幸せって恐ろしい麻薬ね

 ユニバンス王国・王都王城内正門



「お姉ちゃん」

「お帰りなさい。ノイエ」

「はい」


 甘えるように頭を差し出してくる妹の態度に少し呆れながら、アイルローゼは相手の頭を撫でてやる。

しばらく撫でてから魔女は抱えていた物を相手に押し付けた。

 宝玉を受け取ったノイエはそれを軽く頭上に放り投げ、触角のようなひと房の髪で受け止めた。


「アルグ様は?」


 キョロキョロと辺りを見渡す妹に魔女は苦笑した。


「逃げて来るだろうから馬車で待ちましょう」

「はい」


 命じれば迷うことなく応じるのがノイエだ。

 軽い足取りで馬車に乗り、後から来る姉に手を貸しともに馬車で待つ。

 横になって座るスタイルの馬車の中では姉に甘える妹が……枕を求めて頭を動かし続ける。


「ノイエ?」

「この枕は」

「それ以上言ったらその頭の毛を引き抜くわよ?」

「……」


 宝玉を専用の籠に移し自由を得たノイエのアホ毛は、姉の言葉でしょんぼりとなった。


「私は小さいから仕方ないのよ」

「……でも」


 体勢を変えてノイエは姉の足に頭を預ける。


「こっちは好き」

「……甘えたいだけでしょう?」

「はい」


 素直に認める妹の頭をアイルローゼは優しく撫でた。


「ナガト~! 出発だ~!」


 遠くからの声に妹の髪の毛が反応する。

 それを魔女はワシッと掴んで黙らせた。


「お姉ちゃん……ヒグッ」

「最近魔剣これが暴走している気がするのよね」

「強くは、ダメ」

「一度エウリンカに調整させるしかないのかしら?」

「お姉ちゃん。んっ」

「狂いはないと思うけど……」


 妹の体の一部である魔剣を握り確認する魔女は、不意に感じた気配に足を動かす。

 馬車の戸が開いて馬鹿が飛び込んできた。


「出発!」


 倒れ込みながら勢いで戻って来た戸をに鍵をかけ馬鹿が吠える。

 感じとすれば嫌々な様子で……馬車が動き出した。




 危なかった。

 まさかお兄様が僕を確保しておこうと動き出すとは思わなかった。

 全力で逃走し続けてこうして無事に馬車にたどり着いた。

 今頃イネル君やクレアが掴まっているかもしれないが、上司の為に死んでくれ。


「で、馬鹿」

「はい?」

「いつまで私の」


 命の危険を感じたので、慌てて先生の胸から手を放す。

 小さいだけで存在はあるのだよ。存在は!


「アルグ様」

「はい?」


 ニョキっとノイエが生えるように僕の前に顔を出してきた。


「小さいは失礼」

「……」

「お姉ちゃんにしつ、れっ」


 ワシッとアイルローゼがノイエのアホ毛を掴んだ。


「ノイエ?」

「んっ……んっ」


 ビクビクと全身を震わせノイエが涙目で姉を見る。


「帰ったら少しお姉ちゃんとお話ししましょうね」

「ふにゃい」


 僕の知らない間に何かありましたか?




