何で旦那君の味方を!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「聞いてよノイエ」

「はい」

「あの胸無しが私をイジメるの」

「……お姉ちゃん?」

「聞きなさいノイエ」

「はい」

「あの胸だけが私の悪口を言っていたのよ」

「……お姉ちゃん?」

「聞いてよ……」


 湯船の中央でノイエが呼ばれる度にクルクルと回転している。

 左右にはそれぞれ姉たちが陣取り……自身の潔白を主張していた。

 僕からすればどっちもどっちだが。


 ただずっと回っていたノイエが、ピタリと動きを止めて僕を見る。


「アルグ様」

「何でしょう?」

「どっちが悪い?」


 ギランと2人の姉が僕を睨みつける。


「ノイエから見て胸が大きい方」

「……」


 両手で自分の胸に触れて何かを確認したノイエが、迷うことなくレニーラを見た。


「お姉ちゃん?」

「落ち着いてノイエ。旦那君はあの悪い魔女の足に騙されているだけだから!」

「……」


 何故かノイエが僕を見る。


「ノイエもあの足で膝枕して貰うのは好きでしょう?」

「はい」

「つまりそう言うことです」

「どう言うことよ!」


 憤慨して立ち上がったレニーラが吠えた。


「私の太ももだって凄いんだから! 舞姫してた頃なんて貴族の人たちがどれほど私の太ももに触れようとしたことか!」

「つまり触られて穢された太ももと言うことでしょう?」

「アイルローゼ~! 言ってはならない言葉を~!」


 レニーラの何かが触発されたのか若干キレた。


「……お姉ちゃんの足も奇麗」

「やっぱりノイエよ! 我が一番弟子!」

「はい」


 暴れる前にノイエという精神安定剤を得たレニーラが妹を抱きしめてむせび泣く。


「見た目だけで誤魔化されちゃダメよノイエ。その足は男共に触れられて」

「お姉ちゃん」

「何よ」

「めっ」

「……」


 ノイエに『めっ』てされたアイルローゼが意気消沈した。

 あんなに落ち込む先生はレアである。


「ノイエ~」

「はい」

「やっぱりノイエは私の味方よ~」

「はい」


 形勢逆転だ。気づけばアイルローゼが悪者になった。

 それに気づいたのであろうアイルローゼが何かを語ろうとしているので僕が先手を打つ。


「先生。それ以上レニーラのことを悪く言うとノイエにまた『めっ』てされますよ」

「……」


 湯の中に沈んでいく先生は、僕の気持ちをどうやら理解してくれたらしい。


「何より先生は他人を悪く言えても上っ面だけなんですから」

「ばぁによ」


 湯の中から口を出しなさい。行儀の悪い。


「先生は根っこが優しすぎるんですから」

「……」


 湯当たりでもしたのか、顔を赤くした先生がブクブクと泡立たせながら湯の中に沈んでいく。


「で、旦那君」

「はい?」


 ノイエを抱きしめているレニーラがこっちを見た。


「君は何で当然のようにそこに居るのかな?」


 それは当然です。僕には義務があるからです。


「3人が……と言うよりもレニーラが暴れないようにだね。この中で一番短気を起こしそうなのは、間違いなく君です」

「失礼だな!」

「事実です」

「……ノイエ~」

「アルグ様、」

「後で頭なでなでさせてね」

「はい」


 ノイエが言い切るよりも先に会話をすり替える。


「ってノイエ。何で旦那君の味方を!」

「……好きだから」

「まあ! あんなに小さくて愛らしかったノイエからそんな言葉を聞くことになるなんて!」


 レニーラよ。君はどの辺のポジションでそのコメントをしているのか聞きたい。


「娘を思いやる母親の感じはとりあえず忘れて」

「齢! ノイエが私の娘だとしたら私の年齢は」

「気にするな。今の君は年齢的に見て」

「旦那君。女性に齢のことは言っちゃいけないんだよ」


 シュシュの時のように冷たいほどの真面目な声がレニーラから聞こえて来た。


「まあノイエはとっても大切な弟子であり、可愛い妹だけどね」

「はい」

「ん~。ノイエ~」


 ノイエの頬にスリスリしながらレニーラが騒ぐ。


 気づけば先生は湯から上がり腰を掛けてこっちを見ていた。


「ねえ馬鹿弟子?」

「何でしょう」

「どうして当然のように貴方は私たちのことを見ているの?」


 再度の問いにそろそろ本音でお答えしましょう。


「先生。いいえアイルローゼ」

「はい」


 強い僕の言葉に彼女が素直に返事を寄こす。


