あの小さいのは王妃だったわね

 ユニバンス王国・王都王城内国王私室



 これからは僕の不始末の処理だ。やらかした記憶は全くないけれど後始末だ。

 そんな場所に女性2人を巻き込むことは出来ない。決して無様な姿を見せて後で先生からお叱りを受けたくないとかそんな本音は存在して居ない。


 お兄様の私室に向かう前に、僕の執務室に寄ってアイルローゼに猫の世話を頼む。

 我が家のにゃんこは僕から離れるのを拒否したが、ケーキを好きなだけ食べてて良いと言ったら……ソファーの上で丸くなった。借りてきた猫のようだ。少しだけ泣いたよ。


 そんな猫に呆れる先生に世話を任せ、僕は凛々しく陛下の私室へと向かう。


 男子たる者、倒れる時は目の前が水たまりであっても前のめりで倒れたい。そう言う男に僕はなりたい。

 だから扉を開き中に入って後ろ手で扉を閉じる。

 後は迷うことなく前のめりと言うか……正座からの土下座だ。


「この度は本当に申し訳ございませんでした。つい色々と現実が嫌になって全力で逃げました!」


 逃げる必要があったのかと問われると悩むけど……何となく逃げたくなったのだ。そんなお年頃だったのだ。


「アルグスタよ」

「はい」


 床に額を擦り付ける僕に陛下の冷ややかな声が。


「1度腹を割って徹底的に話し合う必要があると私は思っている。分かるな?」

「はい」

「では話し合うとしよう」


 結果として……僕は昼過ぎまで土下座したままになった。




 王城内・アルグスタ執務室



「なぁ~ん」

「もうファシー。ちゃんとフォークを使いなさい」

「……猫だ、から」

「人でしょう?」


 昔に比べ格段に甘くて美味しくなったケーキを、両手で掴んで頬張る猫にアイルローゼは心底呆れる。


 魔法を暴発させなければこの猫は静かである。代わりに暴発させたら殺すしかない。

 厄介ではあるが、引き受けてしまったからには世話をするしかない。


 紅茶で口の中の味を一掃し、アイルローゼはゆっくりと座り直す。まだ腰と言うか下半身の調子が悪いから、椅子よりソファーの方がだいぶ楽だ。

 何よりケーキが美味しすぎる。外に出た者たちがケーキ狂いになるのも頷ける。


 そっとフォークで小さく切り、それを口に運ぶアイルローゼは……自分のことをジッと見ている少女に気づいた。

 何処か弟子の1人の少女時代を彷彿とさせる愛らしい人物だ。


「クレアだったかしら?」

「ひゃい」


 有名な魔女に呼ばれクレアは声を裏返す。


 相手はあの術式の魔女だ。

 魔法が使えないクレアでも、使えないからこそ相手の偉大さを良く知っている。


「フレアの妹だったわね」

「ひゃい」


 机の隣に移動し、直立不動の相手にアイルローゼは呆れ果てる。


「……別に緊張しなくても良いのよ。今の私はドラグナイト家に仕える魔法使い。しいて言えば貴女の同僚なのだから」

「しょんな……アイルローゼ様は偉大な魔女様ですから」

「偉大ね」


 咎人である自分がまだそんな風に思われていることが、アイルローゼからすれば意外だった。


「私はただの人殺しよ」

「いいえ。アイルローゼ様はとても凄い人です」


 胸の前に拳を作り、クレアはその目を輝かせる。


「私は全く魔力が無くて魔法が使えませんでした。だけど諦めきれなくて……いっぱいいっぱい魔法書を読み漁りました。その大半の魔法書の手直しをしたのがアイルローゼ様だと聞いています」

「それは……間違っている個所を手直ししたぐらいよ」


 子供の頃の小遣い銭稼ぎだ。

 魔法書の間違いや矛盾点を見つけてそれを修正し、報告する。

 次から作られる写本にはミスが無くなり正しい魔法が伝わって行く。


「折角の魔法が間違っていて使えないなんて悲しいことでしょう? それで魔法使いになることを諦める人だって居るかもしれないから」

「はい。でもそう思ってそれを出来るアイルローゼ様は凄いと思います」

「……」


 ふんすふんすと鼻息を荒くし興奮する少女に魔女は苦笑する。

 これはあれだ。弟子たちと同じで何を言っても意味をなさない感じだ。

 目の前にいる人物が間違いを犯さない魔女だと信じて疑っていないのだ。


「魔法書の手直しは、私よりフレアの方が多いはずよ」

「……そうなんですか?」


 どうやら知らなかった様子の弟子の妹に魔女は優しく微笑みかける。


「あの子は自分で見つけた修正箇所を全て私の名前で報告していたのよ」

「どうして?」

「さあ? 今度会ったらその理由を聞いておいてくれるかしら?」

「分かりました!」


 全力で頷く少女に半ば呆れつつ、アイルローゼはまたケーキに戻る。


 弟子が自分の名前で報告していた理由は簡単だ。

『先生の教えがあったから見つけられたんです。つまり先生のおかげですから』と言うに決まっている。本当にあれは真面目で不器用で……自分と同じで厄介な性格をしている。だから不幸になる。


