あの人はそれを本当に夢見たのですよ

 ユニバンス王国・王都内下町



 この国でも有数な攻撃力を誇る一団に僕らは強襲された。

 治療院を襲うだなんて『赤十字的にはどうなの?』と思うけれど、この世界にはナイチンゲールさん的な偉業は無かったらしい。と言うか僕の知識はあっていますか?


 強襲して来た一団に、治療院はあっさりと制圧されてしまった。


 治療院の主であるキルイーツさんは、ちょっと顔を出すと『ついでに掃除でもして行ってくれ』とだけ告げ、何人か凶悪な戦闘員とナーファを連れて診察室に向かってしまう。

 きっと今頃あの薄汚れた診察室の汚れたちは、暴力的な掃除技術の前に屈しているだろう。可哀そうに。


 そして僕らの前には、ユニバンスのラスボスが姿を現し……『掃除なさい』と言う号令の下、あっという間に彼女の部下たちによって病室が掃除されてしまった。

 この場所のクリーンレベルがアップしたよ。間違いなくこの病室はどんな病人を迎えても大丈夫なほど奇麗になったはずだ。


 改めて入室してきたラスボスが僕の前に居る。決して逆らえない人だ。


「行方不明と聞いていましたが、ただ遊んで回っていたようですね」

「決してそのような事実は……たくさんの怪我人を抱えていまして」

「ほう。これが?」


 脱力しきった様子でメイドさんの1人に抱えられているのは、買い物に走らせたミシュだ。

 きっと寝た振りをしてこの場が丸く収まるまで沈黙しているに違いない。この売れ残りはそう言う奴だ。だから売れ残る。


「何処で拾ったゴミかは知りませんが、それの所有者は現時点で馬鹿兄貴です。僕には関係ありません」

「そうですか。なら好きに処分しても?」

「一向に構いません。何なら煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

「分かりました」


 分かられてしまった。


 何故か複数のメイドさんが残念な売れ残りを運んで行く。まあ本気で処分はしないだろう。

 ただ売れ残りの悲鳴が遠くから聞こえて来たけど断末魔では無かった。きっと大丈夫だ。


「それで外に居たこれらは?」


 ニクとロボまで捕まっている。本当に使えないヤツらだ。


「そのリスはポーラのペットです」

「そうですか」


 無事に解放されたリスが、一番安全そうな場所を求めて……ノイエのベッドに駆け込んだ。賢いな。


「それでこの緑色の玉は?」

「……ポーラの玩具です」

「そうですか」


 苦しい言い訳であったが、納得してくれた。


 解放されたロボは部屋の隅に移動して待機する。本当にロボは壁際が好きらしい。だったらせめて掃除ぐらいしろ。今度馬鹿賢者に掃除機能を追加して貰おう。


「で、この部屋の面々は?」

「そちらで早くご飯をと言いたげに口を動かしているのが僕の自慢のお嫁さんです」


 また起きて口を動かしだしたノイエの様子が愛らしいです。


「あの馬鹿者から回収した小銭を持たせたメイド見習いを走らせています。少し待てば届くでしょう」

「だって。良かったね。ノイエ」


 嬉しそうにパクパクとノイエの口が動く。


「ええ。大量の野菜が」

「だって。良かったね。ノイエ」


 絶望感が半端ない状態でノイエの口がパクパクと動く。


「それで」


 一瞬向けた視線を相手から外し、まずは寝ている褐色の女性に目を向けた。


「あの怪我人は?」

「あ~。どう報告したら良いのか分からない人物です」


 具体的には報告すると僕の負担が増えそうな気がしてきたから悩んでいます。


「包み隠さず説明すると?」

「帝国に滅ぼされた国の王女様ですね。名前はリリアンナ。フグラルブ王国の生き残りです」

「……」


 僕の返事に一瞬相手が考え込んだ。


 本当はリグが王女様らしいが、その地位は従姉であるリリアンナさんに丸投げすることとなった。リリアンナさんも納得しているしね。

『それがあの子に対しての贖罪になるなら……』と、ちょっと追い込み過ぎた感じもするけど、リグが出てきて文句を言わないから問題ない。


「ここに運んだ時点で名前しか分かっていないこととしましょう」

「それで良いんですか?」

「現時点では、ですが」


 つまり自分を巻き込むなってことですか?


