閑話 20

「なお~ん」


 ちゃんと動く手足が嬉しくて猫は上機嫌で歩く。足取りはとても軽い。


 立って歩く猫としてノイエの魔眼の中でその存在が一新されつつあるファシーは、軽く折尻を振りながらスカートに付けられている尻尾を振るわせ通路を進む。


 相手がいつもの場所に居なかった。そうなると捜索するしかない。手間であるが仕方ない。


「にゃ~ん」


 時折泣き声を発しながら、角を曲がる度に顔を覗かせ進行方向の無事を確認する。

 特に危険な人物は居ない。ローロムがお腹を出して寝ていた。


「な~ん」


 少し興味を覚えて猫は寝ている人物に歩み寄ると、ジッとその前髪で隠れた瞳で見つめて確認をする。

 歌姫の方が形も大きさも良さそうな気がする。


「……ファシー?」

「なっ」


 不意に声を掛けられ猫は慌ててその場から逃げる。

 角に姿を隠し頭だけ出して様子を伺う。


 上半身を起こし服を正して腹を隠したローロムは、欠伸をしてから猫を見る。

 警戒している様にしか見えない猫に……ローロムは半ば呆れた。


「誰か探しているのか?」

「……にゃん」

「人の言葉を思い出してくれるか?」

「……カミーラ」

「ああ。串刺しか」


 軽く頭を掻いてローロムはそれを思い出した。


「少し前にレニーラがここを通り過ぎてあっちに向かった。追えば見つかると思うよ」

「なん」


 嬉しそうな声を発して猫はローロムが指さした方へと走り出す。

 と、その足を止めて彼女は振り返った。


「まだ何か?」

「……ありが、と」


 ペコリと頭を下げて駆けて行く猫に……ローロムはまた頭を掻いた。


「あのファシーが『ありがとう』か……驚きだね」


 何かあれば笑って魔法を暴発させていた存在だ。皆から恐れられ嫌われていた。

 そんな彼女が会話をし、感謝するようになっていた。


《こんな場所でも成長するんだ》


 驚きと共に苦笑する。

 自分は停滞したままだと言うのに、だ。


「まっ私は私か」


 ゴロリと横になってローロムは目を閉じた。




「な~ん?」


 物音と言うか声が聞こえてファシーは足を止める。


「なん?」


 通路の角で顔を覗かせ先の安全を確認する。


 奥まった場所に人が居た。

 横たわっていた。


「ううん。アルグちゃん。そんなことをされたらお姉ちゃん大変なことになっちゃうから~!」


 青い髪を振り乱してホリーが大変なことになっていた。

 関わると大変なことになりそうな気がしてファシーは避ける。


 気を取り直して歩いていると、人の気配がした。


「なん?」


 安全確認の為に……レニーラが居た。

 床に座りいそいそと衣服を正している。と、何故か気づかれ顔を向けて来た。


「見てた?」


 フルフルと全力で猫は顔を左右に振る。

 必死なファシーの様子に舞姫は納得し、軽く咳払いをしてから立ち上がる。


「にゃん?」


 何故かレニーラの足が震えているようにも見え猫は首を傾げる。

 それに何とも言えないにおいがして……鼻を動かしていた猫の頭をガシッとレニーラが掴んだ。


「嗅がなくて良いの」

「なん」


 顔を真っ赤にしてレニーラが真剣な眼差しを向けて来る。


「それで何よ?」

「……探して、る」

「誰を?」

「カミー、ラ」

「ああ」


 それなら目撃していた。


「教えてあげても良いけど」

「にゃん?」


 ガシッと両肩を掴まれレニーラが正面から見て来る。


「ここで見たことは言わないで!」

「にゃ~」


 良く分からないがファシーは頷いた。

 相手が必死にそう言いながら太ももを擦り合わせていたのは……本当に良く分からなかったが。




「い、た」


 普段とは違う場所でゴロリと床の上で横になっている人物をようやく見つけた。


 部屋と言うか通路の温度が高くなっている様子から、もしかしたら先ほどまで鍛錬がてら体を動かしていたのかもしれない。

 串刺しと呼ばれる彼女は普段からそう言う人物だ。


「カミー、ラ」

「あん?」


 面倒臭そうに振り返った彼女はやはりその額に汗を浮かべていた。


「何だ。ファシーか」

「は、い」


 コクンと頷いたファシーはトコトコと歩いて師と慕っている人物に近づいた。


「ありが、と」

「ん? 何のことだ?」

「助けて、くれた」


 毒の中で死んだはずの自分が毒の範囲外に移動していたのは、師であるカミーラが運んでくれたからだ。もしそのまま放置されていたら、ファナッテの毒に侵され続けもっと酷い状態になっていたはずだ。


