ちょっと聞いてよ弟子!

 ユニバンス王国・王都王城内国王夫婦寝室



「アルグスタおにーちゃんが最近厳しいのです~」


 ジタバタと少女のように小柄な王妃が暴れていた。

 少女のような見た目に反してその寝間着は大人の女性向けの……はっきり言って似合っていない。


 夫であるシュニットはその姿に慣れているのか無反応だ。


「今日はお前が殴りかかったとの報告を受けたが?」

「愛情表現です。表現が過激になっただけです~」

「ならアルグスタの返答も過激になっただけであろう」

「ダメです~。おにーちゃんは常に私に対して甘くないとダメなんです~」

「……それは難しかろう?」


 我が儘と言うか我が儘だ。


「それにあの魔女さんも手厳しいです~。何かにつけて私に『王妃様。王妃様らしく振る舞った方が宜しいかと思いますが』って、そんな小言は口煩いメイドさんだけで十分です~」

「そんなことを言っているとまたスィークに逆さに吊るされるぞ?」

「それこそ納得がいかないです~。王妃を逆さに吊るすメイドなんて普通居ないです~」

「それを言ったら……まあ良い」


 色々な何かをシュニットは噛みしめて飲み込んだ。

 ただ今宵の王妃は愚痴りたいだけなのだ。自分の存在を後回しにして真面目に仕事をする弟たちを許せないだけだ。

 国王と言うか人として判断するに、アルグスタたちの反応に何ら間違いはない気がするが。


「それでキャミリー」

「ぶ~です~」

「毎日遊びに行っているのであれば、アルグスタが上奏したあれをどう思う?」

「ん~」


 ジタバタとベッドの上で暴れていた王妃が動きを止めた。


「それも面白くないです~。もっと早くに私がシュニット様に提案しないと駄目な奴です~」

「つまりお前から見て上策であると?」

「です~」


 またジタバタと王妃が暴れ出した。


「面白いです~。実行できればこの国はより豊かになるです~。何より仕掛けるなら今が最高です~」

「帝国も共和国も疲弊しているからか?」

「それもあるです~。でも一番の理由は近接している土地が兵を出せる状況にないってことです~。早急に仕掛ければ、たぶん共和国からの兵が来る前に作業を終えるです~」

「帝国は?」

「キシャーラ様が睨めば動かないはずです~。何より新領地に接している帝国領には、『キシャーラ様がユニバンスから独立して国を興すらしい』という噂話が流れているです~。事前に誰かが噂話を流すようにしていたです~」

