だれのことですか?

 ユニバンス王国・王都郊外北部



「……帰りたい」


 乾期の直射日光がジリジリと僕を照らすのだ。

 お城の外は夏でした。はい知ってます。毎日夏を味わっていますから。


 こう毎日が夏の暑さだと海が恋しくなる。恋しくはなるが海は遠い。そして海には海洋属性のドラゴンが居る。シーなんちゃら的なでっかいウミヘビのようなドラゴンだ。

 いつだか冗談でノイエに聞いたら知られている海洋系の種類を全部教えて貰った。二度目は勘弁だ。

 何よりノイエはたくさんの水が大嫌いだ。大浴場ぐらいまでは耐えられるが、プールサイズだとアウト臭い。よって湖もダメだ。多くの水を見るとノイエは足が竦んでしまって水に近づけなくなる。

 原因は彼女が父親によって川で殺されそうになったの時のことがトラウマになっているものだと思われる。ただし全てが推測なので事実かどうかは謎だ。何かの機会でノイエの姉に遭えたら聞きたい話の1つでもある。あの姉はどうなったんだっけ? 今度あの馬鹿悪魔に確認しよう。覚えていたら。


 暑さの余りに思考が脱線していくよ。

 本当に暑い。日影が欲しい。具体的には大きなパラソル的な物でも可だ。

 ノイエが大きな日傘を持って上空から日陰を作ってくれないだろうか? 何ならあの太陽を布で覆ってくれても良い。

 脱線が止まらないな。


「にいさま。あついですか?」

「暑いです」

「まかせてください」


 パァ~っとその顔に笑みを浮かべたポーラがまた氷を作ってくれた。

 我が家の妹様の祝福だ。この時期になると光り輝くポーラの最終奥義だ。

 ただし問題は、氷柱を作られても……気づけば溶けだし、地面にぬかるみと水たまりを作るだけだ。


 満面の笑みで氷柱を作り出すポーラを止められない。

 3本ばかり氷柱を作ったポーラは、笑顔でミネルバさんの元に戻り軽食を口にする。


 可愛らしく食事をするポーラの様子を見守るミネルバさんの胸には、『反省中』と言う看板が下げられている。夏風邪的な物をひいた彼女は、ずっと部屋に籠って世間には公表できない悪夢を見続けていたらしい。

 悪夢なのに反省中とは謎だ。謎なのだがポーラを見つめるその目がだいぶ怪しい。実は悪夢では無くて危ない薬に手を出していたのかと言う方を疑う。


 事実としては、ポーラの中に住まうあの悪魔がミネルバさんを調教していただけだけどね。


 それを覚えているのは僕とアイルローゼだけだ。ノイエは普段から記憶が怪しいので聞くだけ無駄だった。

 屋敷に住む残りの人たちは、ポーラの姿をした悪魔の所業を全員が忘れている。

 厳密に言うと忘れたのではなく『悪い夢を見た』と言って、ポーラ派の人たちは全員がモジモジしだす。ノイエ派の人たちは『やはりノイエ様よね』と訳の分からない一体感を醸し出している。


 悪魔を身に宿すポーラは、食事を終えてまた僕の元に駆けて来た。

 迷うことなく僕の腰に腕を回して……暑いから離れてと言いたくなるのだけど、嬉しそうな彼女を見ているととても言えない。


「にいさま」

「日陰で休んでればいいのに」

「いやです」


 何度目かの言葉か分からないがポーラが離れてくれない。

 昨夜ようやく悪魔から普通のポーラに変わってからこんな感じだ。コバンザメだ。離れない。


 ノイエがイラっとしてポーラを引き剥がそうとしたが、昨夜はポーラも姉の行動に逆らう。姉妹の僕を奪い合う喧嘩は、アイルローゼと言う長女の仲介でひとまず終わりを迎えた。

 アイルローゼがノイエを抱きしめて寝ると言うことで、ポーラが僕と一緒に寝ることとなった。ただし同じ部屋だ。僕らの寝室でだ。

 一貫してポーラは僕を自分の部屋に連れ出そうとしたが、それは2人の姉が許可しない。

 最後はアイルローゼがポーラの頭を掴んで『聞き分けの無い子は嫌いよ。溶かしたくなるの』と脅迫と言う名の言葉の暴力で末妹に理解させた。ポーラが半泣きだったのは言うまでもない。