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「なに?」

「……」

「お姉ちゃん?」

「……」

「ダメ」


 体を捻ってノイエは姉の視線から自身の胸を逸らした。

 だが姉はそんな妹の行為を逃さない。手を伸ばして捕まえて凝視する。


「ねえノイエ」

「はい」

「……この胸を外して私に頂戴」

「外れない」

「頑張って」

「無理」

「やろうともしないで諦めないで」

「無理だから無理」

「ノイエは出来る子よ」

「……」


 何を言ってもダメそうだからノイエは逃げ出した。

 普段なら怒られるが脱衣所から湯船に直行だ。


 妹に逃げられたアイルローゼは、ゆっくりと自分の髪をアップにしてから浴室に入る。

 軽く体を洗ってから湯船に浸かった。


「ノイエ」

「聞こえない」

「その胸を」

「知らない」

「お姉ちゃんに」

「……」

「寄こしなさい」


 妹に飛びついて相手を抱え込む。

 抱きしめたノイエが小さく抵抗を見せるが、あっさりと諦めた。


 ギュッと妹を抱きしめてアイルローゼは柔らかく笑う。


「ねえノイエ」

「はい」

「貴女はずっとこんな気持ちだったの?」

「……」

「彼と結婚してから幸せ?」

「はい」


 迷いのない即答だ。

 腕の中の妹の返答にアイルローゼはまたギュッと抱きしめた。


「ねえノイエ」

「はい」

「私はね……悪いことをいっぱいしたの」

「……」

「そんな私が幸せになることがとても怖いの。良いのかなって思うの」

「はい」

「……良いのかな? 幸せになっても」

「はい」

「本当に?」

「はい」


 腕の中に居る妹がクルっと回り正面から見つめて来る。

 その様子にアイルローゼは何とも言えない気持ちで見つめ返した。


「お姉ちゃん」

「なに?」

「怖い?」

「……怖い」


 幸せ過ぎて怖い。それがアイルローゼの本音だ。

 怖すぎて毎日『足元が崩れて地の底まで落ちて行くのでは?』とすら思っている。


「怖いわノイエ」

「はい」

「でもね……貴女と彼が居るから耐えられる。怖さを忘れられる」

「はい」

「……幸せって恐ろしい麻薬ね」

「それは違う」


 断言しノイエは自分から姉の背に手を回して抱き着いた。


「望むから叶う」

「……」

「お姉ちゃんが望んだから」

「そうかしら?」

「はい」


 顔を上げ真っすぐノイエは姉を見る。


「アイお姉ちゃんは幸せ?」

「……」


 妹の声にアイルローゼは言葉を失った。

 今、ノイエは自分のことを何と呼んだ?


「ノイ、エ?」

「なに?」


 震える声でアイルローゼは妹を見つめる。


「私の名前を呼んだ?」

「ん? いつも呼んでる」

「いつも?」

「はい」


 迷うことのない返事にアイルローゼは妹を見つめる。


「いつも呼んでくれているの?」

「はい」

「……なら真っ直ぐ私を見て呼んでくれる?」

「はい」


 居ずまいを正してノイエは姉を見つめる。真っ直ぐな目で。


「……お姉ちゃん」

「もう一度」

「お姉ちゃん」

「ノイエは出来る子よ」

「お姉ちゃん」

「それが貴女の限界なの?」

「お姉ちゃん」

「もっとよ」

「むう」


 拗ねたノイエが顔を背けて拗ねだす。

 その様子にクスクスと笑ったアイルローゼは、自分に横顔を見せている妹の頬にキスをした。


「ノイエ」

「はい」


 ギュッとアイルローゼは妹を抱きしめた。


「大好きよ。私の可愛い妹」

「はい」


 クルっとノイエはアホ毛を回す。


「私も好き」

「誰が?」

「アイお姉ちゃん」

「……そう」


 微笑んでアイルローゼは増々妹を抱きしめた。




「Zzz……」


 ベッドの上で半裸のノイエが僕以外の男性には見せられない体勢で寝ている。

 両腕を広げて股も開いている。走っているかのような体勢に見えなくもない。


 ようやくハイテンションだったノイエが眠ってくれた。


 お風呂で何かあったのか寝室に来たノイエは異様に元気だった。


「先生」

「にゃに?」

「ノイエと……おひ」


 ノイエの相手をしていたら、先生はカミーラ用の強いお酒を飲んでいた。

 あれは危険だ。喉が焼けるように熱くなる。


「先生」

「あは~」


 そして完全に酔っている。顔が真っ赤だ。

 机に上半身を預けて完全に溶けていらっしゃる。


「もう先生。ちゃんとして」

「や~」


 子供みたいに我が儘を言わない。暴れない。


「暴れるならその小さな胸を揉むぞ?」

「どうぞ~」

「……」

「早く~」


 完全に魔女の面影が無い。

 どうしてこうなった? 主な原因はお酒だが。

 悪魔の存在である酒瓶に封をして遠ざける。


「揉まないの~」

「だぁ~。抱き着くなって。お酒くさっ」

「ね~」


 揉むなら抱きしめた方がまだ良い。

 ギュッと抱きしめたらアイルローゼが抱きしめ返してきた。


「飲みすぎ。というかあれは飲んじゃダメなヤツ」

「どうして~?」

「あれはカミーラ用の特に酒精が、あむっ」


 先生の手が僕の頬を包んでキスして来た。

 普段絶対に見せない濃厚な……お酒くちゃいです~。


「……ねえ馬鹿弟子」

「はい?」


 上機嫌で酔っている先生が僕にしがみ付いて来た。


「ノイエがね……ノイエが」


 顔を上げて飛び切りの笑顔を先生が向けて来る。


「可愛いの」


 知ってるって。


「本当に可愛いの」

「はいはい」

「可愛いの!」


 怒っている今の先生も可愛いですって。


「先生も可愛いですよ」

「知ってる」

「奇麗だし」

「知ってる」


 凄い自信だな。認めるけど。


「ねえ?」

「はい?」


 ギュッと先生が抱き着いて来た。


「今日は私が上でも良い?」

「はい?」

「下手だと思うけど……」


 下手とか関係ないです。その気になっている先生が貴重なんですから。




~あとがき~


 主人公は逃げ出した。でも明日もお城に行くのにねw


 ノイエはいつもフルネームでお姉ちゃんたちを呼んでるんですけどね。

 ただ色々とあって名前が口から出てないだけです。でも出た…どうして?


 酔った先生が暴走しました~




(C) 2021 甲斐八雲

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