「おかげでキシャーラが引くに引けないらしいが」

「そうなると仕掛けたのは大きなおにーちゃんです~」

「だろうな」


 あの2人の弟たちは何かにつけて仲が良い。

 それにアルグスタがハーフレンが大切にしているメイドを拉致した時に彼女に色々と吹き込んでいたら……これ以上ない伝令役だろう。


「キシャーラが独立し国を興す。問題は無いな?」

「細かい問題はたくさんあるです~。でもそれ以上にこちらが助かるです~」

「少なくとも子供の代……孫の代までは安全か?」

「それ以上は流石に分からないです~。打つ手が無いです~」

「で、あるな」


 先を見通せなければこれからなど誰にも分からない。


「同時進行でことを起こせば……どうなる?」

「楽しいことになるです~。きっと共和国が黙ってないです~」

「だがあの国は今兵を動かせない」

「です~。重度の食糧難で大軍は無理です~」

「少数精鋭が来たら?」

「ユニバンスの守りは完璧です~。北東部の新領地はこんな時に緩衝材となるべく得た領地です~。大いに役に立ってもらうです~」

「お前と言う者は」


 人の生き死にも数字でしか捉えていない王妃の言葉にシュニットは苦笑する。

 間違えてなどいない。そう考えなければ戦争などできない。


「キャミリーは反対などしないのだな?」

「しないです~。でも、です~」

「何だ?」


 動きを止めてキャミリーは夫を見つめる。そして小さく咳払いをした。


「そろそろ色々なことが限界です。何よりアルグスタは周りの貴族たちの反感を買い過ぎました」

「粛清すると?」

「それは無理でしょう。ノイエが居る限り彼らは手出しが出来ない。何より最近はこれでもかと魔女を連れて歩いています。誰があの術式の魔女に喧嘩を売るでしょうか?」

「とすると?」

「はい」


 頷き王妃は口を開いた。


「アルグスタは大変部下想いの人として知られています。私が彼を狙うとすればその部分でしょう」

「だが彼の部下には密偵の護衛が配置されている」

「はい。でもただの人でしょう?」

「……そうだな」


 相手は虎の子の存在を繰り出してくる可能性があると王妃は言っているのだ。


「動いているのか?」

「はい」


 故にキャミリーは毎日確認していた。

 地方都市に居る厄介な存在をだ。


「祝福を持つ者を動員し、アルグスタの部下を狙うと言うことか」

「はい」


 頷く王妃にシュニットは深いため息を吐いた。


「……厄介であるな」




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「ん……んっ」


 全身の気怠さに呻きにも似た声を上げながらアイルローゼは背伸びをした。

 サラサラと肌に触れるシーツの感触が気持ちいい。滑らか過ぎる感触から最上級品のシーツだと分かる。

 何度か自身の肌をシーツに擦り付け、アイルローゼはようやく目を開いた。


 僅かに流れてくる風が心地よい。

 この屋敷の外観ははっきり言って無骨な砦にしか見えないが、内部は上品な屋敷となっている。

 時季に応じて開く窓の場所を間違えなければ、こうして風の少ない乾期でも風が流れるのだ。


《腐っても王子だった人間が住む場所よね》


 そう。相手は王子だ。王子様だ。元が付くが、何かの間違えが起これば彼が王になることもある。

 一瞬顔の前に腕を運んだアイルローゼは、言いようの無い不安を覚えた。


 そうすれば可愛い妹が王妃だ。それは絶対に避けなければいけない。


 今のノイエは衝動をドラゴンに向けているから平静を保っている。仮に彼女からドラゴン退治を奪えば? やり場のない“殺人”衝動が何処に向くのか分からない。


《私たちの罪よね。あんなに愛くるしかったノイエにみんなで甘えて救われて……》


 そして全身を罪で焼かれたノイエは真っ黒に染まってしまった。

 真っ黒を真っ白で覆い誤魔化しているのだから……自分たちはやはり咎人なのだろう。


「むぅ」

「えっ?」


 胸に感じた感触に目を向ければ、寝ぼけた妹が抱き着いていた。

 妹越しに馬鹿も見えるが……そっちはまだ野放しにしておく。お仕置きなら後でできる。


「ノイエ」

「むぅ」

「どうかしたの?」


 顔を胸に押し付けて甘える妹にアイルローゼは優しく頭を撫でてやる。


「この枕硬い」

「その喧嘩なら買うわよノイエ?」

「もっと柔らかいのが好き」

「何ですって?」

「ユーの大きさが良い」

「大きければ良いってものじゃ」


 起き上がって拳骨でも落としてやろうかとも思うが、上半身に抱き着いているので体が起こせない。

 せめて足を振り上げて勢いを付ければ……


「馬鹿弟子。そろそろお仕置きしてあげるから足から離れなさい」

「……」


 馬鹿が太ももに顔を押し付け寝た振りをしている。

 こっちも足を抱え込んでいるので動かすに動かせない。


「もうこの2人は……変に仲が良い」

「お姉ちゃん。この枕硬い」

「とりあえずノイエは後で拳骨」

「……」

「寝た振りしている馬鹿も同じって、どこを揉んでるのよ!」


 殴られるならば開き直った馬鹿と無礼を働く妹。

 アイルローゼの表情が無になるのにそう時間を必要とはしなかった。


「そう。2人ともまだ寝ているのね?」

「「……」」


 返事はない。寝ているようだ。


「だったら目を覚ましてあげるわよ!」


 高速詠唱を得意としている魔女が魔法語を紡ぐのはあっという間だ。

 逃れようとした馬鹿は足に挟まれ機会を失いそして……


「「「あばばばばば」」」


 3人揃って雷撃の魔法で感電した。




「弟子~!」

「……」


 無言でフラスコの側面に対して正拳突きをしている少女の姿に刻印の魔女も軽く引いた。

 そして罪悪感を得た。少し? かなり? 遊びが過ぎたのかもしれない。


「ちょっと聞いてよ弟子!」

「……なんですか?」

「良い話ととってもいい話があるの! どっちが聞きたい?」

「……いいはなしで」


 拳を止めて弟子が視線を向けて来た。


「不調だった魔力バイパスが復旧したの! これで私のホムンクルスを外に出せる!」

「とってもいいはなしは?」

「と言う訳で今から久しぶりの外に行ってきます! 留守番宜しくね!」


 投げキッスを残して師は駆けて行く。


 その後ろ姿を見送り……ポーラは気づいた。

 あれは『誰に対して』の良い話か言っていなかった事実をだ。


「ふふふ……あはは……」


 虚ろな目で笑いだした少女は、また拳でフラスコの側面を殴りだした。




~あとがき~


 実は天才な王妃様も認めるアルグスタの悪知恵。ボチボチ公表予定です。

 で、ユニバンスの地方貴族にも祝福を持つ者を囲っていたりします。それが動き出しました。


 頑張れアイルローゼ。そしてポーラ。

 君たちは周りの馬鹿たちの存在が悪すぎますw




(C) 2021 甲斐八雲

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