ぶよぶよに太っていても?
「ししょう?」
「ん~? 終わった~?」
「はい」
「良し良し」
休憩と称しフラスコに入ってから一向に出て来ない人物にポーラはとても穏やかな目を向けた。
「何よ?」
その視線に師である魔女が気づかない訳がない。
若干丸投げした罪悪感もあって……無駄に胸を張って見せた。
「弟子なんだから師匠に変わって部屋の掃除なんて普通でしょう? 私が居た世界だと、弟子は師匠の身の回りの世話を喜んでするものなんだから!」
「……はい」
「その間は何よ! その間は!」
憤慨してみせる相手にポーラは『はぁぁ』と言った感じの重いため息を吐いた。
「かくにんしてください」
「すっごく投げやりな口調に聞こえるんだけど?」
「さっさとしてください」
「師匠に対する尊敬を感じない!」
拗ねだした相手にポーラは増々深い息を吐く。
「そろそろそとにでたいです」
「ん~。そうね」
弟子の言葉に師である女性は全力で遠くを見た。
「ししょう?」
「まずは確認よね。大丈夫だと思うけどやっぱり私が直接見て回らないとね」
「ししょう?」
「あは~。掃除で疲れたでしょう? 後は私がするからフラスコの中にどうぞ! この寝るスペースは私が温めておいたから!」
「ししょう?」
「あっは~」
全力で何かを誤魔化し女性は宙に文字と模様を描く。
それを押して魔法とし……直撃を受けたポーラは師と入れ替わるようにフラスコの中に移動した事実を知る。
「……弟子よ」
歩いて来た師である女性がフラスコに背中を預けて語りだす。
「実は全力で寝てて何もしていなかったと言ったらどうする?」
「なぐります」
「私は弟子にそんな暴力を教えていない!」
怒って見せる相手にポーラは、引き攣る頬をどうにか宥めて言葉を綴る。
「いつになれば……そとにでれますか?」
「うん。努力はするよ~? 本当だよ~?」
「いつですか?」
「私の努力次第かな~?」
「ならさっさと……やってください!」
「いや~ん。弟子が怒った~」
ケラケラと笑い逃げて行く相手に、フラスコの中のポーラは目の前のガラスに自身の拳を打ちつけた。
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「……猫が寝込んだ!」
はっ! とても恐ろしい夢を見た。
大きく息を吐いて僕は額に浮かぶ汗を拭う。
勢いよく起きたは良いが……なんて恐ろしい夢だったのだろう?
肉食獣と化した2人の猫に延々と襲われ続ける夢だ。
僕の何かが枯渇するまで襲われる夢だ。
カラカラに干乾びてミイラになるまで搾られる夢だった。
そうでなくても昨日の夜は大暴走したノイエが先生を掴んで無理矢理……まああれはあれで悪くなかったけど。ボロボロと泣きながらノイエに許しを請う先生のレアな姿が見れたから。
僕は脳裏にその全てを焼き付けた。永久保存だ。
「……夢じゃなかった?」
ベッドの様子を確認すると、ノイエがファシーを抱いて寝ていた。
何故か2人とも裸だ。何があった?
そして僕も裸だ。何が起こった?
眠れる猫が起きる前にここは逃げの一択だ。
僕が着ていたであろうガウンを掴んでまずベッドから逃走する。
「あん?」
「……何でもありません」
逃げた先に赤毛のメドゥーサ……じゃなくて凶悪な目をした先生が居た。
「全くこの馬鹿は……」
「あはは~」
「笑ってないの」
「はひっ」
お怒りだ。アイルローゼ様のお怒りだ。
ただ3人掛けのソファーに横になり、ひじ掛けに寄りかかっている先生は、朝よりだいぶ回復したっぽい。と言うか朝であっているのか? 今は何時だ? 朝は朝でも昨日の朝か?
ノイエが強引にかなり無茶したからな……僕へのダメージも甚大だったし。
それなのに今夜もってウチのお嫁さんの辞書に『容赦』って言葉は載ってないのか?
「……それ美味しい?」
「美味しくありません」
「……Zzzz」
ベッドの方から聞こえて来たノイエの寝言に正直にツッコんでおいた。
仮に美味しかったらノイエはどんな行動を取っていたのだろうか?