「はっきり言おう。ノイエも貴女もレニーラも、誰から見ても美しい女性なのです」

「……」

「だからつい3人の入浴している姿を見たくなりました。何より僕はアイルローゼの胸の大きさなんて気にしません。美しい貴女の顔とその足が見たかったんです!」


 言いきった。はっきりと言いきった。後悔はない。


「……馬鹿」


 デレた先生が顔を真っ赤にしてまた湯船の中に戻る。


「ちょっと旦那君!」

「何よ?」

「私は? この私は?」


 本当に煩い舞姫だな。


「好きだよ? レニーラも美人だし、何よりその活発的な所とか好きだしね」

「もう旦那君ったら~」


 ノイエを抱いたままレニーラがおどける。


「アルグ様?」

「ノイえは存在そのものが愛おしいです」

「……はい」


 アホ毛の制御に狂いが生じたのか、犬の尻尾のように激しく動いた。


「なら僕もそろそろみんなと一緒に」

「……調子に乗らないでね」


 ノイエとレニーラはノーリアクションだったが、先生だけがそんな冷たい声を寄こすのです。

 仕方なく僕は浴室を出て……どうして女性って長風呂なんだろう? 僕的にはササッと済ませて食事に行きたいだけなんですけどね。

 お風呂を諦めてまず食事を優先することにした。




「どう? ノイエ」

「悪くない」

「ノイエ」

「……こっちも」


 食事をしてから再度浴室に向かったら何故か2人の姉がノイエを奪い合っていた。

 床に座り膝枕をする2人の姉の間をノイエが移動している。


 そんなことをしてないでお風呂から出て欲しいのです。湯当たりするよ?


「ノイエ~?」

「はい」

「どっちの枕が好き?」

「……」


 僕の質問にノイエがフリーズした。


「ノーフェお姉ちゃんの胸」

「実の姉が最強か」


 まあ仕方ない。それが事実だろう。


 ただ納得いかなかったレニーラがノイエを捕まえて自分の胸に彼女の顔を押し付けている。

 それは枕ではない気がします。


「弟子」

「はい?」


 全身と言うか顔まで赤くした先生がこっちに来た。

 気のせいか若干足元がフラフラな気が?


「ちょっと肩を貸して欲しいのだけど」

「……のぼせるまで何をしているんだか」


 素直に肩を、と言うより相手を抱き上げてお姫様抱っこをする。


「だって」

「子供のような言い訳をしないの」

「……」


 軽く先生を叱って浴室を出る。

 脱衣所に置かれている椅子に先生を座らせ、僕はタオルを広げてそれで相手を煽ぐ。


「ねえ弟子」

「何でしょうか?」


 椅子に腰かけ軽く俯く先生がゆっくりと顔を上げた。


「この屋敷に自分の部屋が欲しいの」

「別に空き部屋を使って貰っても良いですけど?」

「良いの?」

「はい」


 何なら空き部屋全部を解放して姉たちに部屋を与えるのも有りだ。


「なら今夜は確かベッドが余っている」

「あ~はいはい。何となく分かりました」


 分かったというか先生の不器用な優しさに気づいた。


「別に気を配らなくても」

「……良いのよ。私がしたいだけ」

「なら良いんですけどね」


 つまり僕とレニーラがそう言うことをしている場面を先生は見たくないらしい。

 ただアイルローゼは忘れている。我が家には家族を愛して止まないノイエが居ることを。




「ノイエ放して」

「何で?」

「見たくないの」

「嘘」

「本当よ。見たくないの!」


 必死に叫ぶアイルローゼを抱きしめているノイエがその手を放す気配が無い。

 と言うか先生。出来たら拒否ってないで助けてください。


「さあ旦那君。今夜は私が満足するまで踊りに付き合って貰うんだから!」


 絶好調なレニーラが止まらない。

 何より一方的な搾取は、付き合う付き合わないの選択肢が僕に存在して居るようには思えない。


「放してノイエ! 見たくないのよ!」

「ダメ。お姉ちゃん言った。学ぶことが大切って」

「言ったけど、言ったけど~!」


 アイルローゼ的には見たくないらしい。

 こんなアクロバティックな動きを先生には求めていませんしね。はい。




~あとがき~


 と言うか何のために出て来たんだレニーラよ?

 謎である。


 怒涛の年末進行で若干死にかけています。

 年内は1日1話を投稿するので精いっぱいかもです




(C) 2021 甲斐八雲

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