面白くない普通の剣なんてエウリンカは普通作らない」
だが魔剣工房と呼ばれる奇人が普通の形状の剣を作り続けている。
「絶対におかしくない?」
「だぞ~」
復活したシュシュは念のために軽い魔法を出入り口に使う。
壁を作って話が済むまでは外敵からの襲撃に備えたのだ。
「つまりエウリンカが作ってない?」
「それは~無いぞ~」
「だよね」
詳しく魔法を知らないレニーラですら、エウリンカの魔法が狂っていることぐらいは理解している。
工房も無く魔剣を作り出せる存在など普通ならこの世に居て良いわけがないとか。それこそ軍事バランスを崩壊させる存在なのだ。
「ならエウリンカが作ったんだよね?」
「だぞ~」
「これを?」
掴んでいる剣を振ってレニーラは相手に問う。
「ん~。何かの~切っ掛けで~頭の~中が~正常に~戻った~とか~?」
「あの奇人変人が元に戻るとかあるの?元に戻ったら普通の魔剣を作らない気がする」
「だぞ~」
レニーラとシュシュはこれでもかとエウリンカの悪口を言いながら可能性を上げていく。
ただどれもしっくりと来る答えとはならない。
どう考えてもあのエウリンカが普通の魔剣を作る方がおかしいのだ。
「セシリーン」
「何かしら?」
シュシュとの話し合いに行き詰まったレニーラは違う意見を求めることにした。
魔眼の中の全ての音を拾えるであろう人物に頼ることにしたのだ。
「エウリンカの居所は?」
「たぶんアイルローゼと……これはスハかしら? 2人で協力しながら深部を捜索しているわ」
「つまり寝ていて見つからないと?」
「ええ。それか動いていないか」
アイルローゼたちが容赦のない捜索をしているおかげで雑音が酷い。
軽く顔を顰めながらセシリーンは深部に向けていた意識を閉ざした。
「エウリンカが魔剣を作ってそれを誰かがばら撒いたのかな?」
「そう~考える~のが~正しい~ぞ~」
話し合いに飽きたのかシュシュはホリーの顔に目を向けないようにしながら、甘えている猫の背を撫でる。ホリーの大きな胸に吸い付いていた猫は、そのままの姿勢で寝ていた。
「誰がこんなことを?」
「分から~ないぞ~」
「うむ。ならば仕方ない」
大きく頷いてレニーラは思考を放棄した。
そもそも真面目に考えるのは自分の仕事ではない。猫の玩具になっているホリーの役目だ。
「リグ~。早くホリーを治して」
「グズグズである程度組み合わせないとこれは」
「我が儘言わない」
「我が儘なんて」
まだ反論するリグに対し、胸の前で腕を組んだレニーラは相手を見下ろした。
「旦那君にしたからあんなに突き上げられて『あんあん』と言ってたくせに」
「なっ!」
ホリーの頭部を治す手を止め、リグは耳まで真っ赤に染め上げる。
「みんな旦那君としたいのに自分だけは従姉に会うためってそんな感じを漂わせ、結局は旦那君の寵愛を受けるその所業! 歌姫が許してもそこの猫が許さない!」
「あらあら……私もイラっとはしてるわよ?」
「見ろ! リグを許しているのは誰も居ない!」
優しい歌姫までもが援護に回ってくれたことに味を占め、レニーラはビシッとリグを指さす。
「その胸が取れるほど猫に殴られたくなければキリキリと働け!」
「……どうしてボクが」
また泣きながらリグはホリーの頭部治しを再開した。
「文句を言うなら猫が巨乳に対して怒りを……あれ?」
ムクッと起きた猫がレニーラの声に誘われるようにその顔を向けて来た。
前髪に隠れているはずの猫の目がジッと自分の胸を見ている気がして、レニーラは自然と両腕で覆い隠すようにする。
その動きが猫の興味を引いた。隠されたから見たくなったのだ。
立ち上がって猫は様子を伺うようにレニーラに接近する。
「ファシー? ほらあっちに大きいのは揃ってるよ? 魔眼の中でも1番と3番が居るよ?」
必死に猫の興味を彼女の背後へと向ける。けれど猫は動じない。
狙いを定めた獲物をジッと見つめている。
「セシリーン! 貴女の娘が怖いんだけど!」
「あらあら……たぶんあれね」
「どれ!」
「吸ってても頭を撫でてくれなかったのが不満なのよ」
「甘えん坊か!」
絶叫し飛び掛かって来た猫をレニーラは回避する。
舞姫と呼ばれるレニーラの本気の回避は凄まじい。普段はいい加減だが彼女のその気になればあのカミーラを相手でもしばらく回避し続ける。ただ負けず嫌いの串刺しはそんなレニーラに対し問答無用で魔法を使用するので最終的には串刺しにされて終わってしまうが。
故にレニーラが本気で避ければ猫の手は絶対に届かない。
ザンッ!
目の前を上下に移動した不可視の刃を回避できたのはただの偶然だった。
レニーラは全身から言いようの無い汗をかいて……そっと両手を広げて引き攣る笑みを猫に向けた。
「さあファシー。お姉さんが本気の抱擁を味らわせてあげるわ!」
「にゃん」
思いが伝わったと言いたげにひと鳴きした猫はレニーラに近づく。
「って、そっち? 痛い痛い。だから胸を、痛いって!」
両の猫パンチを繰り出し胸にじゃれて来る猫に対し、レニーラはマジ泣きしながらも我慢するしかなかった。
~あとがき~
休載のお知らせ
発熱と喉の痛みと関節痛等で現在執筆できない状態です。
何日か休ませていただき、体調が回復次第再開します。
申し訳ございません
© 2022 甲斐八雲
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