約束が違う!

 ユニバンス王国・王都郊外北側



 棒を4本と木の板で作った不格好な箱の下に立つ。

 電話ボックスの半分程度の広さしかないが、囲っていないだけで立てた棺桶のようにも見える。天井部分が日傘代わりだ。

 不吉な形をしているが日影が欲しいから突貫で作った。手作りだ。


 乾期と言うだけあって湿度は無い。故に日陰に入れば日本のような暑さは無い。

 きっとハワーイとかこんな感じなのだろう。勝手な想像です。何故なら僕は日本から出たことが無い。日本を出ずに異世界には旅立った。


 軽く水を飲んで一息つく。


 僕はまだこうして日陰下に居るが、仕事をしている職人さんたちは上半身裸で汗をかきながら黙々と仕事をしている。全員が日焼けをして逞しい。

 工事道具を担いでは腕や肩の筋肉を盛り上がらせ、背中や胸の分厚い筋肉を見せびらかしている。

 ミシュが居たらハァハァと煩いことになりそうだが、あの残念は最近見かけんな? 近衛に帰ったのか?

 金の延べ棒は……馬鹿兄貴に送り付けておくか。取りに来ないのが悪い。


 売れ残りはどうでも良い。えっと何を考えていたんだっけ? ああ筋肉だ。

 職人さんたちが異様に筋肉を強調しているのはこの現場にはメイドさんが動員されているからだ。

 ウチが近いのでメイドさんたちが歩いて来て色々と雑務をしてくれる。指示をしたのは『反省中』のミネルバさんだ。何を反省しているのかは本人しか知らない謎だが。


 ミネルバさんが段取りを組んでローテーションでメイドさんたちが毎日現場に来る。

 若い独身の職人さんたちは若くて綺麗なメイドさんたちを目の前にし、自分の武器をアピールし始めた。つまり筋肉だ。


 恐ろしく作業効率がアップしたが暑苦しさも増した。何処に目を向けても筋肉だ。

 内心でテントの中でアイルローゼがスパークしてくれることを待ち望んでいる。あっちの方が何倍も良い。筋肉より薄着の女性の方が目の保養になる。


「おみずです」


 声が下から視線を動かせば、職人さんたちにポーラが水筒を手渡して回っていた。

 そう……本日から我が家の妹メイドであるポーラが加わったことでたぶん熱気が増したのだ。


 余りにも完璧過ぎて同年代の同性から見たら面白くない存在かもしれないが、ポーラはとにかく可愛い。

 可愛いと異性にはとにかく可愛がられる。よって職人さんたちの心を一瞬で鷲掴みにした。


『おじさんの凄い所を見せてやる』とか『お兄ちゃんの凄い所を見せてやる』などギリギリの発言にミネルバさんが幽鬼のような形相を見せていたが、結果としてベテランと若手の職人さんたちが対抗意識を芽生えさせ、作業効率がさらに増した。そして熱量も増した。

 仕事は進むがとにかく暑い。暑っ苦しい。

 昨日まで日陰を欲しなかったのに今日になって欲したのはたぶんあれが原因だ。

 ポーラが悪いので行き場のない怒りではあるが。


 また水筒の水を口に含んで息を吐く。大丈夫。まだ耐えられる。

 ぶっちゃけメイドさんたちが待機している日陰に逃れても良い気がするが、ちょいちょいノイエが上空から僕を見つめて来る。朝から夕方までドラゴン退治をしているノイエを見ているとこんな暑さに負けてはいられない。


 ほ~らノイエさん。君の夫はこんな日差しの下でも立派にお仕事をしていますよ。

 フワっと姿を現したノイエに向かい小さく手を振ると、彼女はブンブンとアホ毛を振って返事をして来た。あれって返事だよね?