「ありが、とう」

「ん? 仕方ないだろう」


 体を起こしカミーラが笑う。


「猫は弱いんだ。だから私が嫌う生き物の1つでもある」

「……」

「にゃーにゃー鳴いて煩いだけだしね。飼うなら圧倒的に犬だな。猫は無い」

「あん?」


 はっきりと怒りを見せる猫にカミーラは薄く笑って起き上がる。

 軽く肩を回して……その手には棒が作られ握られていた。


「何だ? 泣くだけしか能のない生き物。命じられたことも出来ない役立たず。犬ならもっと賢く働くぞ?」

「……」


 はっきりと怒りに身を任せるファシーは、師である相手を見つめ……覚悟を決めた。


「獣化」


 魔法語を綴って呟かれた言葉に猫の様子が変化する。

 それを望み焚きつけたカミーラは、口角を上げて棒を構える。


「来いよ。馬鹿猫」

「シャー!」


 人の動きとかけ離れた速度で猫がカミーラに襲い掛かる。

 棒を払って相手の突進を回避し、カミーラは一度間合いを確認する。


 獣と化した弟子はやはり近接戦闘に特化している。やり応えのある獲物だ。


「来いよファシー」

「シャー」


 獣と化した弟子に人の言葉は通じない。だから僅かに隙を見せて相手の攻撃を誘うのだ。

 誘いに応じたファシーは全力で突進して来る。


 勇猛な弟子にカミーラは耐えきれずに笑った。


「私を楽しませろ! それが私へのお礼だよ!」




「な~」

「あら?」


 弱々しい声にセシリーンは反射的に顔を動かした。

 引きずるように足を動かしているのは、『カミーラにお礼を言ってくる』と告げて出て行ったファシーだ。

 そんなお礼を告げに行った猫が、何故かボロボロになって戻って来た。


「どうしたのファシー?」

「な~」


 痛みに全身を震わせながら、必死に歩いて来たファシーは相手の胸に飛び込んだ。


「ボロボロじゃない?」

「な~」


 耳を澄ませてセシリーンは抱きしめた猫を確認する。

 血流や筋肉の悲鳴、骨の具合からして……全身の骨を骨折している。唯一無事そうなのは頭部だが、たぶんヒビが走っているはずだ。


 回避と攻撃力に優れているファシーをここまでに出来る人物はそう居ない。魔眼の中だと数人だ。


「誰がこんなことを?」

「なあ」


 体を押し付けて来て甘える猫をセシリーンは抱きしめる。

 けれど骨折だらけの相手を全力で抱くことは出来ない。注意深く包み込むように優しくだ。


「ファシー?」


 相手の怪我ばかり気にしていた歌姫はそれに気づいた。

 ここまでにされた相手が怒っていないのだ。むしろどこか満足気で……ふとその答えが彼女の頭の中に浮かび上がった。


「カミーラなの?」

「なぁ~」

「……自分の弟子に」

「な~」


 合点がいった。あの戦闘馬鹿は弟子に対して救った礼を求めたのだろう。


 誰かが深部で戦うような音はセシリーンの耳に届いていた。

 毒から蘇生した者が喧嘩でも始めたのだろうと気に掛けなかったが、その音の主がどうやらカミーラとファシーの2人だったらしい。


「負けたの?」

「にぃ~」


 抱きしめる猫から不満げな声が聞こえて来た。


 弟子を相手に容赦なく勝ちを望む師匠も師匠だが、最強に挑んで生きて帰るファシーもファシーだ。

 ファシーの様子から対したカミーラとて無事ではないはずだ。2人して大怪我を負っても戦ったに違いない。


 心底セシリーンは呆れてしまう。自分を鍛えることに人生を賭しているカミーラにだ。

 彼女のことだ、本気のファシーと戦うことを望んだのだろう。そしてファシーはそれを受け入れた。


 結果がこれだ。


「もう本当に馬鹿な師弟ね」

「にゃん?」

「呆れているのよ」


 機嫌を悪くした猫の頭を優しく撫でる。


 不器用な2人にセシリーンとしては呆れることしかできない。


「しばらくここで大人しくしてなさい」

「な~」


 スリスリと頬を擦り付けて甘える猫にセシリーンは自然と微笑む。


「本当にファシーは可愛いわね」

「なあ~」


 嬉しそうに鳴いて猫は身を丸くし眠った。




~あとがき~


 また猫です。

 書き方を忘れそうなので書いてみたら勝手に動き回る猫です。


 助けてくれたカミーラにお礼をしに向かう珍道中。

 ローロム以外は何してるんだかw 外に出れずに色々と持て余してます。


 獣化したファシーとやってみたかったカミーラとその思いを察した猫。

 まあ戦闘特化のカミーラの勝ちですけどね。


 カミーラが喜んでくれたからファシーとしては満足です




(C) 2021 甲斐八雲

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