お姉ちゃんも赤ちゃん修行

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「あ~! 我が家だっ!」


 寝室のベッドに倒れ込んで、枕の感触を存分に味わう。


 ようやくの帰宅だ。これで自由だ。良く分からないけど開放感が半端ない。

 ただ出迎えたメイドさんたちの半数が落胆していたのは何故だろう?


 もう半数のメイドさんたちはノイエと共に食堂へと直行して行った。何でも今晩はノイエの為に『お肉のフルコース』らしい。

 お嫁さんのアホ毛が犬の尻尾の様にブンブンと震えていたよ。


「本当に疲れたわ~」


 帝国に行って残念魔女の相手をしていたら帝都が吹き飛んで、それからキシャーラのオッサンの所へ飛んで、それから下町の治療院。叔母様の家からアイルローゼの隠れ家。で、ようやくの帰宅だ。


 僕は国を代表して帝国に行ったはずなのにどうしてこうなった? 気づけば逃亡者だよ!


 だが今は休む。今夜はぐっすりと寝て、明日はダラダラと過ごして……明後日以降は気分が乗ったらお城へ向かう。これぐらいの休みは許せと言いたい。

 何より結果として僕は全然休めていない。


『なんでやねん』


「絶妙なタイミングでツッコミをどうも!」


 掴んだ枕を投擲したら緑色の球体に激突した。

 我ながら惚れ惚れとするコントロールだな。


「で、なんでロボが居るんだ?」


 治療院あたりではぐれてから……てっきりリリアンナさんの傍にでも居るのかと思ったが?


 僕の声を無視し、ロボはコロコロと転がり部屋の隅へ。

 気づけば籠の中にはリスが居るし……君たちは何をしていたのですか?


 まあ良い。今夜の僕はぐっすりと休むと誓ったのだ。


 もう一度ベッドの上でゴロリとなると、見覚えのある球体が2つほど並んで鎮座していた。


 おお。宝玉の存在も忘れていた。


「あ~。お前たちはこれを運んでくれたのか?」


『なんでやねん』


「なんでやねん。つか枕を返せ」


 横になったら頭がノークッションでマットレスにドンだよ。


 仕方なく立ち上がり投擲した枕を回収する。


「と言うか、お前はあの魔女の玩具だろう?」


『なんでやねん』


「諦めろ。運命だ」


 悲しいけどそれが事実なのよね。


「ポーラの部屋はこの部屋を出て2つ先に存在しているから。そっちに行きなさい」


 納得したのかコロコロと転がりロボが部屋を出て行こうとする。

 だが扉が閉まっていて……絶妙なタイミングでドアが開いてロボが弾かれた。


「アルグ様」

「……おひ」


 ノイエさん。ノイエさん。それはちょっと進化し過ぎでしょう? なんで君はアホ毛で骨付き肉の骨を掴んでいるんですか? もうそのアホ毛は第三の手なの? 触手なの?


「ご飯。一緒に」

「あれ? 先に食べてたんでしょう?」


 改めてノイエの異常さに軽く引く。

 彼女は両手にも骨付き肉を装備していた。


 お肉三刀流か? ノイエの攻撃力が違った意味で増しそうだな。


「夕飯の前の軽い食事なら終わった」

「僕の知らない新しい言語を作らないで」

「今日から使う」

「もう使わないで」

「むう」


 何故に悲しむ? 僕が間違っていると言うのか?


「先生は?」

「……」

「赤い人」

「お風呂」


 ノイエが背負って運んでいたアイルローゼはお風呂に行ったらしい。


「アルグ様」

「はいはい」


 何より食事優先のノイエが部屋に入り僕の手を掴む。


 ちょっと待て? 何でノイエが僕の手を掴める? 君が装備していた骨付き肉は何処に消えた? そしてアホ毛が巻き付いているその三本の骨は何だ? ホラーか?


「ノイエさん」

「なに?」

「飲むようにお肉を食べないで」


 大食漢と言うかノイエの胃袋は絶対に祝福以外にも別の何かで消費しているだろう?


「アルグ様」

「おう」

「お肉は飲み物」

「……」

「ワインと同じ」


 絶対に違います!