「で、ポーラさんや」

「なんですか?」

「あの悪魔はどうしてるの?」

「しりません」

「はい?」

「しりません」


 目を細めて僕を見上げるポーラの様子がなんか変だ。

 表情は笑っているように見えるのだが、その背後にはどす黒い邪悪なオーラが漂っているようにしか見えない。と言うか漂っている。黒い邪悪な気配だ。


「ポーラさん?」

「はい」

「君の師匠は、」

「だれのことですか?」

「……」

「だれのことですか?」


 本気で言っている。これは間違いなく本気だ。

 2人の間に何があったのかは知らないが、ポーラ様はあの悪魔に対してお怒りのご様子だ。

 触らぬ神に祟り無しだ。この世界には神様は居ないらしいので、触らぬ禿げに抜け毛無しで良い。

 これ以上ポーラにあの悪魔のことを聞かないこととしよう。どうせ家庭内害虫のように勝手に湧いてくる存在だ。問題はあれが出て来ないと撮り貯めしている先生の痴態が見れない。今は他人が居るからいくらでもこの目に……あれ? 撮り貯めって先生だけなのかな?


「ねえポーラ?」

「はい」

「ほんの少しだけ心を穏やかにして聞いてください。あの悪魔は現在?」


 ぶわっとポーラの背後でどす黒いオーラが!


「……はんごろしにしました」

「はい?」


 可愛らしい少女の口から大変物騒なお言葉が?


「なぐってなぐってなぐって……ふふふふふ」


 ファシーに通じる何かを感じ、そっとポーラを抱きしめる。

 よ~しよし。良い子だからその物騒なオーラを消そうか? 何があったのか知らないけど殴って殴って満足したでしょう? 半殺しにしたんだから文句ないよね?


「つまりしばらく出て来ないと?」

「はい」


 だからどうしてそんなに満面の笑み?


「でようとしたら、こんどこそとどめを」


 まだ早いからね。せめてあれから先生の録画をしたデータを得てからでお願いします。


「なら仕方ない。まずはお仕事だな」

「はい」


 と言っても頑張る先生の後姿を眺めているだけの簡単なお仕事です。

 現在術式の魔女であるアイルローゼは、魔法学院の教職員や生徒まで引き連れゲートの移設を突貫で進めている。


 場所は計画通りに王都の北側になった。

 僕の家からとても近い。本当に近い。王都に住む貴族の中で最も近い。まあ我が家は王都内で済むことを許されず王都郊外に屋敷を持ったわけですけどね。


 もちろん貴族たちから反対意見は出たけれど、そこは移設の中心人物であるアイルローゼの一声で黙らせた。


 彼女曰く『王都から遠い場所なんて通うのが面倒なのよ』の声で移設先が王都になった。『屋敷から遠いと毎日通えないわ』の声で王都郊外の北側で決定となった。

 一部貴族たちから物凄く睨まれ、陛下が頭を抱えていたが……先生の言葉に誰も逆らえない。


 そして魔法学院の面々を動員し、一晩で門をパクって……運んで来た“先生”の手により現在突貫工事で再開準備が進んでいる。

 まあ持って来たのはあの悪魔で、下地となる準備の全ても悪魔の仕事だ。


 アイルローゼがするのは新しく門の根幹となる術式の確認と術式の手直しだ。

 確認が出来ることですら凄いのに、手直しまで出来るのだから本当にチートだ。

 ただ問題は一日に数度叫び出すことがある。


「あ~腹立たしい!」


 こんな具合にだ。と言うかまた叫び出したよ。

 ため息を吐きながら僕はアイルローゼが居るテントへと向かう。


 一応僕も門の傍に配置する商業施設や宿泊施設の線引きの立ち合いと言うお仕事があるんだけど……アイルローゼに物申せるのが僕しか居ないから諦めるしかない。




~あとがき~


 ポーラ生還です。

 そして悪魔はポーラの手により退治されましたw


 門の移設です。

 場所は王都の北で…先生がお怒りです




© 2022 甲斐八雲

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