「それで」


 覚悟を決めたのか、ベッドの上で足を伸ばしてこちらの様子を伺っていた先生と向き合った。


 これが龍虎相対するってヤツか?

 問題はどっちも龍でどっちも虎に見えるけどね。


「お初にお目にかかります。ハルムント家の御当主様……で宜しいのでしょうか?」

「当主は息子のイールアムです。しいて言うのならわたくしは先代でしょうか?」

「そうですか。それにしてはお屋敷の戦力を好きにお使いになっているようで?」

「ええ。これらのメイドは全てわたくしを師と崇め学ぶ者たちですから」

「そうでしたか」


 あ~。これはたぶん引き合わせちゃダメな2人だった。間違いなく。

 出来たら静かにこの場から避難と企んだけど、出入り口を完璧に押さえられている。逃走は無理だ。


 2人の間で静かに飛び交う不穏な空気に……この場に居る全員が固唾を飲んで見守っている。

 もしバトルになったらどっちが勝つ? 互いに間違いなく最強のはずだぞ? そのジャンルにおいてはだけど。


「改めて挨拶を。現在両足を痛めているのでこの様な格好を先に謝罪いたします。

 私はドラグナイト家に所属している魔法使いの1人。名をアイルローゼと言います」


 落ち着いて考えると先生はいつからウチの所属になったんだ?

 そうしておいた方が色々と都合が良いのは分かる。所属と言うよりお抱えの方が良いな。

 

 軽く頭を下げる先生に、もう1人の最強が応じた。


「わたくしはハルムント家が先代当主。名をスィークと申します」


 片手に杖を持つ叔母様が応じるように……先生を睨みつけた。


「貴女があの悪名高き術式の魔女ですか」

「ええ。否定はしません」


 表情を消して先生が叔母様に冷たい目を向ける。


「私は弟子やこの国の兵を殺害した魔女です」

「そうですね」


 あっさりと応じた叔母様が、弟子1人であろうメイドさんが差し出した椅子に腰かける。


「ですがわたくしとて数多くの人を殺してきた者です。人殺しが罪だと言うのであれば、わたくしなど何度この首を刎ねられていることか」

「……」


 冷たい目をした先生が口を閉じたままで叔母様の言葉の続きを待つ。

 ぶっちゃけ僕も待っている。物凄く続きが気になる。


「貴女たちが処刑台へと足を向けることになったのには、ある一派の思惑があったからです」

「思惑……ですか?」

「ええ」


 フッと息を吐いて叔母様は何とも言えない表情をその顔に浮かべた。


「わたくしの夫であったウイルアムが主導したことなのです。理由はご存じで?」

「……決して負けない兵を作ろうとしたとか」

「ええ。あの人はそれを本当に夢見たのですよ」


 何故か叔母様は疲れた様子の笑みを浮かべた。


「優しすぎた人なのです。被害は最小限でこの国を守ろうと考え……その考えを別の者たちに奪われた。本当に愚かで情けの無い夫でした」


 静かに響いた言葉に……何故か先生はその目を僕に向けて来た。


 僕の背後に誰か居ますか? ねえ?




~あとがき~


 ユニバンスで有数の戦力を保持する叔母様のメイド集団に襲撃されましたw


 襲われて治療院は掃除されてピカピカにされてしまいました。

 叔母様が襲撃した理由は…どうやら会いたい人が居たみたいです。


 アイルローゼは、あの施設に居た代表格ですから




(C) 2021 甲斐八雲

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