《エクレアは可愛いけど》


 自分とは違い幸せの存在を抱えている弟子の方が遥かに幸せだろう。

 もし自分が子供を宿したら……一瞬考えたアイルローゼは顔を真っ赤にした。

 慌てて紅茶に手を伸ばし、ティーカップの中身を一気に飲み干す。


《それはまだ早い。無理。絶対に無理》


 その前段階でこれほどの苦痛を味わっているのに、想像を絶すると言われる出産など……到底耐えられない。耐えられないが、確かアイラーンは出産経験があったはずだ。今度歌姫の為に連れて来てその時の話を聞くのも悪くない。あくまで歌姫の為だ。自分は付き添いでだ。


「にゃん」

「……ファシー?」


 ペロペロとケーキで汚れた手を舐めていた猫に気づいてアイルローゼは待機しているメイドに目を向ける。と、部屋の入口にとても小柄なドレス姿の少女が居た。

 背格好からしてファシーと同じぐらいだ。


「この泥棒猫が~! また性懲りもなく来やがったです~!」

「フシャー!」


 威嚇の声を上げ猫が少女に突進して行く。

 対する少女もやる気満々なのか……掴み合いから押し倒しで、両者床の上を転がり始めた。


「全く……面倒見きれないわよ」


 猫の気ままだと言うが、あの猫は自由すぎる。

 アイルローゼとしてはやはり従順な犬の方がこんな時は良いと思ってしまう。


「失礼します」

「あら?」


 スッとソファーに近づき、肩膝を着いた長身のメイドにアイルローゼは声をあげた。


 珍しいと言うか、初めて見た。

 話には聞いていたが実物を見るのは初めてだった。


「過去に刻印の魔女が作ったと言うメイド型の人形ね?」

「はい」

「凄い。ここまで……歴史的にも貴重な物が、どうしてここまで壊れているのかしら?」

「色々とありまして」

「そう」


 若干目を輝かせたアイルローゼは、ボロボロな相手の様子を見て気落ちする。


 貴重な人形だ。あの刻印の魔女が作った人形は、帝国で吐くほど見たがこっちは違う。

 より人に近く、人の形に、人のようにと作られた物だ。


「無駄に精巧よね?」

「はい」


 ケーキの皿をテーブルに置いて、アイルローゼは人形に手を伸ばす。

 他国に記されている文献から伝わる噂では、何でもこの人形には術者の意識を宿すことが出来るらしい。五感全てとはいかないまでもそれなりに感覚を移し、そして動かしていたという。


 ただ噂通り精巧だ。

 人形なのに口も開き胸もある。それも弾力も……胸を触れていたアイルローゼは気づいた。人形に流れる魔力の違和感にだ。


 術者の意識を宿しているにはおかしな点を見つけた。


《どうして声が胴体から?》


 そっと手を伸ばし、アイルローゼはメイド服の前を紐解いた。

 目が合った。中の人物と目が合った。胴体部分に押し込められた人とだ。


《酷いことをする》


 これでは人形を動かす動力でしかない。魔法使いを何だと……胴体から相手を引き抜こうとして気づいた。相手の足らない手足にだ。


「そんなお顔をしないでください。魔女様」

「……ええ。貴女がそう言うなら」


 そっと開いていたメイド服をアイルローゼは元に戻した。

 角度的に中を見たのは自分だけのはずだ。残りの者は取っ組み合いの喧嘩をしている2人の方を見ている。


「私にその人形を見せに来たという訳じゃなさそうね?」

「はい。出来れば修理を」


 両腕が壊れているメイド……レイザの声にアイルローゼはクスリと笑った。


「私への依頼は高くつくわよ? 貴女に払えるの?」

「はい。私ではなく……」


 チラリとメイドは取っ組み合いの喧嘩をしている2人を見た。


「王妃様が」

「ああそうだったわね。あの小さいのは王妃だったわね」


 気のない返事をしながら、アイルローゼは考え始めていた。

 まずは分解しないと何も分からないから……この場所からの移動をだ。




~あとがき~


 男だったら前のめりで土下座ですw

 良いのか主人公…主人公と地面との距離が本当に近い近い。


 猫対犬の戦いが始まる最中、アイルローゼは新しい玩具を得ました!




(C) 2021 甲斐八雲

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