 にしても本当にノイエは元気だ。

 あの元気が僕にも欲しい。そうすれば僕もノイエと互角以上に戦えるはずなんだ。


 思い出すのは先日行った温泉旅行だ。

 ノイエが仕事で夜しか参加できなかったが、アイルローゼとシュシュの2人を侍らせて温泉旅行に行った。厳密には悪魔とその配下と化したメイドさんたちも居たが。



 温泉を心待ちにしていたシュシュは大喜びで、アイルローゼは珍しく笑顔が多めだった。

 2人の様子を見ているだけでも温泉に行って良かったと思う。

 正直夏に温泉ってどうかとも思っていたが、2人が笑うのならばと……ポーラの姿をした悪魔が温泉に氷の塊を投げ込む暴挙から低温温泉を味わうことが出来た。

 ぬるま湯に浸かりゆったりとした時間を過ごすという贅沢を堪能した。

 それから悪魔が作った氷からかき氷を作りそれを食べたり、お昼はバーベキューをしたりと夏っぽいことをやりまくった。


 で、日が沈みだしたら各々部屋でまったりだ。


 この日の為にと対ホリー用の魔道具を持って来た僕は、乾期用の薄手のメイド服に着替えたシュシュに対して迷うことなく使った。

 メイド服と“あれ”は恐ろしい威力だった。久しぶりに猿になった。

『先生もこんな風になりたくなかったら……分かるよね?』と魔道具を振りながらお願いしたら、泣き顔でコクコクと頷く先生と言うレアな姿が見れた。脳裏に永久保存だ。


 魔法の力で無敵になった僕はシュシュを腰抜けにし、返す刀でアイルローゼにも手を出した。

『約束が違う!』と最初騒いでいた彼女もあっという間に腰抜けだ。

 本当に恐ろしい魔道具と魔法の組み合わせだ。あの状態なら僕は魔王ホリー魔王レニーラにだって勝てるかもしれない。

 前回レニーラが来た時に魔道具相棒を使うことを忘れていた。次はリベンジだ。


 ノイエは食事と温泉をしてから部屋に来たのでだいぶ遅くなったが、部屋の状態を見て頬を膨らませて僕に挑んできた。

 無敵の僕なら絶対に負けないと正々堂々と立ち向かい……引き分けで終えた。


 ノイエの祝福は絶対にチートだ。食べ物がある限り絶対に負けない。

 引き分けに持ち込めたのはノイエの食料が尽きたからだ。それが無ければ負けていた。

 ただし真の勝者は、翌朝ホクホク顔で優雅に温泉を楽しんでいたあの悪魔かもしれない。

 何をどこまで録画したのかは知らないが、今度見せてもらえるかな?


 ただ自分が出ているあれを見るのって……若干興奮してしまう僕はもう人としての何かが終わっているのかもしれない。

 ああ僕は変態さ。認めようじゃないか! もうこうなったらとことん変態道を突き進んでやる! 何なら大統領だってぶん殴ってやる! だけど汚いのと痛いのと男と男は無理です! 人と動物も無理です!



「……にいさま?」

「はっ!」


 ポーラの声で我に返った。暑さの余りに意識が飛んでいたよ。


「だいじょうぶですか?」

「ああ。流石に暑くて気絶しかけてた」

「……こおりをだします」


 容赦のない氷柱が僕を囲うように4本生じた。

 これはこれで最初は涼しいんだけど、途中から寒くなって最終的には蒸し暑くなる。

 ポーラの優しさだから不満は言えないが、お兄ちゃんをするのもこれはこれで大変だ。


「にいさま」

「はい?」

「あたらしいのです」


 新しい水筒を取りに行ったポーラが戻って来た。

 ポーラってアルビノだから日差しの下とかに居たら辛いと思うんだけど……異様に元気だな。もしかしたらあの悪魔が魔改造しているとか無いよな?


 ポーラが差し出す水筒を受け取る。


「なんですか?」

「暑くないの?」

「めいどは、あつさなどにはまけません」

「誰の言葉?」

「めいどちょうさまです」


 違った意味でウチの妹が魔改造されていた。

 もう根っからのメイドらしい。当初は騎士にしようと思ったのにな……どうしてこうなった?


 悲しい過去を思い返しても仕方ないので受け取った水筒を口に運ぶ。氷入りでとても冷たい。

 ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲んでしまった。


 体の何かが思い出した感じで一気に汗が噴き出す。


「あ~。避暑地でのんびりしたい」

「ひしょち?」


 ポーラが首を傾げる。どうやら避暑地と言う言葉を知らないっぽい。


「涼しい場所に行って過ごすことかな」

「つまりやすみですね」

「身も蓋も無い」


 ポーラは僕の本音を見抜いているらしい。

 その通りです。僕に休みをください。それが本音です。


「とりあえずアイルローゼが門を動かしてくれないと休めないんだけどね」

「そうですね」


 僕らは視線を動かしそれを見る。

 魔法学院の野郎共が必死に組み立てている門だ。あんな大きなものをどうやって悪魔が運んで来たのかは謎なままだ。


「ねえポーラ」

「はい?」

「あれってポーラのエプロンの裏に入るの?」

「ぜんぶはむりです」

「……」


 何割かならそのエプロンの裏に入るというのですか?




~あとがき~


 ドラグナイト家のメイドさんたちは姉妹の2人にラブなので筋肉などには靡かないんですけどねw


 温泉の内容は途中まで書いて削除しました。もうただのエロ小説やんw

 R15の範囲で収まらないのでナレーションで終えました。

 対ホリー用の魔道具は…ラスボスホリーとの戦いでその正体が明かされるでしょう。たぶん?




© 2022 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る