「先生」
「あん?」
「睨まないでよ……昨日のあれは」
「あん?」
「分かりました。黙ります」
とにかく喉が渇いているので水分補給からだ。
水分を得ても出て行く一方な気もするが……ほら汗とかね。うん。
「弟子」
「紅茶しかないよ?」
「良い」
先生の分も準備する。冷蔵庫として使っている魔道具の中から作り置きの紅茶が満たしてあるピッチャーを取り出してグラスに移すだけだ。
「どうぞ」
「ん」
お盆など使わずグラスの下を持って先生に差し出す。
彼女はそれを受け取り、バンバンと自分が横たわっているソファーの床を叩いた。
座れと言う意味か?
「ん」
バンバンと床叩きが繰り返されたので僕の考えが正解しているっぽい。
大人しく床に座って足を伸ばす。軽く背を後ろへ傾けるとソファーに触れた。
「弟子」
「はい?」
「……」
まさかの放置プレイ?
「……アルグスタ」
「何でしょう?」
「……」
追撃の放置プレイ?
「ごめんなさい」
はい?
「先生が謝ることはないでしょう? 昨日のあれは」
「違うわよ馬鹿」
怒られた。
「……こんな面倒臭い女でごめんなさい」
「あ~。そっち」
「他に何があるのよ?」
「てっきり揺れなかった胸に関して、冗談ですから!」
背後から術式の魔女の魔法詠唱は心臓が止まります。
「悪かったわね。小さくて!」
「だから小さいのも嫌いじゃないですよ?」
「……嘘吐き」
「先生ほどじゃありませんって」
「……馬鹿」
「それは否定しません」
笑いながらグラスの中の紅茶を軽く煽る。
あ~冷たくて美味しいな。
「ねえ弟子」
「はい」
「もし私が素直で可愛らしい女性だったら嬉しかった?」
「どうでしょうね?」
それは悩むな。
「どうして? ノイエみたいに可愛らしい方が好きでしょう?」
「あ~。ぶっちゃけノイエの外見は大好きですけどね」
可愛いし奇麗だし胸も大きくてくびれているし、欠点がない素晴らしさです。
「でも僕が大好きなノイエって面倒臭い姉たちも込みなんで。あの馬鹿従姉を除き」
「……馬鹿じゃないの?」
「酷い」
事実を言ったら馬鹿者扱いだよ。
「何度も言ってる気がするんですけど、僕はノイエもノイエの家族も好きなんです。だって家族ですしね。だから先生がどんな姿でも好きになると思います」
「ぶよぶよに太っていても?」
「体に良くないから明日から一緒に減量しましょう」
「醜い傷痕があっても?」
「リグとキルイーツ先生の尻を蹴飛ばし傷跡を消す方法を考えましょう」
「……私が男だったら?」
「同性愛者じゃないから愛し合うのは無理ですね。まずは友達からで」
その場合は友達以上親友未満でお願いします。恋人にまでは行けません。
「何でそこまで前向きでいられるのよ?」
「先生が後ろ向きすぎるんです。ぶっちゃけ自傷行為かと思うぐらいに」
「……そうかも」
コクコクと先生が何かを飲む音が聞こえて来た。
「はい」
「おかわりですか?」
「もう要らない」
空のグラスを受け取り、そのまま近くのテーブルに置く。
僕も持っている自分のグラスを空にして……それもテーブルに置いた。
「ねえ弟子」
「何でしょう」
「こっちを見て」
言葉に従い体を捩じると、アイルローゼが両手を広げてソファーから滑り落ちるように抱き着いて来た。
「危ないな」
「受け止めてくれるって信じてたから」
「そりゃ受け止めますけどね」
ギュッと先生が抱き着いて来る。
「ねえ……アルグスタ」
「はい?」
「少しだけ慣れた気がするの。ノイエの言う通りに」
「またまた~。本気で?」
「ええ」
そっと頬に唇の感触を得た。
「だからもう少しだけ慣れるまで手伝って」
「ん~」
「嫌なの?」
嫌と言うか。
「慣れるまでは嫌かな。慣れてからも許してくれるなら」
「……馬鹿」
何故か先生に軽く耳を噛まれた。
~あとがき~
結局ポーラが全て掃除をしましたw
で、刻印さんは…サボりまくって何もしていません。
まだまだポーラの苦労は続きます。
2人の猫系に襲われたアルグスタは枯渇寸前です。
って…先生って自分が面倒な女だって自覚あるんだw
(C) 2021 甲斐八雲
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