「ノイエ」

「はい」

「ちょっと後でお話ししようか? アイルローゼと一緒に」


 何故か若干ノイエの腰が引けた。


「大丈夫。要らない」

「いいえ。話し合いをします」

「しなくても平気」

「でもします」

「むう」


 拗ねたノイエが手を放し、1人先にスタスタと歩いて食堂に向かった。




「あ~」


 ゆっくりと天井を見上げアイルローゼは息を吐く。

 ずっと背負われて移動するのも体に負担が掛かった。


 軽く両手でお湯を掬い、それで顔を洗う。

 別に深い意味はない。気分が晴れればと思っての行為だ。


《やっぱり辛いわね……》


 思い出すと胸の奥がズキッと痛む。

 亡き2人の弟子の墓標を前にした時のことを思うと……悲しくて涙しか出て来ない。


 自分は全然師匠らしいことはしてやれなかった。

 ミローテは作業の手伝いばかりで、ソフィーアは辛い時に助けてやれなかった。

 何もしてあげられなかった自分にはあの場所に行く資格すら無いような気がした。


 けれど向かった。


 妹であるノイエが勝手に向かい、それに応じたあの馬鹿弟子が大量に白い花を買ったのだ。

 2人の馬鹿な行いのおかげで、呆れながらも墓参りが出来た。そう……出来たのだ。


《本当に私ってダメな女よね》


 分かっている。深く考えすぎて最終的に自分が傷つくことを選ぶ馬鹿者だと。

 自分が傷つく分には他者が苦しまないだけマシだと……結果として他人を巻き込んで最悪になるのだ。


《きっと馬鹿なのよ》


 馬鹿な女だからこうして間違いばかり起こす。

 間違って間違って……それを誤魔化そうと必死に足掻いて。


《本当に情けない》


 嫌になる。自分のことが本当に嫌になる。


 泣き出しそうな状況でアイルローゼの耳にそれが届いた。

 ドタバタと暴れる誰かしらの何かの音だ。


「ノイエさん! 今お風呂には」

「問題無い」

「たぶん大有りかと……いや~ん」


 間抜けな悲鳴を聞いていたアイルローゼは完全に出遅れた。

 身動きを取ることを忘れ、ついその様子を聞き入ってしまった。


「家族一緒に」


 全裸になった妹が全裸に剥いたのであろう馬鹿弟子を抱えて突入して来た。


「ちょっとノイエ!」

「平気」

「何がよ!」


 打ち水なのか洗い場に転がした夫に対し、桶の水をバシャバシャと掛けてからノイエは彼を湯船に押しやって来た。


「「ちょっと!」」


 偶然にもアイルローゼとアルグスタの悲鳴が重なった。

 2人はそのまま抱き合う感じで湯船に沈み……その隙にノイエは自分の体にお湯をかける。


「けほっ! ちょっと馬鹿弟子っ! 何処をっ! ひゃっん!」

「先生! 足を閉じないで!」

「だからって何処に手を入れてるのよ!」

「閉じてるから抜けないんだって!」

「動かすな! 揺らすな! この変態が!」

「ってその魔法はっ!」


 ピリリと湯船の中に電気が走り、アイルローゼとアルグスタが水面に浮かぶ。

 動かなくなった2人を見つめ……ノイエはピリピリとするお湯の中に片足ずつ入れて行く。


「んっ」


 全身をピリピリが駆け巡る。

 良く分からないけれど気持ちがいい。


 それに気づいたノイエは、赤い髪を持つ姉の元に向かった。


「お姉ちゃん」

「のひえ(ノイエ)」


 何故か姉は顔を引きつらせている。


「気持ち良いからもっと」

「ひぃっ!」


 恐れ知らずの妹の言葉に全身を痺れさせているアイルローゼか悲鳴を上げた。


 ただお願いしても姉はまたやってくれない。

 それを察したノイエは次いで夫である彼に手を伸ばして引き寄せ抱き上げる。


「いひが(息が)」

「アルグ様も頼んで」

「むひぃ(無理)」

「むう」


 2人してお願いを聞いてくれない。

 拗ねたノイエはそのまま2人を抱え込む。


「はなれにゃ……どひょに(離れな……何処に)」

「のひへひひって(ノイエに言って)」


 アイルローゼの胸に顔を押し当てる格好となったアルグスタが必死に弁明しているが、痺れたままの2人の会話が成立しない。

 仲良く遊んでいるように見える2人にノイエは増々頬を膨らませる。


 ただ姉から聞こえて来ていた嫌な音が消えたから不満はない。


 あの音は嫌いだ。聞いていると胸の奥がギリギリとして嫌になる。だから嫌いなのだ。


「アルグ様」

「ふぇ?」

「お姉ちゃんも赤ちゃん修行」

「ひゃにふぁっ(何をっ)」


 絶妙なタイミングでノイエに顔を押されたアルグスタはパクっとそれを咥えた。

 自分の胸に何が起きたのか理解するのに時間を要したアイルローゼがみるみる赤く染まり……咄嗟にまた雷撃の魔法を放つ。


 結果3人はビリビリと痺れて仲良く湯船の中で浮かんだ。




~あとがき~


 ようやくお屋敷に帰宅です。

 ノイエ派のメイドさんたちは喜び、ポーラ派のメイドさんたちは肩を落としますw


 ノイエのアホ毛がもうほぼ触手の域だな。

 そろそろ勝手に攻撃でもするんじゃない?


 水の中で電気系の魔法はダメだぞw




(C) 2021 甲斐八雲

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